自分自身の観察から、気づきを通して、気持ちや心を知っていく!

自分の行動や思考・感情などを、ゆっくり自己観察していくと、自分自身の成り立ちが見えてきます。
あらゆるものとの関連を知ることで、心豊かな自分になっていく。
それは……。
思い込みや決め付けから解放されて自由に生きることになります。
人間らしさを発揮し、知的に幸福を生きていくスタートに立ちます。
7月7日から、サイエンズスクールの「自分を知るためのコース」に参加した人の感想を紹介します。


img1231_NCM_1842.jpg◆「どうしたいのか?」自分も相手も、気持ちに焦点があたった暮らしへ!

コース中、安心した、安定した満たされたような心と体の状態で過ごした。

周りの人と、生き生きと暮らせるようになりたいという願いを持ってはいるけど、まずは自分だ。
自分を知りたい、人間を知りたい、精神面が健康な状態でありたい、人間らしくなりたい、とてもそう思ってる。

やらなきゃいけないこと、やってはいけないこと。
そこには、自分が本当はどうしたいのか、を考える余地は一切ない。

義務化している捉え方を、実際に起こっていることではないことに気づき、やってもいいし、やらなくてもいい、という状況に立って初めて、自分がどうしたいのかという気持ちを冷静に見ることが出来る。

本当は、自分がどうしたいのか、相手はどうしたいのか、その気持ちを一番大切にしていきたい。(女性20代)
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◆自分を縛る記憶に気づき⇒ 幸せに自由に生きる!⇒ 事実の世界へ!

私はなぜコースに来たのか。
自分を知りたい。
もっと幸せで自由に生きたい。
しかし、どんなことが自由なのか、幸せなのかよく分からない。
それを知って実現するにはどうしたらいいんだろう。

事実はどうなのか知りたいという気持ちなら、誰もが持ってるようだ。
ただ、事実でないことを事実となっていると、事実に合った人生が実現しないらしい。
私の場合、記憶に関する執着。
誰か言った言葉やその文字を憶えて-> 「そんなことがあった。 」に.、なかなか譲歩しない、自信(固執)が出る。

記憶がどんなものなのか、聞いたのと見たものがどんなものなのか、感覚がどんな特徴と性質があるのだろう。

人をその人自体として、今ここ私の目の前に私に話しかけている存在より、記憶通りの人だとする。
記憶をみていることを知らない。
私の人間関係に影響している。
今はこんな感じか。

私がいる。私は生きている。
感覚を働かせて生きる、考えを使って生きる、 感覚と考えとはそれなりの特徴,構造がある。
私は、感情や、気持ち、考え,、判断/記憶、経験、価値観/見たこと、聞いたこと、触ったこと,、認識に住んでいない。
私は事実の世界に住んでいる。
実際の世界にあるとは、知りたいけど、ゆっくり。(女性30代)
- | comments (0) |07:51

人は何を吸収して育っているのだろうか?

今の自分に育つまでに、周りから受けたものは?
人は誰もが子供のころから自然に母国語を話しています。
周りから受けたものを吸収し身につける力、生まれながら吸収する力を持っている人間!
身体は食べ物を得て大きく育ちますが、こころは人の中で何を吸収して育つのでしょうか?
人は、親からの愛情を受けて、人として育っていくのではーー。
小さい頃からどんな体験をしてきたのか、思い出し、ゆっくり、じっくり観ていくと、心に変化が起きてきます。
受けた愛情をはっきり知ることで、愛情深い人になっていく。そんな方向へスタートがきれるのです。
6月30日~の内観参加者の感想を一部ですが紹介します。

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◆成り立ちを知り、受けている実際を知り、心の温もりを知っていく!
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終わってみると心持ちが軽く、知らず知らずのうちに隠し持っていたザラっとした気持ちを整理整頓したような感じがある。
今まで、過去を振り返ることはあっても人に対しての自分をしらべ、事実を観ていくことはしていなかった。
母親や父親に対してもどこかで否定するような見方をしていたことも見えた、それが自分も否定するような見方にも繋がっていたことも。

内観すると自分の成り立ちが多面的に見えてくるようだった。

自分自身で育ってきたかのように、精神的なものも思考も趣味・嗜好なども自分で育ててきた自分をかたちづくる大事なものとしていたけれど、それさえもほとんどが周りの人の影響や受けたものが重なり合って成り立っていた。
そこには自分独自のものなんてなく、大事にしていた自分が消えていくようだった。

母が私に与えてくれた時間と手間と気持ちは想像を絶する。
”やってもらうだけの、ぼったくり” まさにその通りで、こんなにも受けてきたことばかりで返したことがほぼなかったこと。
条件もなく見返りを求めずに、ひとりの人に対してこれほどのことができる。

最後の方で、、、母の膝の上に座る私、その私の脚に母の手が置かれた温かさを感じた、あの時のしあわせな時間を再体験したようだった。(女性40代)
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◆誰もが知っている、「安心と満足」のこころの世界!
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いつまでかは覚えていないけど、わりと大きくなるまでお母さんにおんぶしてもらったり、手をつないで歩いてもらっていた。
学校から帰るとそのままお母さんの働いていた窓口に行って宿題をしたり遊んだり、学校での出来事を聞いてもらっていた。
お母さんの傍にいるのが好きだった。

お父さんもお母さんもいつでも話を聞いてくれた。
どんなことでも聞いてくれた。
それが私にとっては当たり前になっていた。
大事に育ててくれたんだろうなと思っていたけど、頭で思うよりももっとたくさんのものを受けていたんだろうな。
お父さんとお母さんといる時は本当に安心している自分だった。(女性20代)
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◆じっくり観ると、「当たり前」なっているものが、見え始める!
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母は玄関を改造して洋装〇〇〇と看板をかかげてオーダーメイドの洋裁店をはじめた。
それからいつもミシンの前か机に向かって縫ったり切ったりしている母の印象が強い。
ご飯はいつ作ってたんだろう?
あんまり覚えてないけど毎日本当に母の作ったご飯食べてたんだなあと思った。
手作りのデザートもよく作ってくれたな。
デザートのことは印象に残りやすいけど毎日の食事のこととなると・・・。
ほんとに当たり前なんだね。

こんなに父母に大事に育てられて、色んなものを周りから受けてきて私は何をしようとするんだろうか?

「やらなければいけない。してはいけない。」
はじめて幼い時から見てみたけど、小学生の低学年の時にもっと色々あったんだと思う。
もっと細かく見たら。
中学ぐらいにはだいぶ強化されている。
また見てみたい。(女性50代)
- | comments (0) |09:20

かって無い、新しい視点―「人を聴く」文化へ!

自分の心に、耳を傾ける。
本音は? 更に深く傾ける……本心は?
自分の心を聴けた分だけ、相手のこころへ、「人を聴く」が実現していく。
警戒心が溶けていく。
「人を聴く」の実現で、理解し合い、満たされ合う広い世界へ向かう!
――人を聴く社会、人を聴く政治、人を聴く運営へ。
「人を聴く」お互いから、一人ひとりの味が発揮される社会へ進んでいく!
6月22日から、サイエンズスクールの「人を聴くためのコース」に参加した人の感想を紹介します。

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◆警戒心? 気づいていくと、溶け始め、自然と人に関心が湧いてくる! 
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人を聴けるようになりたい(そうしたら人との関係がよくなると期待して)と頑張ろうとしても、そもそも頑張るものではない。
自然と人に関心がいくという表れになるかどうか。

人(特に身近でもう知っていると思っている人)がすごく単純なものに思えている。
実はほんの小さな1部しか見えていないと考えたら、全然知らないかもしれないと思えた。
相手を聴こうとなっていないときは、自分を何かから守ろうとしている。
人への警戒心だとか恐怖心がないと、自然と人を聴きたくなるように思えた。

人を聴こうとならない状態は、世界がとても狭い。
世界の片隅で身動きひとつせずに妄想しながら感情の上げ下げをして過ごしているような。
もったいない。
なんとなく、人を聴こうとする状態を垣間見せてもらった気がするので、自分のなかに可能性がでてきたと思う。(女性40代)



◆聴き合いの場は、主体性の復活!

今回は本来の人と人の間柄というところでの聴き合いとは・・・という視点と関心で参加した。
やっぱりまずは自分を聴く・・・
話を聞く際に、観察して「今、観念や記憶に関心が向かっているな」と気づくと内面の状態が少し落ち着いてくる自分になるなと思う。

そして「聴く」というのは「主体性への関心と尊重」がポイントだなと今回のコース参加で強く思った。
自分の主体、相手の主体・・・そこへの関心・・・言葉とか反応とかに関心が向くとそこが見えなくなる・・・自分を聴くではなくなるし、人を聴くではなくなる・・・聴き合いではなくなる。
お互いの主体、お互いの気持ちや本心への尊重・・・「主体のある人と人」を知る・・・それが本来の人と人との間柄を知ることなんだなと思った。

聴く状態になると実際の人が見えてくる・・・人と人との豊かさが見えてくる・・・人を聴くというところからの環境や社会の実現・・・本当を見出した分だけ人間らしい環境や社会が現れてくる・・・少しでも聴き合いの場作りをしていきたいと思う。(男性50代)

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- | comments (0) |10:51

“気持ちを聴く”“人を聴く”社会の実現で、皆で明るく生きる!

罰則で脅し責めたり、強制でやらせたり、やらせなかったりという縛り合う現状の社会。それが健康で安心な社会になっていくには?
現状をよく観て、知って、一人ひとりが、心のフタを開けることから始まります!
私の中の気持ちや心を、観えなくしているものは何でしょう?
“当たり前”になっている“固定した考え”があるからでしょう。それを解消するには?
人の中で調べ、気づき合っていくことからです。
自分の心を聴き、人の心を聴く、「人を聴く」社会への変革が要です!
かってない、心に焦点があたった新しい文化…。
かってない「人を聴く」あたらしい政治…。
次の新しい社会の政治家の資格は「人を聴く」が出来る人。「人を聴く」政治の実現が望まれます。
5月26日から、サイエンズスクールの「社会を知るためのコース」に参加した人の感想を紹介します。
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◆責める! 強いる!、どうなっているかな?  
法律によって平和な社会になっていると思っていた。
罰則を強化して飲酒運転が減るとか犯罪が減るとか。
現象面だけ見れば事故や事件が減っていることもあるかもしれないけど、人の心の状態にどんな影響があるのか。

悪いことをした人には罰を与えて当然、責められてもしょうがない。
悪い人だから。
そんな風に人を見ているのにそれで平和な社会になると思っていたんだ。
現れた行動だけを見て悪い人とか、変な人とかで片付けて人の心に関心が向かない状態。
なんでその人がそんな行動をしたのか、どんな不満や不安があったのか、本当にその人の気持ちを聴けたら、罰がなくても健康な方へいけるんじゃないかな。
そんな社会なら犯罪も起こらない気がする。

職場に来る予定の人が来なくて電話をしてみると、「今日は天気が良いから海に来てるんだ」と言った場合、確実に責める。
「やる気がなくても職場に来ないとダメでしょ~」という感じで、あなたの気持ちはどうでもいいと言ってるようなもの。

でも来ない理由が病気とか災害とか自分ではどうしようもないことだと責める気持ちが出てこない、というのが面白かった。
来ないという状況は同じなのに責めたり責めなかったり。
自分の中に「これはしてはいけない」という基準がしっかりあるんだな。

こんなに人の気持ちを見ていないことを知ってびっくりした。
「来て欲しいな」という気持ちだけじゃなくて悪感情も一緒に出る。
相手を責める。
そういう状態では相手の気持ちも自分の気持ちも見えないんだろうな。(女性20代)

◆平等って? 奥にある素直な気持ちって? 
私の平等観が見えてきた。
同じ物を同じだけ分配することが平等。
物だけじゃなくて人に対する気持ちまで平等にしようとする。
人には優しく、同じように接する。
それを人にも自分にも求めている。
平等でなければいけない。
気持ちを抑えてまでそうしよう、そうさせようと強いている。
自分の中の平等を一生懸命守っていたけど、とても力の入った不自然でおかしな状態。
形とか現れを平等にするというよりは、どの人も自分の気持ちを素直にそのまま出せる状態が本当の平等ってことなのかな。
平等にその機会があって、人と人がもっと知りあい、近しくなっていくんだろうな。

現状の社会や今の自分の状態を知って驚きとショックがあった。
それと同時にこれからどんな社会で生きたいだろうというのにも触れた。
人の内面を重視する社会。
事柄や利益よりまず人の気持ちを大事にする。

これまで身についた人や社会の見方は染みついててなかなか取れないかもしれないけど、それに気が付いて切り替えていきたいな。(女性20代)

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社会を知るためのコース | comments (0) |17:59

実際に則して検べ、本質に迫ることの体験で、誤認からの解放!

私たちは外の世界を感覚器官を通して脳が認識しているのですが、そこにある盲点を知らないため、脳の誤認に振り回されているかもしれません。
それは、高性能な脳のなせる業なのか? 
固定した考えで作られた社会の影響によるものなのか?
誤認に気づかずに暮らす社会の中でも、素直に、正常な感覚で暮らすには、固定した「考え」からの解放が不可欠です。
場を持ち、人と共に調べてみると、本質が迫ってきます。
5月19日から開催された「自分を知るためのコース」参加者の感想の一部を紹介します。
15062.jpg          (畑公園の紫陽花)
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◆実際を捉えているという感覚の、実際は?         

人間は実際を捉えようとして感覚器官をもった、(もっている)ここにハッとした。
ふだん感覚器官を通っていると認識はしないが、ここを自覚している状態と、実際をみてるとなってしまって(事実化)自覚を忘れている状態とありそうだ。
脳の高性能がゆえなのか?
小さい時からの周囲(周りの人や社会)の影響が大きいかな。

人間は実際をみようとすること(推測したり)はできるけど、あくまで、実際がわかるなんてことはない。
事実になりようがないものを事実にしてしまう、約束をした、その人来ない。なんで来ないんだ!!約束したやろーーー!来ない、おかしい!ドライアー動かへん!おかしい!
おかしいのはどこやね~ん
ないもんがみえんか~い!真剣に、ないものみえてます、えーはい、どうも。

自由な自然な人間で知性が働き、柔軟な人と人が・・・そんな社会はどんなだろう。
力まず人と共にそう成り合いたい。気づき合いながら。。
とてもおもしろかった。(女性30代))
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◆「感覚」・「認識」・「考え」・「知っている」の実際を探る!

今回見てきたような「人間の考え」とは? という認識なくつくられてきた社会の中で、自然と身につけてきた感覚と認識のとらえ方を、「どうなっているのかな?」とゼロから見直す機会。
貴重な探究の時間だった。

「知る」と「知っている」の違いは何か?
と考えた時に、本来の人間は「素直に知ろうとする性質があるのではないか?」ということが出てきた。
「人間の考え」が悪いのではなく、使い方やそもそもそれがどういうものかを知らない現状なのだなと思う。

考えによって決めつけや固定のある人や社会は窮屈だなと思う。
考えを知り、うまく使って、生き生き自由な人や社会の中で生きたい。(男性40代)
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◆人間の考えを、信じている状態から、楽しく生きる世界へ解放!

一週間やってみて、「人間の考え」というものが、ますます気になってきたように思います。
「人間の考え」とは。
どういうものなんだろう、どうなっているのだろう?
自分の頭の中では、どうなっているのだろう?
どんなふうに使っているのだろう?

〇〇を信じている、それは何を信じているのだろう?
頭の中の「考え」を信じている、そう考えている「考え」を信じているようです。
信じるとは?
考えていることが事実だとしている、正しいことだと(?)動かしようのないものだとしている。
「考え」というものを知らない、「そうしなければならない」があると思い込んでいる。
疑いようもなく、ある、と思っている。
そして、それに合わせて動こうとして動いている。
それが、どういうことなのか、どうなるのか、を知らない。
人間とは、こういうものだと信じ込んでいる。

それが、どういうことになっているのか、なってしまうのか?
それで、本当に楽しく生きてゆけるのか?
人間を知り、人間の考えを知って、生きてゆくしかないのでは。
自分は、どうするのか、どうしたいのか、自分を見てゆけたらいいなと思います。(男性60代)
20190604_051422.jpg          (第二研修所に咲く花)
自分を知るためのコース | comments (0) |11:04

思い出しじっくり観る、私を縛っていた記憶が、変わっていく!

強烈な体験! 
こころに残った忘れられない記憶、記憶は過去の事です。 
「こうしてはいけない」「こうしなさい」と自分を縛っている記憶も過去の体験のほんの一部。
内観で、多くの体験を思い出し、ゆっくり自分に落とし込み、
記憶の奥にしまってあった豊かな体験も思い出し、じっくり「観る!」と―
不自由な自分を作っていた記憶に、縛りからの解放が訪れます。
自由な自分を取り戻すのです。
記憶の正常化、健康なこころへの道がスタートします。
5月5日から開催された、サイエンズスクールの「内観コース」参加の感想を一部紹介します。
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◆温かい心の体験を思い出し、味わい、満たされる過程!
6泊7日間の内観を通じて、まこと幸せな人生だと思った。
豊かな人生だな,本当にありがたいと思った。
今まで受けた喜びを通じて満たされ,人生が幸せに認識される過程。
人の成長という側面から受けてきたことを知って満たされる過程。
豊かさ 実にいいと感じた。

おばあちゃんを通して観る
内観の最後におばあさんについて見ながら,本当にあたたかいと思った。
おばあさんの家の前でオシロイバナを取った記憶、ご飯を食べる時に魚の骨を取ってご飯の上に乗せてくれたこと。
退屈ならば一緒に花札遊びをしたこと、お正月だったら一緒にギョーザを、秋、冬になると味噌や醤油を作った記憶。

体力的に孫たちを見るのが大変だったはずなのに,怒ったことがなく面倒を見てくれました。
私は亡くなる前に会えなかったね。
療養院に行った時でもありがとうという挨拶でもしたらよかったのに. 本当にその一言は伝えられなかったなと思ったら涙が出た。

あったかい思い出をたどりながら息子に暖かい記憶をたくさん残したいと思った。 もっと温和で暖かい父親になりたくなった。

母親を通して観る
小学校時代,自分だけ字が読めずに学校へ行ったと思った。
母親は,"忙しくて私の教育にあまり関心がなかった"と認識されていた。
じっくり見てみると,ピアノ,美術学校,学習塾,ユン先生,英語などいろんなことをしたね。

休みの時は,母が直接算数を教えてくれたし,母が勤務する中学校の科学室に行って,顕微鏡で細胞組織や生物を解剖したことを見せてくれた。
なんで、あの時に書き取りの成績が悪いのを母のせいにしようとしたのか?

小学生のときは母親が他の地域に転勤になり,通勤しなければならなかった。
朝夕1時間30分ずつかかる距離だったが、今思ってみたら私たち朝食・夕食をどう食べさていせたのか?
"母が朝,運転するのに眠すぎる"という話を父親としていた姿が思い出される。

父親を通して観る

父親の、聞いて話すやり方が、情が足りないと、自分に無関心そうに把握していた。
母親のように怒ったり大きく反応しないことを否定的に見ていた。
その認識が中学校から続いて、父はそういう人だと強固になったようだ。

注意深く観察してみると,父のやり方で私に愛情を注いでくれていたように見えた。

大学1年生の時、牛乳のバイトをしながら配達に車が必要と思いお父さんの車を借りたが、よく思い出すと,私が早朝運転するのが心配だと思ったのか,私と一緒に早朝から牛乳を受け取りに行き運転してくれて一緒に配達した。

お父さんは元気ないように思っていたが、あんなにも横にいたなと思う。(男性30代)2019-05-23 11.21.45_2.jpg
内観コース | comments (0) |06:49

「話を聞く」が「人を聴く」になって…快適生活が実現!

人の中にある心の働きは? その人の中身は?
安心のお互いで、関心がお互いの、言葉の奥の世界へ! 
「人を聴く」は、人の本来の姿!
争いの起こりようのない社会の入り口が見えてきます!
自分の中に、安心状態・満ち足りる世界が広がります!
5月11日から開催された、サイエンズスクールの「人を聴くためのコース」参加者の感想を一部紹介します。

img603_file.jpg◆安心の中で、その人を知ろうとする心、人を聴ける状態へ!

人を聴くことをシンプルな表現にしたら、人に関心がある状態と言えるね。
相手が、何を言っても、何をやっても、その実際の人に絶えず関心が向いてる状態が本来の聴くかな。
絶えず、その人を知ろうとする、どうなってるだろうかに関心がある状態は本来の聴くかな。

例えば、[聴くとやるがついている]ことは[やるベース]があって、聞くことがついて来る。
やらなければ認められないっていう不安ベースの状態があって、それで[聞いたら、やる]っていうセットになってるじゃないかな?
安心ベースだったら、何もやらなくても良いベースだとしたら、どうなるかなね?

聴くは人間としての本質的なことなので、そういう不安、不満ベースの心の状態が元々の聴くことが実現してない原因なのかな。(男性20代)
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◆争いなど起きようもない世界! 人を聴く!

相手に聴いてもらって→自分の本心に気付き→相手を聴きたくなる→相手もまた本心に気付く。
こんな繰り返しにより双方共に満たされ満足していく。

言葉とモノの関係
対象物の事言ってるのか? 頭の中のことなのか。
この辺解っているようで解ってない。 というか、はっきり区別されてなかった。
密着感強い感じ。
はっきり区別されれば争いなど起きようがない、ところまで行き着く。(男性60代)
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◆自分の意識の固定を知ると、その人の中を知りたくなる、「人を聴く」へ!

相手の世界はだいぶ広いよね。
わからんほど広い。

そこに関心向いてないのよく分かる。
自分の意識が事実になってシャットアウトしてたんやろなぁ。

失礼しました。
聴きたい気持ちはあるんだけど。

なんせ、知らんから、それでやるコトもくっついてたから。
聴くと、(つもりになると)すぐ何かをするアタマになる。
受け止めてない。
どうしたらいいか、それが先走ってしまう。

してあげたい気持ちはあるんやけどね。
なんせ、知らんから、自分の考えに意識が行ってるの気付かずやってた。
そんな感じの現状だったな。(男性40代)

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人を聴くためのコース | comments (0) |15:28

認識のメカニズムを知り、自分を知り、誤認からの開放を!


人間は、誰しも生まれてから人として、成長していきます。
肉体の成長は見えやすく、部分的な強化も図られるくらい研究も進んでいます。
では、人の精神面の成長は、どこまで研究が進んでいるのでしょうか?
こころの成長に焦点を当てた研究やその実際は・・?

人の心の本質の解明や理解が進んだ分だけ、その人の精神面に現れてくるでしょう。理解を進める機会によって、こころの育ちに変化が現れてきます。
こころの本質を、自分自身を、「知る」ことの進み具合によって、それは、社会の成長として現れ、繋がっていきます。
サイエンズスクール開催の「自分を知るためのコース」(4月28日~)に参加した人の感想を紹介します。
20190501_114356-300.jpg◆普段の自分の感覚や考え! 実態をよく見ると!

「理想について考える前に、人間の考えについて知ることが大切」という話の意味や重要性がつかめたように思う。

事実・実際を五感を通じて把握するが、それは記憶をベースにした自分独自のもの。
事実・実際そのものとは異なり、かつその一部に過ぎない。

カレーを食べ終わりお鍋を洗おうとすると、おいしい食べものから、落とすのが難しい汚れに変わってしまう。
寒い時には寒さから身を守ってくれてありがたく感じるが、暖かくなるとその存在自体が暑苦しく感じられ、邪魔ものに見えてしまう。

「○○さんは相手を責める発言をしている」…断定に聞こえ、きつい感じ。
→「○○さんは相手を責めるように聞こえる」…謙虚で、自分もホッとする感じ。(男性40代)
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◆感覚器官の受け取りは? 認識の構造は?

まずは、感覚について探求しました。
感覚が自分の前に広がる世界を知る調査ツールであることを思い知らされました。
感覚が、自分の世界を作り上げる道具のようなものなのだろうか。
感覚は、実際あるだろう世界を味わう最高の道具であるとも思えました。
この素材をいかに調理して味わうか。

これまでは、こんなものだろうと思っていた世界が、広がりまた味わい深く感じられました。
そして、この感覚を用いて感じ得た世界が自分の認識や概念を作っていくようです。
この認識が自分の世界を構築していくのでしょう。
この世界は、人間の考え・認識が作り出しているのです。
感覚の旅は続いていきます。

自分が安心できる状況を作るために、感覚を用いて固定概念を作り出していきます。
ただ、これは自分を守るものでもありますが、自分をその世界に閉じ込め苦しめる元にもなっているようです。
そうやって観念を事実のように扱い、世界を批判し、生きづらい世の中を自分で作り上げていくのです。

理解してもらいたいという気持ちをそのまま表現し、目の前の人に正面から向き合う、すなわち直面することが私にとっては素直な行動なのだろうと思います。
私の本来の願いは、お互いが向き合って素直な気持ちを出し合える関係を作っていくことなのかなと今は感じています。(男性30代)img26_s-PIC_4183.jpg◆研究の面白さ! 知ることの面白さ! 人の面白さ!

面白かったな。
このコース初参加の人が半分で、初めて出会うテーマから思考し、自分を見て出して、また思考し、自分を見て・・・を連続していく中で、その人が変わっていく。

その人の味がこぼれるような瞬間に出会い、また私も生身の自分でテーマと向き合い、
一緒に探究していくのが何とも言えない感じ。
嬉しいというのか、力がみなぎるような、誰にでも通ずる、サイエンズメソッド、すげーとも思った。

見るとは? 聞くとは?
自分の脳の中で起こってるであろうというのをじっくり観察しながら、また日常の自分がどうなっているのか見ながら、思わぬところで直面するテーマもあり、また差し迫るような感覚、次の社会に向けて阻む心の状態も見つけた感じです。

実際の方に目を向けてみると、それぞれの個性や見えてる世界があり、特徴があるようで、それが発揮すると、また、どんな社会が現れてくるのか楽しみになりました。
自信のない人
健康な状態、どこまでも知ろうとする働き、柔軟、誰とでもどんな意見でも話し合える状態

「柔軟で自由活発な知性と温和な心」育てていきたいな。
また一から、スタートしたい(女性30代)img15642_s-DSCF4288.jpg
自分を知るためのコース | comments (0) |16:47

自分を客観的に見えると、多くの愛情に気づき始める

「内観」とは、「内を観る」こと。  
幼少時から現在までの自分と向き合い、記憶を辿りながらその時その時、どうだったかを具体的に調べていきます。
自分が自分を客観的に見えるようになると、どこででも、誰とでも、幸福に生きていける力がついていきます。
穏やかで幸福な人生のスタートです。
サイエンズスクール開催の内観コース。
3月31日~に参加した人の感想を紹介します。

20190416_105527-300.jpg◆嬉しすぎる自分・気にしている自分、自分自身が明らかに!

父母からはいつも、どんな時でも、色々してもらっている事がすごく多くて言葉が出ないほど感謝の気持ちが強くなってた。
してあげた事が何も思いつかなくて泣いてた。

皆に対する自分を調べた時はもう (´;ω;`)ブワッ ってめっちゃ泣いてたなー。
昔の友達とか、もう全然思い出す事も無かった人々が記憶からまた出てきて、すごく嬉しくなった。
そしてそんな色んな人を知られた機会を作り上げてくれた父母家族の事がまた嬉しくなった。
アーもう数えきれない、考えきれないほどの事があって嬉しいわ、って感じだった。

「嘘やごまかし」の事を調べてみてたら、自分はあまりそんなのやってないし気にしてないって思っていつも気楽に過ごしてたと思ってたけど、無意識に自分をごまかしてる事がものすごく多かったように見えた。

意識して自分にごまかしをしていた時も色々あったけど、「こんなの軽いごまかしだからいいでしょ」っていつも思ってたので、気付かない内に本心ではやりたくないのにやってた事がいっぱい集まってるのが見えた。

内観に参加して人にどう見られるかとか、認められる事をめっちゃ気にしてる自分がいるって明らかに見えるようになったと思う。(20代男性)


◆客観的にそのまま見る → 気づきの体験を!

特に自分が固定した印象や強い感情を持っている記憶に関しては、捉え方を変えようとするわけでもなく、ただ具体的な記憶を調べることに集中することで、自然と自分が持っている捉え方に気づく経験があった。

記憶の中の自分に対する固定した捉え方に気づいていくことで、自分の中で起きている反応が変わっていくということも起きてくるように思う。

日常の生活でも「こういうことか」という解釈や結論を出すよりも、ただ冷静に客観的に見るほうに重点をおいてやってみたいと今は感じている。(20代、男性)
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内観コース | comments (0) |10:37

誰にとっても快適な、「健康な社会」を探る!

人間社会とはそもそもどう創られているのだろう。
始まりは、よりよく快適に暮らそうと人と人が寄り添い社会をつくってきたのだろうが、今の社会はどんな現状といえるだろうか?
一人ひとりの中に、社会はこうあるべきだ、ルールを守らなければ社会は混乱すると「人を縛ろうとする考え方」がないだろうか?
その考えは、「〇〇をしてはいけない」「〇〇をしなければいけない」と、縛り合う不自由な暮らしの元になっているのではないだろうか?
そのために人が人を縛り、社会が人を縛り、自分自身が自分を縛る、「自発的服従状態」にある。
縛り合いから解放へ! 自由な人、自由な社会、本来の人と社会を探究していくと――
3月24日から開催された「社会を知るためのコース」参加者の感想の一部を紹介します。

20190409_121220.jpg◆恐怖心が蓋をする、蓋の下にある素直な気持ち、本心は?

本当に自分がしたいことというのものを恐れている。
恐怖心が本心や自分の自由意志を邪魔していた。
いいようにいいひとに見られる。
それで安心しようとする。
ただただ知らないというところから現れる自分の状態、社会の状態。
人間の考えというものを知らない。
たったそれだけ。

人間本来、強制・束縛をすることができない。
思い通りに動くこともない、それはただそう思っているだけ。
自分自身がやらされた・やめされたと思っていても実際は自分が意識でそう思って自分自身で自発的服従状態で自分の意志でやっているなぁ。
自分が意識でいくらあの人をやらせたと思ってその人がやっていても、その人はその人の意志でやっているなぁ。
ただそれだけ。

だから人にこうしてほしい、やめてほしいというときも、自分の気持ちをストレートに伝えることだけでスッキリと生きていくことは簡単にできる。
また感情が高ぶってやらせたり・やめさせたりはだめだと自分自身を縛って、言えない本心で生きられない状況を作るということも日常あるけれどシンプルに生きられるのではないか。(20代男性)
20190409_121626.jpg◆安心をベースに、本心と知性で創られる、新しい社会のプロセス!

探究してくる中で、現状の社会が、所有意識がもたらす恐怖心や警戒心、不安をベースにして成り立っているのが観えてきた。
人に強いたり、束縛したり、偏った平等感で成り立つ社会の中に生まれ育ち、自分が自発的服従状態であることを知らずに、人や社会を何とかしようと、いろいろやってきたのだなと・・・、
安心をベースに、本心(自発的自由意志)で生きる人は、無理がなく、イキイキとその人らしさを発揮するなと、容易に想像することができる。
しかし、それができないのは、そもそも「人間の考え」を知らないことが起因していた。

「社会を創る」と聞くと、今までは活動のように「やること、方法」を考えることをしてきたが、この6日間を通して感じたのは、先ずは「知ること」だなあということだった。
サイエンズメソッドの1番目にある、「人間の考えを知る」ということが、今回のコースではっきりとしてきて、考えを知ることで、「では、事実、実際はどうか」に関心が向くということ。
探究するということがどういう事なのかをまた少し知れたような気がした。

知ることで現われ出る、人の本心と知性で創られる社会。
本心で生きる人に触れ、響き合い、寄り合って社会のベースがつくられる。
そんな気風の社会が、ひとりひとりの本心の顕れをサポートし、ひとりひとりの本心が発揮されることで、社会もさらに豊かに変化を続けていけるのだなあ。

サイエンズメソッドを通して人を知り、社会を知り、自分を知り、本心に沿いながら、身近にもそんな仲間を見出していく。
互いに持ち寄り、出し合い、聴き合いながら、新しい社会づくりのプロセスを進めていきたいと思う。(40代男性)

以下のページから社会を知るためのコースの案内が読めます。
http://www.scienz-school.org/hp/course.html#h
社会を知るためのコース | comments (0) |12:26