「話を聞く」が「人を聴く」になって…快適生活が実現!

人の中にある心の働きは? その人の中身は?
安心のお互いで、関心がお互いの、言葉の奥の世界へ! 
「人を聴く」は、人の本来の姿!
争いの起こりようのない社会の入り口が見えてきます!
自分の中に、安心状態・満ち足りる世界が広がります!
5月11日から開催された、サイエンズスクールの「人を聴くためのコース」参加者の感想を一部紹介します。

img603_file.jpg◆安心の中で、その人を知ろうとする心、人を聴ける状態へ!

人を聴くことをシンプルな表現にしたら、人に関心がある状態と言えるね。
相手が、何を言っても、何をやっても、その実際の人に絶えず関心が向いてる状態が本来の聴くかな。
絶えず、その人を知ろうとする、どうなってるだろうかに関心がある状態は本来の聴くかな。

例えば、[聴くとやるがついている]ことは[やるベース]があって、聞くことがついて来る。
やらなければ認められないっていう不安ベースの状態があって、それで[聞いたら、やる]っていうセットになってるじゃないかな?
安心ベースだったら、何もやらなくても良いベースだとしたら、どうなるかなね?

聴くは人間としての本質的なことなので、そういう不安、不満ベースの心の状態が元々の聴くことが実現してない原因なのかな。(男性20代)
.
.
.
◆争いなど起きようもない世界! 人を聴く!

相手に聴いてもらって→自分の本心に気付き→相手を聴きたくなる→相手もまた本心に気付く。
こんな繰り返しにより双方共に満たされ満足していく。

言葉とモノの関係
対象物の事言ってるのか? 頭の中のことなのか。
この辺解っているようで解ってない。 というか、はっきり区別されてなかった。
密着感強い感じ。
はっきり区別されれば争いなど起きようがない、ところまで行き着く。(男性60代)
.
.
.
◆自分の意識の固定を知ると、その人の中を知りたくなる、「人を聴く」へ!

相手の世界はだいぶ広いよね。
わからんほど広い。

そこに関心向いてないのよく分かる。
自分の意識が事実になってシャットアウトしてたんやろなぁ。

失礼しました。
聴きたい気持ちはあるんだけど。

なんせ、知らんから、それでやるコトもくっついてたから。
聴くと、(つもりになると)すぐ何かをするアタマになる。
受け止めてない。
どうしたらいいか、それが先走ってしまう。

してあげたい気持ちはあるんやけどね。
なんせ、知らんから、自分の考えに意識が行ってるの気付かずやってた。
そんな感じの現状だったな。(男性40代)

images (1).jpg
人を聴くためのコース | comments (0) |15:28

日常会話が快適でスムーズになる元「人を聴く」わたしへ!

ふだん言葉を使って意思疎通を、何気なく図っていますが、その実際をじっくり調べたり研究することは少ないのではないでしょうか。
言葉を交わす、その実際や実態を科学的に調べてみると、人間の本来的な性質が観えてきます。
その人そのものを理解すること、そのことを「人を聴く」とここでは表現していますが、人を聴くことで、心から通じ合える、人を尊重し合う豊かな話し合いが実現されていきます。
12月28日の年末から年始に開催された「人を聴くためのコース」に参加した人の感想の一部を紹介します。
20181212_162544.jpg
◆安心から始まる、こころから通じ合えるお互いへの道
先ず自分が人を聴くというものに対してイメージでやろうとしていた。
こういう受け答えしたらいいかなダメかなと力が入るときがある。
多分相手に対して気に入られようとするみたいなことでそういう会話を成り立たせようとする頭が働く癖がある。

だからイメージ通りに答えて相手が良い反応をすると、うまくいったとか思う。
本当に人を聴くというのはそういった、考えでやろうとするものではない感じがする。
要素として本当に安心というベースに立たないと聴く状態というのにはなりにくそう。(20代男性)


◆「自分の頭の中」と気づくことで、相手の言葉のまえのものへ
「聞いたらやらなきゃ」等がないと、「聴く」は誰でもできる易しいことかもしれないと思いました「。
話せば話すほど寂しくなったり悪感情が出るのと、話せば話すほどますます相手を聴きたくなるとの違い。

言葉を聞いて、それがあってるかどうかに引っ張られてしまう。
自分の中の意味を相手のことだと勘違いしてしまう。

でも、自分が安心して伸び伸びしていたら「聴く」が実現しやすい。(30代女性)
20181212_163447.jpg◆言葉の性質を知り、主体的な心の世界へ向かう
"言葉"とは,個々人の頭の中に存在する概念。 ⇒  言語/話を聞くということは相手の話を聞くのではなく,自分の考えを聞くことである。 自分の考えであることの自覚。 ⇒ 言語とは,その人,相手に対する理解を始める入り口だな。 ⇒ 話を交わすということは言語を話すではなく,言語を媒介に相手が何を求めているか,その行為の本体に狭めていくことではないか。

何のために聴いているのか。 相手を理解して分かって行くために聴こうとするのか。
自分の納得のために聴こうとしているのか。

実際の世界は,話すその人にはその話を発する以前に気持ちや心など何かがあってそれを言語で発する。

相手の世界をありのままに理解しようとする互い, 主体的なお互いでこそ, ともに生きていくということが始まるのではないだろうか。

満たされた状態の、普通の, 人間らしく生きられるのベースはお互い、聴ける状態, 聴き合いの実現から始まるかな。 (30代女性)


◆人を聴くことから、安心・満足・その人らしく・その人の味!
人を聴くが実現するということは、その人を良いも悪いもなく受け入れることで、丸ごと受け入れられると安心し・心は満たされる。

心が満たされるとそこからが人生が始まり、のびのびとその人らしさが発揮され
花が開くのではないだろうか。(70代女性)


以下のページから人を聴くためのコースの案内が読めます。
http://www.scienz-school.org/hp/kiku.html
人を聴くためのコース | comments (0) |08:55

「話を聞く」「人を聴く」私は何を聞いているのだろう?

普段人の話(言葉)をどんなに聞いているのだろうか? 
探ってみると、言葉の性質に辿り着く。
話が聞けない時には、自分独自の「聞き方」がある。
柔軟な聞こえ方には、素直に「人を聴く」柔らかい頭への道筋の理解から・・・。
人の中で、もともとの穏やかな心の日常が見えてくる。
10月20日~のサイエンズスクールの「人を聴くためのコース」感想を紹介します。

IMG_0075.jpg

💛 私は何を聞いているのだろう?

自分の「聴く」がどうなっているか。まずは現状から探ってみた。
すると,人が発した「言葉」を捉えて,それがその人の気持ちや心,感覚を表しているものと理解して,その言葉をもってその人そのものとしている自分の実態が見えてきた。これまでそのことに何の疑問も持っていなかったのだ。

結果,その人から何か自分にとって違和感のある言葉を受けたと認識した瞬間,悪感情をいだき,その人を評価する。
そして,一度,その人に対してネガティブな印象を持ってしまうと,それ以降,その人の話しが聴けなくなる,聴きたくないという現象につながっていく。
これまで,そのようなことを繰り返してきていたということに気がついた。

そもそも言葉とは何か。
また,言葉はその人の気持ちや心,感覚をどれだけ表現できるのか,という問いも探求したり,実験したりしてみた。
すると,言葉とは,モノや事象の重要な部分を抽象化し,それを概念として表現したものに過ぎないということが見えてきた。
人の気持ちや心,感覚を表現する際,こうした言葉の特性からすると,その人から出てきた言葉は,その人の気持ちや心,感覚をそのまま示しているのではなく,それをその人の中で抽象化,概念化して言葉として表現しているということになる。

💛 言葉の性質は?

そのようなプロセスを経て出てきた言葉は,その人の気持ちや心,感覚を微細に表現しているものとは到底言えない。
すなわち,人の気持ちや心,感覚を言葉として完全に表現することはできないとも言える。
これが言葉の本質,限界だとしたら,その人から発せられた言葉をもって,その人を評価することがいかにナンセンスであるかということになる。

そもそも,その人から発せられた言葉を聞いて,そうだと理解しているのは自分であって,自分の理解した「そうだ」は,その人そのものではない。
その人の本当の気持ちや心からは,だいぶ遠くなっている。
そういうメカニズムを知らずに,その人から発せられた言葉はその人の気持ちや心,感覚そのものである,としている現状が,どうも人と人との間に不自然な関係,ネガティブな関係をもたらすことにつながっているようだということが見えてきた。
IMG_0031.jpg
下をクリックすると全文が読めます。
人を聴くためのコース | comments (0) |13:05

足るを知り・味わう、暮らしへ・・・・。

この毎日、心から楽しく暮らしているだろうか?
人の安心や満足は、どんな状態なのだろう?
母乳を飲む赤ちゃんや、母乳を与えるお母さんの満ち足りた心に思いを馳せる。
言葉の前の、感情や気持ち、人の心を知りたい。人の心の声を聴きたい。
8月18日~「人を聴くためのコース」に参加した人の感想の一部を紹介します。
フォト009.jpg
======================
言葉の性質を知らずに起こる、知ったという勘違いは
----------------------
言葉を通じて感情や気持ち、考えを伝達する。
言葉は非常に具体化された表現方法という考えに、言葉を聞いて、認識された言葉にその人の考え方や気分、感情などがあると思っていた。
しかし、言葉というのをよく知らずに使っていたことを気づくところからコースが始まった感じだった。
相手の言葉を聞いて、同一の性質だと捉えた私の中にカテゴリーと結びつけて、認識されるプロセス。
そのカテゴリーがどのように分かれているかによって認識されることも変わることが新たに感じられた。
韓国語ではウチワとセンスを同じ言葉「ブチェ」という。
しかし、日本語でウチワとセンスを分類して言うことを知ってから
「ブチェ」を見るときウチワか、センスなのか分類してみる方式が私の中に新たにできた。
各自の中に分類されたカテゴリーに言葉を認識するのが見えてきた。
しかし、知識や経験などによって各自のカテゴリーが異なるにもかかわらず、言葉を聞いて'知った'という勘違いが、 その人の中にどのようなことから言葉が出たのかに関心が行かないようにするんだという気がした。

"エルサドレスを買って"という甥の言葉を聞いて、エルサドレスを買った。
甥の言葉を聞いて何かを満たしてあげた感じがしたけど、今振り返ってみると、甥に関心があるというよりも、甥が言った言葉に関心を置いた。
話を聞いて、物や行為を通じて豊かにする方向に向けがちだが、感覚的に豊かにする行為はその瞬間の快感はあるだろうが、 すぐに再び感覚は消え、再び感覚的に満たそうとするパターンに陥りがちになってしまう。
そうしたら、満たし、満たして受ける行為に執着するようになる状態になっていくかもしれない。
行為以前に本当にその人に関心を向けた状態が本来の人と人が満たされる状態で行ける道かな? よく分からないが、一応ここにポイントを置きたい。(30代女性)

======================
相手が発する言葉の前のものへの興味・関心は?
----------------------
聴くということを調べていく中で、改めて言葉になる前のものがあって言葉が出てきていて、聴く側はまず言葉が聞こえるのだろうけど聴くということは言葉を手掛かりに言葉になる前のものに目を向けることだなというのが浮かんだ。
現状は言葉になる前のものに目が向くのではなく、聞いた言葉に大きく目が向く構造になっているように思えた。
人が満たされるというのも、肉体的な面は食べ物などで満たされるようにも思うけど、心はというと人の関心を受けることによって満たされるように思う。
体で言うところの酸素のような要素かもしれない。
人を聴くためのコースに入る前に社会を知るためのコースや集中研究会を経て、人が安心して満たされるということが人にとってとても重要な要素だなというのを思い、人を聴くという要素が大きいなというのを思った。
本当は人と人は常にお互いの独自の世界同士が聴き合うことによって交流しあってるのが正常で健康な本来の姿のようにも思えた。
それは言い換えると精神面も一つの存在という人の姿が少し自分の中で浮かんだ気がする。(20代男性)

======================
相手が何が言いたいのか聞けないのは、なぜだろう?
----------------------
今回コースの参加した目的は 、相手が何を言いたいのかがキチンと聴けて、尚且つそれに対して的確な返答が出来て、本当の意味での「話し合い」が出来る自分になりたいと思って参加しました。
今回やっとその本当の「話し合いとは?」ということが分かったような気がします。
というか、「なぜ今まで私の聴くが実現しなかっただろう」ということが分かった。という表現が適切かと思います。
それが実現しない「4つの原因」を具体的に丁寧に探っていく中で特に自分に当てはまったことは、「聞くこと」と「やること」の癒着、そして「聞くとすぐに自分の見解を言いたがる」という癖でした。
良かれと思い自分がやっていたことが、実はその人の本当の心を理解していない(聴けてない)が故に、相手の依存を増長し結果的に双方が悲しむ結果を生み出していたことに気づいたときは愕然とした。
またそれを繰り返すうちに私の人間不信が深まっていったことにも気づきました。
その瞬間瞬間に相手の内面(本心)に意識を向けて聴くことができていたら、このようなことも起きなかったろうと深く感じました。(50代男性)

======================
聴くと心の関係は? 人の満ち足りるとは?
----------------------
次の日の午前中、「言葉とモノとの関係は?」を検討していると、ますます娘の言葉ではなく気持ちを聞いてあげたいという気持ちが起きて、スッタフさんに電話したいと言ってみた。
スマホを持って来てくれたので、電話してどういう風に不安なのかをじっくり聞いてみた。
娘はだんだん安心したらしく、
「お母さん、聴いてくれてありがとう」と3回も言っていた!!!
このことを、電話を切ってから、思い返していると、じんわり涙が出てきた。
今「聴く」コースにいることを知ってるわけじゃないのに、「聴いてくれてありがとう」と3回も言ってくれたなー、安心してくれたみたいで、私も安心したなー。
なんで涙が出るんだろう。
言葉に出来ない感情が心にあるなーと思った。
3日目に「なぜ聴くが実現しないのだろう?」というテーマをじっくりやっていくうちに、早く実践したい!という気持ちでいっぱいになった。
そういう訳で、4日目の夜、無事に帰宅して、娘や夫の話を聴いた。
とても おだやかで満ち足りた時間だった。

そして翌日の午前中。自分の店の仕事をして、猫の世話して拭き掃除、片付け、掃除、たまった洗濯もして、銀行と郵便局と動物病院に行こうと用意をしていたら、娘が「行きたくない」とぶすっとし出した。
早速、聴くモード。
するとすぐに機嫌がおさまった。
すごい。
その後、「お母さん、これ見て」「お母さん、耳かきして」などなどをこなすうち、遅い朝ごはんを作ろうとしていたのが、いつのまにか12時になっていた。
リビングは娘のもので散らかりっぱなし。
だんだん、余裕がなくなってきた。
さらに、仔猫の1匹が、吐きはじめ、様子がおかしくなってきた。
病院に電話するも、昼休みで15時まで連絡がとれない。
15時になってすぐ電話し、連れて行くことにした。
郵便局で発送する仕事の荷物があったけど、慌てていて、家に忘れて来てしまった。
家に帰ったのが17時半、すぐに荷物をもってまた山を降り、夜も開いているちょっと離れた郵便局まで行き、戻ってきたら夕食の準備が待っている。
疲れた・・・。
完全に聴く余裕を失ってしまった。
そこから寝るまで、いつも通りに、片付かない部屋にイライラし、片付けない娘にいつもと同じように小言を繰り返すはめになってしまった。
頭では聴けてない、聴けてない、と分かってはいても、私の心が満たされない状態になっていると無理!ということが判明した。
そうかー、そこはコースではやらなかったもんなー。早速実践で、そう簡単にいかないことが分かった(笑)
その後、仕事から帰ってきた夫に、1日の出来事を聴いてもらったら、心が少し回復した。
そうすると、娘の話も聴くモードになれた。
聴く、には、自分の心の状態も大事!!!これ大事!!!(40代女性)
人を聴くためのコース | comments (0) |07:46

本当は何を聴きたいのだろう?

快適な社会生活を営むためには、話し合いは不可欠だと思います。その話し合いが上手く機能しないことから、不快になったり、対立や争いなど様々な問題を引き起こすことに繋がっていきます。

その話し合いの一番の要になるのが、「聴く」という要素です。そして、単に言葉や表面的な気持ちや考えを聞くのではなく、その人そのものを理解する、つまり「人を聴く」ことで、心から通じ合える、人を尊重し合う豊かな話し合いが実現されていくのです。

3月「人を聴くためのコース」に参加した人の感想の一部を紹介します。

用スクール.jpg



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





自分の身に迫るテーマが次々と出される感じだった。

言葉を聞き、そう思うからそう言っているとなっている僕がいました。

聴いたらやるのが良い一辺倒の僕がみえてきました。

聴くは相手の心でした。

言葉の前のその人の心。

ああ、本当に「聴くとは何か」を知らない僕だなあと思いました。

(60代男性)



「人を聴く」って何も「しよう」としなくてもいいんだ!

「人の話を聞く」っていったら結構エネルギー使ってるからなー

「人を聴く」はエネルギー使わないでいいのかぁ…

「人の話を聞きなさい。」と言われると「やる」とか「返事する」がくっついている…

子供の頃は聴くが元々で「やる」、「返事をする」があまりくっついていないかな…

ずっと、言葉を理解すれば相手のことを理解できる幅が増えると思っていた。言葉と相手が結びついていて、さらにその結びついたものを自分の頭のミキサーにどんっと入れてグイーンとやって、最終、相手のことを理解するまでに至ると思っていた。

言葉というものが、同じことを言っている、との実感はなんだろうなぁ…?

言葉が出るまでの背景や心があるって知らない状態だったなぁ…。

発せらる言葉=相手の思っていること=相手。

本来の「聴く」が実現されることによって、愛(心を受ける)を向けると、人間果てしないほどのエネルギーがあって自発的に何かをやりたくなる。

やらせようとしないと、動かない。動けないようにしている現状の社会はどうなんだろう?

「聴く」と「やる」を結びつけて、言葉とその人を結び付けて、言葉でコントロールできるように調教されている家畜扱い、人間ではなく。

自分自身に重い枷を取り付けさせる作業を小さいころからやるって、面白い。しかも社会全体で。

「人を聴く」は、自分の認識だとはっきり知っている状態じゃないと、なかなかかな。

その反面、関心があればいいだけというものもあるかな。

なにも「しよう」としなくてもいい。

人本来の繋がりたいという本心ってやつに身を任せるのみ。

「人を聴く」の意識はいらない。もともとあるし。

日常の中で自分がどのように聴いて・聞いているか観察が楽しみ。

色んな観点もらったから。。。(20代男性)
人を聴くためのコース | comments (0) |18:12

心通う話し合いのできる人に 「人を聴くためのコース」

「話し合い」になっていく上で、一番の要になるのが、「聴く」という要素です。

単に言葉や、表面的な気持ち、考えを聞くのではなく、その人そのものを理解する、つまり「人を聴く」ことで、心から通じ合える、人を尊重し合う豊かな話し合いができるのではないでしょうか。

10月「人を聴くためのコース」に参加した人の感想の一部を紹介します。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



相手の情報を集めてそれを分類していけばこの人はこういう人だと分かると思っていた。

だから身近な人は多くの情報があってよく知っているという感じがする。が、

どうやっても、完全に知ることができない相手の世界がある。 

それをはっきり知ることで、相手の世界に向かっていく働きが生まれていくんだろうなと感じた。

相手の世界を表現しようとした言葉や表情、雰囲気をこちらは感覚で受けて自分の世界で意味付けして理解しようとする。

自分の世界と相手の世界は全然別のもので、それでも何とか探って知ろうとしていく。

相手の世界が自分の世界に入ってくるのか、それぞれの世界が溶けて混ざっていくのか、何となくそれを続けていったら、世界が一つになっていくのではないかという発想が出てきた。

それぞれの世界が、心がつながっていき、一つになって調和していく。

そうしたら現れも自然と調和していくのでは。

それぞれの世界に上下も優劣もなくそれぞれがそれぞれとしてそこにあるだけ。

色々な世界と混ざり合い自分の世界がより豊かになっていく。(30代男性)





自分の中で「聞く」と「やる」がくっついてる。これはなかなか根深いなと思った。小さい時から相当訓練してきたのか、普段あれっ?と後でそういう状態に自分がなってたのかなと思うことはあっても、聞く瞬間は「やる」で聞いてるから、それを「やるか、やらないか」の選択で頭が忙しい。やらなくても「やる」で聞いている。

最初は相手は何が言いたいんだろう?と相手のほうに向いていても、言葉を聞いてから自分の頭の中で言葉の意味を探したり、相手が話してる内容を自分がちゃんと理解できてるかとか、言葉の意味があやふやだと「あーかな?」「こーかな?」と自分の頭の中で浮かんできたことをぐるぐるとやりだす。そうなると途中から相手の話にも集中してないし、その話が出てきた相手の本体には関心が向いていかない。(50代女性)





そもそも人が話し合おうとするのは、聴いて欲しい(知って 欲しい)と、知りたいという欲求があってのように思う。満たされることの無い単独の欲求なんて無いように思う。特に子供のうちは知って欲しいというのが強くあると思うが、大人にもそれはあると思う。

一人の時に話す人はあまり居ないと思うが、誰か人が居て話したくなる。人ってどういう生き物なんだろうと改めて思った。何もなくて言葉が出てきているのではなく、その人の中で何か心が動いて、それを人に見て欲しい、知って欲しいという現れの1つで言葉というのが出てきているのかなと思った。

人を聴くことで聴く人にある影響として、聴く相手の存在が自分の中で厚みを増していくということなのかなと思った。自分の中でその人の厚みが増していくことは、自分の豊かさが厚みを増すことでもあるのかなと思った。ここはもうちょっと調べたい感じがする。

(20代男性)
人を聴くためのコース | comments (0) |12:26

身近な人と心通い合っていますか?

夫婦で、親子で、会社の仲間と、心通じ合いたいと、話し始めて、

話し合えば話し合うほどに仲が悪くなった経験はありませんか?

「話し合う」、一番の要は、「聴く」ということでしょうか。

そして、聴く対象が、その話の内容もありますが、「人を聴く」に鍵がありそうです。

5月「人を聴くためのコース」に参加した人のレポートの一部を紹介します。



  * * * * * * * * * * * * * * * *



相手の心を聴こうとはするけれど、なぜ、それがうまく出来ないのかを調べた。

「言葉」というものは概念だと言っているが、実際にはそのことを理解していなかったんだなということが分かってきた。

現れた表現・言葉ではなくて、その前のその人の心の状態、言葉に現れたその人の背景に関心を傾けることが、より一層明らかになってきた感じだ。私が相手の言葉をどのように捉えているか、どのように見ているかを認識することがものすごく重要なんだなということを感じた。

そこからすべてが始まると言ってもいいだろうか?



また、「聴くこと」と「やること」がぴったりとくっついていて、相手の話を聴きながら、すぐに、「私がするのか、しないのか。」「出来るのか、出来ないのか。」と考えているのだな、と見えてきた。

相手の言葉を先ず聴くことよりも、私の側からどのようにするべきかを考えていた。

だから相手の話がよく聴けないのだ。



「人を聴くことは、その人の世界に入っていくこと。」という言葉が印象的だ。

相手の話をいくら聴いたとしても、それは私の世界で、私が認識した範囲内であって、その外では認識することが出来ないこと。

それでも本当に相手の心を聴こうとしたら、本当に既存の私の世界を超えて、相手の世界に入って心を聴いていきたいものだ。

そしてそんな風に聴いていこうとする心、関心が、結局は、私の世界も、より一層広げて、豊かなものへとなっていくのだろうと思う。(30代男性)



  * * * * *



相手へ相手へといく「聴く」と、「やる」(自分の中のこと)

方向性違うのに「聴く」即「やる」になりようがない。

また、相手に向かうことにより、自分の考え、思いみたいなものが薄れていく様な気がする。



自分が捉えていることを言っている。そのことを言ってない。

相手もその人が捉えたことを言っている。そのことを言ってない。



この辺の所がはっきりすれば、たとえ混乱しても元に戻れると思う。

そして、自ずと、お互い、相手に気持ちが向かうと思う。(60代男性)
人を聴くためのコース | comments (0) |14:55