人と社会 どうなっているのだろう?

「みんなが幸せに生きられる社会。」だれでもが願っていることでしょうが、

そもそも「社会」とは、どういうものでしょうか?

3月「社会を知るためのコース」に参加した人の感想の一部を紹介します。



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「人と人」を「個人と個人」という観方で観るのが強かったのかも。

それで、行き詰っていたところに、今回、「社会」という視点で見てきて、目から鱗だった。

自分の中の「社会」というもののイメージが、がらりと変わった。

今までは、社会は大きく上にあり、力があり、個人は下で社会に従わねばならない。

そんな感じだったのが、社会は人人人、人がいる。

一人一人に自由意志があり、社会は、そのベースとなって、人が人らしく生きるのを支えていく。

そこから、人(誰か)の中のやりたい気持ちが寄って、社会的な仕組みや機関ができていく。

これらは人(私)の一部であるし、人(私)も社会の一部。

対になることは、ありえない。(50代女性)



社会と人は、別なものと、捉えていたが、人は、大きな社会の中に抱かれて。。。

社会と人と、別けようもなく、一つだった。

初めて自分が溶けていった、離れようのないもの、そのゼロベースで、大きな転換点だった。 社会と人 →「一つ」(70代女性)



「権利・義務、責任、所有」

- 私たちの意識を支配している今の社会の根幹について、これでもかこれでもか、と見てきた。

上下で、力で、一人一人を分断し囲おうとするこれらが、いかに私たちの内面の奥深くまで浸透しているかを実感した。

なぜ私はこう考えるんだろう?こう思うんだろう?こう感じるのだろう?と、自分の考えや思いや感じを剥いでその奥を探っていくと、その奥底、足元にある流れが見えてきた。

その目を周りに向けると、その流れは周りの人たちの足元にも流れていて、それは世界中の人とつながるひとつの流れになっている。

もともと人と人はこの流れでつながっている。(60代女性)



自分や社会を縛っているもの、人間の作り出した考え(責任、権利、義務、所有、悪平等など)とはどういうものなのかとゆっくり考えられた。

それがあると架空の世界を実際のようにし、人の姿が見えてこない。

自分はなにで動いているのだろうか? まわりの人はなにで動いているのだろうか?  なにを願っているのか、もっと知っていきたくなる。

なにか私の中で動き出している。(60代女性)



“子どもが子どもらしく”だけではなく、子どもも・大人も“人が人らしく”成長していくための社会。

権利や義務、責任、所有から開放されて、自分も、人も、社会も縛る事のない、自発的な自由意志で調和され、保ち合う社会。すでに実現していたんだなあ。 

日常から「本心はどうかな?」「どういう状態だったかな?」と観察していきたいし、そういう風に成長し合える間柄(社会)にしたいなぁ、と思う。(20代女性)
- | comments (0) |12:44

ほんとうは、どうなんだろう?

自らの知性で、私の心を訪ねてみよう。

3/18~6日間、アズワンセミナー開催しました。

参加した人の感想の一部を紹介します。



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素朴だけど、生きていく上で向き合わざるをえないテーマのひとつひとつと、じっくり時間をかけて取り組むこと、さらには全国各地から集まった方たちの話を聞くこと。

こういう場でなければ、中々出来ない体験でした。(40代男性)



実際にセミナーの中でみんなで考察していくと、他の人の考えから違う気付きがあるし、角度を変えた問いからも新しい視点が生まれ、予想が覆されました。

新しい気付き・考え方が自分に生まれると、とてもワクワクします。その視点で次のテーマに取り組むのがまた面白く、毎日今日は何のテーマだろう?と楽しみでした。(40代女性)



これまで、仕事をしてきた中で、とても感じていた苦しさや、意味のなさ。

それは、なんなのか、ここで分かった。

それは、計画、こうすべきという枠、多くの常識の中のすり合わせに、無理して押し込めようと強いたことだった。

結果に向けた考えや行動を求めていた自分。 順序が逆だったのだ。

「ホントのホントの本心」から始まる、これらの世界。

心から楽しみである。(40代女性)



お金、戦争、エネルギー、資源の関係を突き詰めていくと,結局は心のあり方に行き着きます。

平和に生きるための理想や手法は巷に溢れていますし、個人として上手くいっている人やグループは知っていますが、世界のコミュニティで上手くいっているように、感じたことがありませんでした。

その原因は共通して人間関係だと分かりました。



やっぱりどこまでいっても、始点は自分。 終点も自分。

世界がうまくいくことを、どうしても諦められないのも私。

ゼロに立ち戻る身軽さと好奇心を意図しつつ、できない時の自分を愛しみつつ、探究を続けます。

一人じゃないって、本当に安心で嬉しいものですね。(50代女性)



いい、悪い、やる、やらない、こうすべき、こうあるべき・・・

日常はそんな私の価値観であふれています。

「目の前にあること、起きていること」と「私の中で起きていること」の区別がついていないということに気付けない。

だから相手のせいだ、いや私のせいだ、あっちだ、こっちだ、と白黒つけることが目的のようにも感じられ、気づけば自分も周りの人もいつも怒ったり、泣いたり、対立したりの繰り返しです。

本当の自分の気持ち、今ある思いや感情の背景にある何か、なんて調べる余裕がない日々でした。

コップのワークの時に感じたあの温かいつながりの感覚。

あれが私のほんとのほんとに感じたいものなんだと今は思っています。

あんな温かい感覚を誰かと分かち合いながら暮らせたら、それが私の幸せな状態なんだと思っています。

私の平和のイメージそのものなんだと思います。

それはどこか別の場所で知らない誰かと始めるものではなくて、今ある関係の中で、自分の中と外を丁寧に見つめて育んでいきたい、それが正直な思いです。

私の喜びは相手の喜びで、私とまわりの境界なんて意識がなくなって、私が心からやりたいと思ったことが誰かの幸せにつながったらいいな。

その幸せが波紋のように広がっていった先に争いや対立のない世界があるといいな。

これこそが子どもたち、先の世代への贈り物であったらいいな。(40代女性)
- | comments (0) |12:59

私は何を望んでいるのだろう?

2月22日から一週間「人生を知るためのコース」が開催されました。

韓国からの参加もありました。

「人とはなにか?」 「人の一生とはどういうものか?」

今までの自分の人生を振り返りながら、じっくりと根本から、「人生」を問う機会です。

参加した人の感想の一部を紹介します。



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数多くの経験を通じて、私の気持ちを総合して'私はこれがしたいのか?'と見るより、「私は何を望んでいるのか?」「私が持っている心はどうなのか?」と直接見て理解すれば、現象に現れた感情はその元から現れたことなんだというのを知ることが出来そうだ。

私の本心はどうかを見つめながら、感情、気持ちの根源をたどって行くと暖かくて平穏な、ある原初的な感じがある。

何か認識や感情がねじれて苦しみが起こる。

親しく過ごしたい本心が歪曲されて人と距離を置いたり、何か不足感を感じて満たそうとしたり、本来の心に焦点を合わせないと、満されたとしても、虚しい満足感や安心感が繰り返されるのではないか? 安心する満足するためには、本質的に私は何を望んでいるか、を知っていくことだ。 (30代男性)



これまで、心を大切にするということは、良い感情を持つことだ、と理解していたため、考えで感情を良いように変えようとする努力を長くやってきた。

しかし、人間として持って生まれた安心や満足に対する本能のような欲求は考えで変えられるものではないんだ。

その声に耳を傾けて過ごしたら敢えて考えで感情を変える必要もないんだ。

心に焦点を合わせて生きていけば、人の言葉や行動や現在の気持ちの状態よりもその人の心がどうか、不安ならどうすれば安心と満足の状態に進むことができるかについて調べるようになるんだ。

私たちはみんな同じことを追求する存在なんだ。

心が何か?よく解ってないが、安心と満足を追求する深いところの私がいるということに気づくだけでも人生が転換されるような大きな変化が感じられた。(30代男性)



心が汚れているとか、暗いとかあるが、本当に心が汚れているのか?

汚れが付いているだけで、心自体は汚れたり暗くなったりするものではない。

本来の心、色々な考えで見えにくくなっているが、それはいつでも変わらなく、人なら持っているものだと思う。どんなに現れたものがひどいものでも犯罪をした人でも、本来の心の方に目を向けてくれる人と話ができたら、救われる思いがするのではないだろうか。本当の自分を見てくれると感じるのではないか。(20代男性)



今私の中で願っている「何か」を深く探ってみた。

驚いたことに、「私を見て、私とあそぼうよ。」という幼い子供のような気持ちが見えた。

一緒にいた人たちに素直に表現してみて、何か変化が感じられた。

清々しさ、軽さ、満足感。

長い間、考えで、見ないように生きてきたんだなあ。

心をさらけ出してみるとより満足できるんだなあ。

こんな風に心をありのままにさらけ出して生きていきたいものだ。

私も私の周りの人たちと心ゆくまで共に生きていきたいという気持ちが強く湧き上がってきた。(30代女性)



「成り立ちを知る。」今までも頭では、そう思っていたが、自分の育ちをふりかえったり、今ここにいる自分を見たりして、「成り立ちを知る、その育景を知る」ことが大事。

人が生きるというのは、生れて、まわり(人・社会・自然などなど)をすべて受けて、形成されてるぐらい大きいと思った。

人が、人らしく(本心で)生きられるのは、どういう社会かというのが、もっと知りたくなった。(60代女性)
- | comments (0) |14:54

「知っている」って、何を知ってる?

情報を得たり、自分の体験から、「こういう人」(例えば、優しい人 仕事のできる人など) 「こういう物」(例えば、甘いイチゴ 汚い部屋など) 「こういう出来事」(例えば順調な人生 忙しい日々など)と、言う時、自分は、その人や物事について「知った」つもりになっていませんか?「もう知っている、もうわかった」としていませんか?

長年共に暮らしている家族、自分自身についても、例えば「母はこういう人だ」「自分は、こうだ。」と、キメている状態から、見ていないでしょうか?



「自分を知るためのコース」(1月)に参加してみての感想レポートの一部を紹介します。



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僕は時々、人間関係がキツクなる時がある。友達間ですらも。

それは何で? って考えたら、僕自身が僕自身をこーゆう人間だ、こーゆうキャラだってキメつけて不自由さを感じていた。

事実・実際など誰も知り得るハズもないのに、人間が考えただけのこと、それがあたかも事実・実際のようになり、強大なパワーを生み。

人の悩みの種となり、思い込みという名の根を張り巡らせていく。

人はキメつけたがり、共有し合いたがる、か弱き生き物。

それも、また自分。

そんな自分に興味を持ち、何で? って優しく、ゆっくり観察していけたらなぁ・・・

自分について知ることは出来なかったけど、自分について知るための考え方は何となく分った気がしている。

自分探しの旅、いや、自分観察の旅はまだまだ続いていく。(20代男性)



「正さ」という名の自縄自縛。 

皆縄皆縛・事実化・集団事実化から「実際はどうか?」に向かう時、まず一人が事実化された事実から抜け出すこと。そして、事実化の問いを共にできる人の存在が「正しい」という「人の考え」「人々の考え」を超えた人間と人間の暮らす新しい世界観を、新しく続けられるのかもしれない。

まず、一人。は自分自身。(30代男性)



自分をいかに知らないかと言う事に気付いた6日間でした。

その知らない自分も愛おしく感じられて、さらに知りたくなった。

霧の林のなかから手探りで抜け出した4日目から、面白くなって、感じたことを素直に表現していけばいいのだと言う、開き直りのようなところが出てきて、楽になった。

実際はどうなのか? と問う事さえしなかったと言うより、そう思って、自分を見ていなかった。

日常の生活に戻って、人と接する時に自分がどう感じるか観ていく楽しみができた。

(60代女性)



まさか事実・実際が捉えることのできないものだったなんて…

まさか自分の感覚があいまいな不確かなものだなんて…

まさか自分がこんなに決めつけていたなんて…

まさかこんなに知ったかぶりを日常的に繰り返していたなんて…

このコースに出る前と後では、

世界がひっくり返った!? ほどの衝撃をうけた感覚を持ちました。

それは、ぶあつ~い常識の皮を何枚もはぎ取るほどの大きな出来事…

少し気持ちが軽くなり、もっともっとみんなで幸せになれる予感。(40代女性)
- | comments (0) |18:30

知性の発揮~アズワンセミナー

誰もが幸せを願い生きています。が、

「幸せに生きる」そのことに、人は、頭脳や時間をどのくらい使っているでしょう?

アズワンセミナーは、人と人の安心のなかで、

自分の頭、みんなの頭を寄せて、

「どうなっているのだろう?」「なぜだろう?」と

素直なお互いとなり合い、知的に話し合う体験です。

1月のアズワンセミナーに参加した人の感想の一部を紹介します。



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セミナーが始まって最初に感じたことが「つまらない」でした。

初日の探究会が終わって「あとこれから5日間も続くのかぁ」と考えたら、正直、帰りたくなりました。

ですが、みんなと共同生活をしていく中で緊張感も溶けていき、自分の意見も少しですが、話せるようになりました。

そうすると、どんどん楽しくなってきて、より深く探究することもできて、「最後までできる!!」と思えてきました。

同じテーマでやっていても、一人ひとり考え方が違っておもしろいし、その考えを聞いて、自分の考えが変わっていくのもおもしろかったです。(10代男性)



そっか、探究するのかって思い出して、気持ちが楽になった。

また、無理に話さなくてもいいんだって思って、ほっとした。

人間何かしらの制限を背負っていると思うけど、それをゼロから、何もない所から考えていけたら楽しいなって、リセットした状態で見れたらもっと自然に生きれるんじゃないの?って。

もっとしたい気持ちが溢れてくる、もっと探究したい。

嫌な感情も愛したい。所有って何だろう?Aさんは、なんで家族に反応するんだろう?喧嘩をしたくない心理はいったいなんだろう?このもやもやはいったい何だろう?

こんなことを探究するとわくわくする。(20代男性)



とても充実した日々だった様な気がしますが、何を話しあっていたか記憶があいまいな感じです。

何か得られたような、何かがはずれたような・・・

たまにはぶつかったりするのが当たり前って思っていたけど、そうでは無い事に気付きました。

本当に幸せで心からやりたい事ができ、相手との違いを受けとめ合う間柄に、心から本音で話せる安心、安全な場になれたとしたら、ぶつかり合う事もないのだと思いました。

幸せって、楽していいんだなぁ。

今まではすこし歪んでいたかもしれないなぁと思い返してみています。(40代女性)



「世界中のみんなで幸せになろう」

5泊6日間、寝起き、掃除、食事と生活をともにしながら、実際はどうだろうと「世界中のみんなで幸せになる」ためにはを知るために、準備された問と、本を使って、12名+スタッフ3名と探究をしていった。

社会を改めてゼロから見ていくための問い

アズワンの世界に導くための問い

未の関係から有の関係への移行

関係性の変化を使った問いの探究

セミナーそのものが新たなコミュニティの構築とネットワーク構築をはたしている。(40代男性)



今回12名の参加ということで、とても多いので、自分の中を深めることができるのかなって、正直、不安、嫌だなって思っていました。

そして、探究会の最初のほうは、何か言葉じりを捉えているなあとか、話が違うほうに行ってるなぁ、深まってないなぁと思ってイライラしていました。

だけど途中で休憩の後に内容は覚えてないけど、A君が自分の気持ちを言ってくれた後から、少しずつ雰囲気が変わった感じがして、自分にとっては居心地の良い感じになりました。

その後は、何で自分がイライラしてたのかなぁって考えてみると、「ここはこういう事を話し合う場だろ」とか決めつけがあったなぁと思い、また、それぞれの人が何でそういうことを言ったんだろうって、人の気持ちに向いてなかったなぁって思いました。

何かそんなことに気付く(?)、感じて、人に気持ちが向きはじめると、自分が変わったのか、周りが変わったのか分からないけど、穏やかな雰囲気になり、とてもリラックスした状態で、探究に臨めました。

そうすると12名という多さが逆に良かったなぁと思えてきました。

人数分の気持ちがあり、自分が思いもつかない色んな面からの見方を気付くことができたからです。(40代男性)



初めて出会った人達との5泊6日の中にはそれぞれ色々なことが起こったと思う。

今まで当たり前にしてきたことを崩される恐怖。

自分がなくなってしまうのではないか。

それを外すというのは苦しい、怖いという思いが強いのかな。

けれどそこに責めがない、上下がない、義務も正義も、ない・・

この無い無い尽くしの中では誰もが素直になっていくように感じた。

世界中の人が幸せに暮らせる社会の実現は可能だなという事と自分のやりたいことがまた一つハッキリ見えてきたように思う。

やりたいのは事柄じゃなく「人」のこと、気持ちを向けたいのも「人」のこと。

全ては「人」に。(30代女性)



知識・経験はあるが、それをそうだとキメつけたり、前提として考えないで、ゼロから「実際はどうだろう」と探究する。

この言葉をじっくりと体の中に入れていく6日間だった。普段、いかに自分自身の知識・経験に頼って、そこに当てはめることをしているかということを実感できた。

「丁寧に生きる」という当面の自分のテーマが見つかった。丁寧に生きたいなあとなんとなく思っていたが、今回のセミナーでそれをしっかりとしたテーマとして位置付けることができた気がする。

社会というものをよりよくしていく時に、無理せず、人間の本質に沿っていくことで自然に変化していくという考え方にとても共感した。どこか無理して世界を変えようとするのではく、自分を見つめることで無理がないプロセスで世界も変わっていく。これは丁寧に生きることにもつながっている。

お金や所有についてはもっと探究していきたいテーマであり、どこかでじっくりと話を聞く機会をもらえないのだろうか?

人がライフスタイルを大きく変えようと思った時にはこの部分が壁になりやすい。その壁をどのように捉えて、そしてその壁をなくしていくか、もっとオープンに見えるようになると、もっと軽やかに生き方を変化させていく人が増えるのではないかと思う。(50代男性)
- | comments (0) |13:24

サイエンズスクールこの一年を振り返る

今年もたくさんの人に、人としての成長の場、人間・社会について学ぶ場として、全国各地、また世界各地から、サイエンズスクールを活用してもらいました。サイエンズスクールにとっても一回り大きく成長することのできた一年となりました。



「サイエンズセミナー」(来年1月からは「アズワンセミナー」に名称変更)9回開催

今年は2月、3月(2回)、5月、6月、7月、8月、9月、11月の9回、「サイエンズセミナー」を開催し、合計52名の参加者がありました。昨年は、48名でしたので、少し増えました。

来年からは、名称が「アズワンセミナー」に変わります。

より多くの人に、本当の自分を知り、本当の生き方を実現していく出発点としてのアズワンセミナーを活用してもらい、ともに協力していけたらと思っています。

サイエンズスクールとしても、セミナーがより内容の充実したものとなるよう、研究・開発を進めていきます。

7月セミナー3

(7月サイエンズセミナーより)



サイエンズスクール鈴鹿第2研修所オープン(2月)

三重県鈴鹿市、鈴鹿ハイツの第一研修所の2軒隣にある民家をお借りし、サイエンズスクール鈴鹿第2研修所として使わせてもらえることになりました。これにより、一度に2~3コースを同時に開催することが可能になりました。

閑静な住宅街の一角にあって、またさらに落ち着いた雰囲気の建物で、集中して自分に向き合うことができそうです。

外観4

(サイエンズスクール鈴鹿第2研修所外観)



「サイエンズを知るためのコース」 始まる(5月)

新しいコースが始まりました。

何のために「サイエンズ」をやるのか。目的を知らないままに、いろんなコースに何度参加しても、あまり意味がありません。

目的をハッキリ知るためのコースです。



サイエンズ留学生が、増えてきました

サイエンズについて、もっと知りたい。もっと理解を深めたい。集中的に学びたい。

そんな人たちが、各地から「サイエンズ留学生」として、アズワン鈴鹿コミュニティでの暮らしを体験しながら、サイエンズスクールを利用しながら、またサイエンズ研究所主催のゼミに参加したりしながら、精力的に学んでいます。

自分の状態に合わせて、サイエンズスクールのコースに参加し、またコースの内容を日常の暮らしの中で実践していく。

サイエンズが暮らしや産業に直接根付いているアズワン鈴鹿コミュニティならではの、効果的な学びを体感しています。

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(サイエンズ留学生たち)



来年3月「アズワンセミナー in 沖縄」開催決定

「ぜひ沖縄で、セミナーをやりたい!」という強い要望があり、開催が決まりました。

日本では、三重県鈴鹿以外の場所で、初めてのコース開催となります。

まだまだ参加者募集中ですので、参加を考えておられる方は、ご連絡ください。

沖縄を皮切りに、日本全国各地でのアズワンセミナー開催が実現していきそうです。



世界各地に、サイエンズスクールを

今年は、韓国の「サイエンズスクールKOREA」では、「サイエンズセミナー」を2回、「自分を知るためのコース」を2回開催しました。韓国でも、社会や人間関係について見直し、サイエンズを学んでいきたいという人たちが増えています。

また、地球の裏側ブラジルでも、サイエンズスクールをやりたいという人たちが、何人か動き始めています。



これを機に、サイエンズスクール鈴鹿も、名称を「サイエンズスクールJAPAN」に変更し、

これまで以上に、”争いのない幸せな世界の実現”を目的とするアズワンネットワーク活動の一環としてのサイエンズスクールを世界中の人の意欲あるたちに使ってもらえるものとして、環境の整備を進めていきたいと考えています。



(文:サイエンズスクールJAPAN事務局 福田博也)
- | comments (0) |11:41

わたしらしく生きられるために ~ アズワンセミナー ~

「こんな自分になりたい」とか「こんな社会になったらいいなあ」とか、

希望や理想がありませんか?

でもどこかで、「いくら願っても、今の世の中、実現できるわけないよなあ」と、

諦めていませんか?

わたしらしく生きるために、まず、「自分」ってなに?「人間」ってなに?

「人」と「社会」はどうなっている? ゼロから、探究してみましょう。

私の、本当の願いは・・・。

11月に開催した「サイエンズセミナー」に参加した方の感想を紹介します。



尚、セミナーの名称、次回から「アズワンセミナー」となります!

アズワン(as one)とは、「一つの世界」を意味しています。

ジョン・レノンの名曲 ”イマジン”の中で、”The World will be as one”

(だって元々僕らは「一つの世界」に生きてるんだから)と歌われている”アズワン”です。



知性を使い探究すると、何か知らないうちに姿勢が変わるような感覚があって、心も変わってくるような。

前よりはラクに、疲れずに、自分や周囲とかかわれば、活動がより持続可能で楽しいものになるだろう。

ヨガをしながら呼吸を観察するように、自分や人や社会を観察し、それらがより本来のあり方をとりもどしていくプロセスと共にあれたらと思う。(50代女性)


腹が立つについて、イラっとする中身は、その対象にはなく、自分のこうしたいという思いに気付く。

話すべき所が、こうしたいと思って相手にぶつけたものの正体に気付き、これじゃ、いつまでもイラっとするという事を発見し、驚く。

相手にこうしたいと言っていた事が実は違った。本当に腹が立ったとき、向けている場所が違う事。自分の中の思いに気付く。

ものすごく相手を思っているじゃん。そっちを伝える方が良い。

「自分とは、」という問い、とても良かった。

自分は自分で良いんだ。と思う。

そして相手の怒りにも本当は、その人の大切な思いがあるのだろう。

そして思い込みや嫌な思い出、消化出来ない気持ちがあるのだろうと思うと自分も胸が痛くなる。その人の為に何かしてあげたいと思う。

それが僕の正直な気持ちなのだろう。

人が持っている気持ち、当たり前、なのだと思う。

自分、劣等感、優越感、悪意、ものすごく強いネガテェブな感情、その正体が分からず、自分が怖くてしかた無かった。でもそれ、恐怖心からきてた、これも向ける対象を間違えてた。

自分の中にあったのだ。本当は無いのだ。

安心、安全、大丈夫なのだと自分に言ってあげた。もういいよって。(20代男性)


「その問題はその人に起こったことだから、私には関係ない」と思うのと、「その問題を解決できるのはその人だけだし、その人がどうやっていきたいかは、その人次第だから、見守ろう。(もしできることがあるならやるけど)」と思うのは、行動自体、「特に何もしていない」けれど全然違うものだなと思いました。

見守られている安心感、何でも言い合えるような関係性、改めて大事だと思いました。

僕も地域でコミュニティ作りやイベント事業などをしたり、しようとしている中で、大事なのは、「何をするか」「内容がどうか」以前に、やろうとしているもの同士で「本当に親しい関係性」を築けているかなのだと深く思いました。(30代男性)
- | comments (0) |11:50

心の声を聴こう ~内観コース~

自分を見つめる時間を持ちたいと思っていませんか?

自分の<気持ち><心>を忘れていませんか?

静かな、ゆったりとした空間に身を置いてみると・・・

自分のこれまでの人生、どのように見えるでしょう。

自分の成り立ちが見えてくると、視点が広がり、心が軽くなるようです。

今回は、10月「内観コース」に参加した人の感想の一部を、紹介します。



前回に比べて過去をより詳細に思い出せていた。

幼い自分がそこに立って、歩き、視点を様々な人や場所に移していくことで、「ああ、そういえばこの人がいた、この場所はこうなっていた。」と思い出していき、それにまつわるエピソードが繋がっていく。それだけでも楽しかった。

さらにその頃の自分の感覚、無邪気に何か面白いものを探して、赴くままに思いっきり遊ぶ。ただただ人と笑いあって楽しく過ごしたいという感覚が思い出され、懐かしくて嬉しくて、涙が出てきた。今の自分には忘れ去られ、無くなってしまったのかと思っていたものが、こうして思い出せる。忘れていただけでまだ失ってはいないと思えた。

過去の記憶は現在の認識、言葉の成り立ちに大きく関係していると思う。過去に思い出される情景は、そのまま現在の周囲の環境の認識に繋がっている。なので過去の記憶を詳細に思い出していくということは、現在自分が捉えている世界を知っていくということと同じような感じがする。

ただ観るだけでいい。

これはこうだから良い、悪い。あの時はもっとこうしておけば良かった。あの人は嫌いだ。

人や事柄に対して、自分の中で既に意味づけされているものがある。また、思い出した記憶にすぐに意味をつけたがる自分がいる。「ああ、そういえばあの人はこんな事をした。だからあの人はこういう人なんだ。」思考を巡らして色んな解釈をしたがる自分がいる。

でもそれは、あんまりしなくてもよいのではないだろうか。

それは自分の中の自然な部分というか、自動的に出てくる部分がやってくれる。

(20代男性)



父と母がけっして楽ではない、仕事を続けながら(幾つか転職もくり返し)私と妹に、食事をさせ、おそろいの洋服を着せ、欲しいものを与えて、新しい家に住まわせ、大学までいかせてくれたこと。

それは、今まで親として“あたりまえ”と思っていた私でしたが、内観を続けていくうちに、そらがどれだけ大変なことだったかに、気づかされ、涙がとまりませんでした。

父の人生、母の人生にこれほど思いをはせたことは、今までまったくなかったと思います。

自分の人生をふり返ったとき、幼少期や小中高時代のトラウマとなるような場面(自分の記憶)が、いくつかありました。

人生につまづいた時には、その記憶を思い出し、「あの時、私は父や母から傷つけられた!」と人生がうまくいかないことを、親のせいのように思っていたこともあります。

今回の内観で、ずっとひきずっていた幼少期のトラウマが、ことごとく反転していきました。

自分劇場でトラウマだと捉えていたことが、対等に観ていく中で、その時の母の状況、父の気持ち。記憶に表れた細やかな場面など、違う視点で、観えるようになり、「あ~、わたしの勝手な思いこみにすぎなかったんだ」

「あの言葉は、本心ではなかったかもしれない」

「父も大変な状況だったよな・・・。今私がその立場だったら同じこと言っただろうなぁ」とか。

こんな風にそのときの場面を思い返して観ていくことで、トラウマだと思っていたものは、トラウマでは無くなり、逆に両親に聴いてみたいこと、そのころの両親と話してみたいことに変わっていきました。

とても貴重な体験でした。(50代女性)
- | comments (0) |09:21

「人生を科学する」

「人生」というと、それぞれの生き方の話しにもなりますが、そのまえに、そもそも「人とは何か?」「人の一生とはどういうものか?」と、人の内面的成長に焦点を当ててみると・・・

人として誕生し、親や周りの人達の何を吸収して、育つのでしょう?

人としての成長とは、どういうことでしょう?

9/25~「人生を知るためのコース」に参加した人の感想の一部を紹介します。



とても強く残っているのは、「生きる」にしろ「自分」にしろ「心」にしろ、自分がどういう捉え方をしているか、が、とても大きいという事。

自分の捉え方、見方を実際だと思い込み、それによる心の状態で自分自身や、人、人生をとても狭く、貧しいものにしている自分に気づいた。

実際の人間、その人間性による知性の働きなど忘れては、すべて物事は分かる、捉えられるというベースの考えがとても強く自分の中にあるな、と思った。

日々、常に何かをしている、その元には何があるんだろう、何か欲求を満たそうとしているのかな。

その欲求も、でたらめにあるのではなく、何か方向のようなものがあるのだろうか。

その先にあるものが、自分の人生の目的なんだろうか。

まだまだ、サッパリわからない「目的を知るが目的」のような感じだが、実際はどうだろう?

自分の本心は、目的はどうだろう? と、知性を働かせて生きたいと思う。(20代男性)



人とはどういうものか?心と知性がある。心は人の本体ではないか。生まれた時は、心になる芽が備わっていて、生まれてきた環境、母、父、家族などの愛情を受けて、受けて、芽が開き、心として成長していくのかなというイメージ。心には形はなくて、目に見えないもの。心って見えないし、わからないけど、自分を見ても、あるような感じがする。気持ちとか、欲求、などの見えるもの感じれるものの元のもの。心の状態はどうなっているのだろうか?見えるようになりたい。

人の豊かさとは?心が豊かというと、お母さんのような心ではないかなと思う。子供に無条件に与えるだけで、与えることで自分自身が豊かになる。赤ちゃんや小さい子供は与えられて、守られて育っていく。お乳を飲みたい赤ちゃんの欲求と、赤ちゃんが飲みたい時に乳がはり、飲んでもらって嬉しい母子の関係がある。子供がもっと食べたいと要求すると、自分の分がなくなっても、食べさせたいと思う親心があるなあと思う。

人の成長とは?

人の特徴は、知性と心

素直な欲求が満たされて、心が安心満足

真理、事実実際とはどういうものかを知りたくなり、知っていく。

自分の成り立ちを知って、自分や自分の周りのものの存在する背景を知っていくことで、捉え方が理に沿ったものになり、心も豊かに成長していくのではないか。(60代女性)



この7日間、5人の仲間とともに、自分を見、人について、人生について、知性を働かせ、考えてきた。その間、心の中に生命エネルギーがゆったり流れ、満ち満ちてくるように感じた。ともに探り求めながら、一人一人の中で何かが動き流れ、その流れが互いの間を行き来しているようで、何だか、ひとつの大きな生命の流れを感じるようだった。



★ 地球-生命-人類-私 … すべては“ひとつ”

雨・川・海・蒸気と形や場所、あらわれは変化するが、水は水(H2O)で元は同じひとつのもの。原子レベルで見れば、水も空気も大地も植物も動物も物も人も、あらゆるものは原子の集まりで、その集まり方が違うだけですべてのおおもとは原子。

生命体は、H・N・C・Oの4元素が集まりまた散っていくあらわれ。生命を生み出す生命エネルギーの大きな流れの中で、この4元素は集合離散し、生命は誕生-死を繰り返している。

人はみな、同じ元素を持つ地球上に生きる人間同士、元はひとつ、であり、またその一人一人は固有の個性を持った異なる存在でもある。



★ 人って、何だろう?

人は、人の中で生まれ・育ち・生きることで“人”となることができ、一人では“人”になれない。周囲の人々や環境から何かを得(糧)、また何かを与える(影響)、このやり取りのなかで変化し成長していく。(60代女性)
- | comments (0) |14:29

自分らしく生きているだろうか?

「サイエンズセミナー」は、自分を知り、人と社会を学ぶセミナーです。

「こんな人になりたいな~」「こんな社会になったらいいなあ~」など、誰の心のうちにも希望や理想があるでしょう。

でも、いつからか、「自分には無理」とか、「世の中はこんなものだ」と、諦めてしまっていませんか?いや、ほんとうに忘れてしまったのでしょうか?

自分らしく生きるための人生が、そして、誰でもが自分らしく生きられる社会が、良いと思いませんか?



9月に開催したサイエンズセミナー参加の方の感想の中の一部を紹介します。

次回は、11/19~24で、開催。参加申し込み受付中です。



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周りの環境、住んでいる社会、人の気風、自然等、自分をとりまく要素もとっても大切。

密接に結びついている。

親しい間柄というのがベースにあれば、より、調べやすいし、楽だし、早いし、楽しい。



何が、ホントの自分かわからないけど、ホントの本当を探しながら、そのプロセスで、自分を知っていくって楽しい。

とまらないでいるのがワクワクするなぁ・・・と感じている。(50代女性)



色んな理由や、説明、解釈など、自分自分の振るまいや、感情、行動、気持ちはあるが、その向こう側、それがやってきている所に何があるのか?

起こっているのか?

その源泉に近づくことが、自分の生きやすさに近づいていくことでもあるのかな?

ただ、それは自分一人では難しい気がする。

生まれてからここまで、多くの人々の心や意識の関りによって、自分の心がそのようになってきたように、そこへ戻っていくことも、また、多くの人々の心や意識の関わり合いによって可能になる気がする。(30代男性)



「ひとがその人らしく生きること」

このテーマをまずは自分がそう生きることが初めのステップ。

そしてそれには、共通の願いをもつ人たちのコミュニティという環境が必要だと感じました。

いつの日か、この日本が「その人らしく生きる人」ばかりで溢れ、そのことが当たり前になり、心に鎧を被ることがむしろはずかしく感じる。

そんな社会が近く実現するように思います。(40代女性)
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