豊かな社会を描きながら、知性の健康な働きを体験!

現状の社会のベースにある「しなければいけない」「してはいけない」という強迫観念、そこから作られる不満や怒り。
悪感情を解消しながら、健康な社会を描いていくと、人情溢れる社会が描けてきます。
自由意思を尊重し合う「人のため」の社会が描かれます。
5月30日~の社会を知るためのコースに参加した人の感想を一部ですが紹介します。
IMG_20210603_055733.jpg          畑公園の紫陽花

今の社会の強迫ベースを知り、健康正常な社会の描きを進める!
力、恐怖で人を動かそうとする今の社会のベース。
人にたいして、不満、悪感情、対立感情、そのベースから生まれているような。
その行動をやってほしい、やってほしくないよりも、その行動を気に食わない。
人の自由を認められない状態になっている。
そういう状態で何をやろうとしても、人を動かそう、縛ろうとするしかできないような気がした。
いくらいいと思っても、相手のことを願っているつもりでも、今までできた強迫ベースを広めてしまう。

やらなくてもよいベースに立っている人が周りの本当を引き出す力があるかなと思った。
人は自分の意志で動いているだろう。
人の心が見えると、どんな豊かな世界に見えるだろう?
その人の気持ちからの行為、その人の自由意志からの行為、本当の世界に目が向くととても美しく生きられるそうだな。

人のための社会、要求を満たされる社会、人の内面を重視する社会、そのテーマの中でいろいろな具体的な例が出てきて、本当の社会を触れるような感じ。
嬉しくなったり、これからどうなるだろうかを想像するとワクワクしてた。
こんな社会を見たいな、一緒に創っていきたいな。(男性30代)
.
.
.
事実実際に即した人間観・社会観を探る
1週間かけて、何度も何度も、実際はどうか、実際はどうか問い続けてきた。
現状の社会のベースになってる考え、そこからくる人間観・社会観。
それをそのままには、なにをやっても本当のほうには行けないな。

初めて、実際の世界、そこに触れた気がする。
じっくり、たっぷり時間をかけてそこを進めてくれた。
いいと思うこと、こうであるべき、そういうもので動いてきたな。
当然になっていること、それがあるとないものばかりが見えてくる。

人の行為が見えてくると、人の意思が見えてくると、その人が見えてくると、すでにもうこんなにも満たされているんだな。
人はだれもが意思がある。
人はその人の意志によって動いてる。

そんなちょー当たり前のこと、知らない。
やらせることができる、そんな人間観。
どんなに願いがあっても、やればやるだけ不幸になっていっちゃうな。
やらせようとする、やめさせようとする、それがどういうことをしようとしているか、知ったらできなくなる。

本来の社会、まずはすうすうはいはい、抵抗がないのが最低限。
自分の中にどんな人間観、社会観描けてあるか。
その人がいると、ついつい素直になっちゃう。
そんな人、いいな。
毎日毎日、知ろうとする、暮らし。(男性20代)
20190523_111448.jpg人の内面を重視する社会を描き知っていく
みんなでゆっくりゆっくり…繰り返し、繰り返し…丁寧に知っていく7日間
最初はまだまだぼんやり霧がかかった状態
時間を重ねる毎によりハッキリ、くっきり、深く…
人が社会が芽を出し鮮やかに咲いてくる、楽しくて、面白くて、嬉しくて、満たされる

現状社会の根底を知り感じた後
本来はどうか、実際はどういう社会かをみんなで描いていく
全く違う世界が広がり始める
軽くて、明るい、自由、活気が溢れて、やさしい、あたたかい、柔らかい
今の社会とは全く別の物語が始まる

人の内面を重視する人のための社会
一人一人の心や願いが歯車となって自由に形を変えていける社会
産まれた時の様にみんなそのままだった心の状態、そのままをみんなで見守り見守られながら育て育んでいく
もともと人にはそういう世界を創っていける心があるような感じがする

見える世界が、人が、違って見える
知って捉える視点が変わだけでまるで別世界に立っている
いつでもzeroに返れる、してもしなくてもいい
そんな世界に立っていると私の中から何かが生まれようとしているのを感じる
とっても楽しみだな…(女性・30代)
img3658_IMG_20210610_154713.jpg
社会を知るためのコース | - |

本心を捉えながら生きていく、満ち・足るを知る人生を探る!

今の社会にある共通の認識「できるのが良い」や「しなければならない」という考え。
そういう考えに縛られての人生か、もっと奥にある願いや本心を生きる人生か。
心を感じ合ったり、気持ちを通わせ合ったり、本来の人間に備わった知性の働きを味わいながらの人生を探ります。
一つの世界に共に生きる人と人、本来の姿へ興味が深まります。
4月11日~の人生を知るためのコースに参加した人の感想を一部ですが紹介します。
20190501_114057-300.jpg自分の人生を生きるには、本心・願いに気づくところから
自分の人生を生きる、本当に生きるために必要なことを学んだように思う。
今まで、表面的な自分、意識上のじぶんにずいぶんとふり回されて来たものだ。
そこで止まっていては、なんのための人生か分からない。
きちんと本心は何か?
自分の願っていることは何かという部分をしっかりと見ていかなければ、本当に勿体ないと気づかされた。
「ねばならない」「大人なら当然こうあるべきだ」「プロなら当然このくらいのことはできるものだ」等々次から次へと自分に課しているものが現れた。
はい、ご苦労さん。
本当にべたべたと本心を隠して持っていて、本心がなかなか見えて来ない。
今まで何をして来たんだろうと思った。
これでは本当に生きているとは言い難い。
あー勿体ない勿体ない。

本心は何だろう。
現われてくるものの下に隠れてしまっている本心、願いに気づく事の大事さを学んだコースだった。(男性40代)
.
.
.
一つの世界の中、人に求め・人に応え、満足の健康人生を!
日頃は自分で生きている、自分の意志で動いているという意識だけど、調べてみると実際は、人間の意志とは全く関係なく生命力が肉体を生かしている。
自分がやっていることは、ほとんどない。
自分が認識しているのはごくわずかで、本当に膨大な人や物などの背景があって、そのなかに今の自分が生きていること、生きていられることを、知らない。
知らないでいることも知らないな。

できるのがよいとか、できないのはだめ、できる人にならないと、できる人、できない人 とか人を比較したりと、人を見ているものがあった。
またできない自分を私が認められなかった。

人間も地球上に存在するもののごく一部で、他との切れ目や境目もあるようでないような、生命は一つ 人類は一つ 一つの自分
一つだから人に求める 人に応えたくなるかな

一つの私の人生は、共に正常健康で安心満足して生きていこうとする人生
それまでに生きてきた環境により、不健康な意識を身に着けて本来もともとある健康正常に生きていこうとするものが、見えなくなっている。
もともとあるものはシンプルだな。(女性70代)



知性と健康な心の成長が進む、人生へ
人間にとっての本当に幸福な人生とは どうなっているのか
人間にとっての幸福とは、結論として、「隣人、身近な人とのよい人間関係である」。
というハーバード大学の研究結果の話題がでた。良い人間関係とはどういう事か?

本当の人間を知り、現れだけでなく、その人の内面によりそえるかどうか?
~ねばならない など人間の考えが前提にあり、頭では、ごちゃごちゃ考えるが、自分の本心に向き合うように、自分ごとに向き合うように接していくということなのだろうか?

相手の欲求が満たされて相手が喜んでいる、それを見て自分が満たされる。
簡単にいってしまえば、人間とはそういった生き物なのだろう。
まだまだ、人間とはどういう生きものか? 知らない事はいっぱいあると思う。
日常で、不健康になることも多いと思う。
自分が捉えた事が実際になり がっかりしがちになるが、本当はどうしたいのか?
本当は何を願っているのか? 
知性と健康な心 成長させていきたい(男性50代)
IMG_20210424_144037.jpg
人生を知るためのコース | - |

「決めつけ」の考え方からの解放!

自分の行動や思考・感情などを、自己観察し、客観的に分析していくと、「こうしなければいけない」と自分の行動を縛っている「考え」が見えてきます。
自信のある固定した状態が、「どうなっているのかな」と調べることで、思い込みや決め付けから解放されていきます。
知的に幸福を探究していく思考回路が養われていきます。
3月7日~自分を知るためのコースに参加した人の感想を一部紹介します。
img3377_DSC09634.jpg「決めつけの考え方」が自縄自縛の心の状態をつくる
20年以上も昔の記憶、だけど酷い事された、という悪感情がブワ、と現れた。
「された」と事実化して記憶に残っている、その当時どんなだったかな、と又一人で振り返ってみて、「やらなければならない」が強くあったこと、自分の意思や気持ちを押し込めてその事をやり続けようとする、のは何故か?

「やらなければならない」という考えで自分を動かそうとがんばっていた、そっちの方が事実だ、になってるやん!
自縄自縛そのもの、主体性のかけらも感じられない(女性60代)
.
.
.
ガッチガチ頭も、「考え」次第でほどけると ⇒ 笑ける自分へ
私の考えで私が変わる(私の有り様がひっくり返る!??)当り前のことという冷めた見方も出てくるが、あれは、今も強く思っているのだが私にとっては大大大発見。 
ボーッとしては居られないような感覚もある。
私のこと知らなさすぎる。
 
「考え」次第で、私は何にでもなれるんだー。
私には、山ほどの自信があって、決めた物(記憶、しつけ、教育)も、自覚すら無いが頭の中にガチガチにある

かなり自由な人だという思い込みもあったけれど、全然自由じゃあい。
私ってがんこ? そんなこと思ってもいなかったね。
笑えてくる位にね。(女性60代)
.
.
.
自信のある自分 と 自信のない自分・・・違いを見てみる
自分は味の事は良く分からないから味については強く主張しないと思っていたけど、〇〇君が焼いたパンを見て、「焼き過ぎ!あれは美味しくない」とけっこう強く思ったり
見たこと・聞いたことをその時のその人独自の回路で反応している。
面白いなア。
なんであれは美味しくないと言えるんだろう。

一つの場面だけで反応の前に幾重もの決めが見える。
そのキメをベースに反応し、感情的になったり盲目的な行動になったりしている。
その他のいろいろな場面でも出てくる出てくる自信満々の私・・・。
今回はいい悪いが無かったからそういう自分も面白可笑しく見れたけど、その事で何処へ向かって行こうとしてるの?
何を目指しているの。

コースの中で「自信のある人、自信のない人」というのを出し合った。
自分を含めた参加者みんなから出ていた自信のない人像は「明るい」「素直」「飾らない」「柔らかい」「しなやかで強い」「言い張らない」「ニッコリ笑って負ける」「考えでやらない」・・・。
こういう人になりたい。(男性60代)
IMG_20210326_090042.jpg
自分を知るためのコース | - |

人の中で、自分の中をそのまま、丁寧に、見てみる!

普段感情に流されたり、不快な思いをしたりすることはありませんか?
みんなの中でそのままを出しながら、楽しく、調べていきます。
反応や感情を観察しながら、客観的に観る力を培います。
2月27日~自分を見るためのコースに参加した人の感想を一部紹介します。
20180313_105046しだれ梅300.jpg自分自身の日常を、客観的に見ることが出来る自分へ
今回のコースでは、「自分を見る」ための練習の仕方を実践も含めて体験したと思う。
スタッフがていねいに方向を示してくれた。
自分の事例を出しつつ、〇〇さん、△△ちゃん、☆☆ちゃんと一緒に楽しく探究できたのが何よりうれしかった。
後は日々の実践のみだなあ!(男性60代)
.
.
.
反応の中身、元を探る面白さ!
反応に反応を重ねて生きている自分に気づく
見るコースから今までの自分を振り返ると、反応しかしていない、
それに基づいた考えや思いから行動をしているように見えた。
今まで本当に生きていたのか?
何をしていたのか?
不思議だなぁ

人の考えは全く外側から見えない。
全く見当もつかなくてだからアズワンミーティングが面白い。
「えー!そんなこと考えてたのー!!」ってなった時の感動というか面白さが結構好きだわ(女性30代)
.
.
.
反応の元を探り、捉え方が見えてくると、本心も見えてくる
自分を見るとはどういうことかから始まって、自分の中に起きている反応をみる、何に反応したのか、何を見ているのか、見たものをどう捉えたのかとひとつづつ丁寧に時間を掛けて検べていった。
3日間、ひたすら何に反応したのか、見たもの聞いたものに反応したのか?、自分の中で捉えたものに反応したのか?といろんな例で見てみた。
日常ではあまりにも当たり前に相手がそうしたから、そう言ったからと自分の外のものに反応していると思っている。
そこを繰り返し繰り返し自分を見てみる。

一人では見えにくいけどみんなの話を聞きながら、笑いながら見えてくる、自分が捉えたその人、その事に自分なりに反応していることが。
同じ場面でこんなに違う見え方があるんだと改めて実感した。

そう捉えるのは何故かと見ていくとその奥にあるものもちらほら見えてきたり、そう言えばこんなことが過去にあって強く印象に残っているとか。
そして実際はどうなの?と。

自分に向き合って素直に自分の中に起きていることをそのまま見てみることで自分の中の本心も見えてくるように思った。
それで自分はどうしたいの、どうなりたいのと自分に問い掛けたくなる。
 
アズワンミーティングについての一文

何でも出しあい、自分を聴き、人を聴き、お互いを理解し合おうとする中に、和気あいあいとした気風が生まれるミーティングです。
 
3日間このミーティングをやってきたんだなと思った。(女性60代)
goose-3526503__340.jpg
自分を見るためのコース | - |

誰にとっても、快適な社会って?

誰もが幸福に生きられるには、幸福な社会が欠かせない。
幸福な人生を求めて、人は寄り、社会を創ってきたが、幸福に暮らせる社会になっているだろうか?
かってない新しい社会を創る道を探っていきます。
1月31日~の社会を知るためのコースに参加した人の感想を一部紹介します。
img3192_IMG_20210211_142739.jpg何処の国だろうと、誰もが願う、人間の姿!
人として生まれてきて親や家族や友人、近所のおじさん、おばさんに見守ってもらって人らしく、優しく、思いやりの有る人に育って欲しいと多分、誰でもが願う人間の姿みたいなのがいつの時代でも、何処の国だろうと有るのじゃないかな

生まれた場所で、其処の社会に適応しようと色々頑張っているうちにいつのまにか責任、権利、義務が自分でもわからないくらいに絡み合ってしまって思っている方とは逆方向に向いてしまい何とかしようとする程に人にやらせたり、やめさせることが良い事だ、と勘違いをし目的を見失ってしまう

蝶も花も空に飛ぶ鳥も自由に動いて混乱もない、普通に生きている

人間だけなのだな、誰もが自由にしたら大変な事になると心配するのは、世間の常識ではそれが当たり前と自分を守ろうとし、家族さえも遠ざけていく、アホやねー
視点が変わると見える世界、本来元々ある世界をこのコースでは見せてもらった感じかな。(女性60代)
.
.
.
健康な思考が進んで・快適な間柄へ、のびのびと!
現状の社会に生まれ育って、現状の仕組みの中で、しっかりとその社会用の人になっているのに気づいた。
所有の仕組みの中で、本当は心通わせ合って生きたいのに、人と人が個別に囲い合い、守り合って行かざるをえないようになってきたように見える。
責任、規則、罰則を教えられて、社会(人)から身を守って、個々に安心を得ようと努力し、そのために、個々別々の人間観・社会観が実際のようになって、人のこころの状態も不安で不健康になってきた。

私の状態を見ると、自分が上になって、人を批判し、責める、えらそうな姿、又は、遠慮してストレートに思ったことが出ない、欲しいかどうかもわからない、小さくなる。
これも現状の社会の中で生きてきた、けなげな姿に見える。

人も社会も何もやらなくてもいいというテーマは、もともとの人、社会のこと、今までの教え込まれた考えが無意識下にでーんとあるような気がする。
何もしなくてもいいと聞くと、何もしないことをやろうとするような考え、ここからの人間復帰は、今の自分をそのまま認めることかな、そのままでよい、この社会にそのままを委ねて、安心していけるかな

すーすーと通い合い、その人の欲求を知って、人らしくのびのびと楽しく暮らしたい。(女性60代)

img3358_DSC09604.jpg
社会を知るためのコース | - |

心通い合う話し合いは「人を聴く」ことから始まる

家族間や職場でも人と人の交流の多くが、話し合いを通して行われていると思います。
その話し合いが上手く機能しないことが、不快な気持ちを起こし、不満な心の状態をつくり、争いを起こしています。
「人を聴く」ことは、心がその人そのものを理解する方向へと進み、人と人の間に、温かい心の世界が展開されます。

12月20日からの「人を聴くためのコース」に参加した人の感想です。
一部ですが紹介します。
photo0000-4036.jpg気持ちや意思に関心を向ける心の状態へ!

相手の気持ちや意志や欲求を聴きたい、自分の気持ちや意志や欲求を聴いてほしいというのは、もともとの人の中にある自然な心の働き。
人には、そういう回路というか通路が元々備わっている。

実際にはない「やること」に関心の大半を向けていた自分が見えて、これでは聴くが実現しないのは当たり前だった。
人を聴くは、やることではなく、相手や自分に関心を向ける心の状態。

何かをやることやどうやるかという世界から、人と人がお互いに関心を向け合う世界へ。
もともとない「やること」重視の世界から、実際にある気持ちや意志や欲求重視の世界へ
かつてない、新たな年が始まる。(男性60代)
.
.
.
人を聴くは ⇒ 豊かさの味わいへ(人間の繁栄のベース)

「人を聴く」とは、人に対する本来の人間性の現れを表現したものだと思う。
人への関心とともに自然と現れるもので、意識して・がんばって行うことではない、というのが大きな発見だった。

「人を聴く」ことで、安心して知恵を出し合い、相手の世界の豊かさを知って味わうことで自分の世界も豊かにできる。
創造的な活動や人間の繁栄のベースになるもの。

自分自身や身近な人を聴くところからはじめていきたい。

コースからの帰宅後、妻に家の事をやってもらっている事実と豊かさ、そしてその中に妻の心がたしかに存在していることを感じることができた。
「夫婦間の役割分担・仕事量は公平であるべき」という人間の考えで、事実が見えていなかったな、と気づいた。

そして今朝目覚めたとき、普段頭に浮かぶ「やるべきこと」は実際には存在しないということに気づいた。
背中の緊張が流れていくのを感じた。

事実を知ることの力を実感しています。
これからの変化が楽しみです(男性40代)
img3034_IMG_20210110_104133.jpg
人を聴くためのコース | - |

見て聞いて、自分が思っているという自覚が、知性を働かせる!

自分をそのままを見る力を培うことによって、日常の見たり聞いたりして思っている自分を、科学的に調べていけるようになります。
そして、物事を素直に見られるようになり、実際はどうかと知性が働き始め、柔軟な思考が出来る頭に変化していきます。

12月19日からの「自分を見るためのコース」に参加した人の感想、一部ですが公開します。
img3121_file-nagano.jpg頭の中をそのままを見ることで、妄想が小さくなる
私にとって大きかったのは、事実、実際の世界と、見てから後の事は頭の中の事でその間に区切りがあるという事。
その区切りがハッキリしてさえいたら、自分の妄想は膨らまないなと思った。

自分を見るときに、その時の自分の心の状態や意思や欲求があって、それを捉えて言葉にするのだけど、その言葉になる前の自分を見ようとするのかなと思った。
そして、捉えたものに反応して、思いや考えが出てくる。
私はその思いや考えを事実化することで、悲しくなったり重くなったりするようだ。
固定化しやすい頭だね。

過去の大きな反応、悪感情が出た例も、出して客観的に見てみると、その時の自分はそう捉えたんだな、寂しかったんだな。
聞いて欲しかったんだな。と思う。
それを相手の言動のせいにしてたんだな。
言われる。 させられる。 責められる。 思われる・・・られる事なんて無い。

例え相手が押し付けてるとしても、機嫌が悪いとしても、そうなのかな? どうなのかな? ってなったら、自分が暗くなったり、重くなったりしなくてもいいなぁとおもった!(笑)
なんだか随分軽くなった感じ。(女性、50代)
.
.
.
無自覚な自分を見ていくと、自分の本心が観えてくる
相手がそう言ったかもしれないと思っているけど、実は相手がそう言ったんだ。
そうした。
それが起きた。
という無自覚の自分がいるな〜

自分を見る。自分の本心を知る。 
それから相手と通じ合って、検討が出来て、やさしい社会が生まれるかな。

今回、自分を見ることと本心で生きられる社会の実現をちょっと見えてきたかな。 
自分を見るの重要性をちょっと見えてきたかな。(男性、30代)
images.jpg
自分を見るためのコース | - |

本当に幸福な人生とは・・・人生観を探ってみると!

両親の喜びのもとに生まれ、愛情を注がれて、家族や社会に見守られた暮らしの中で、人として育っていく・・・人生。
安心し、満足しながら成長する、そんな人生を歩んでいるだろうか?
自分の持ち味を発揮しながら、自分らしく生きる。
幸福な人生=本来の人生を探り、気づき合う探究の機会です。
11月15日からの人生を知るためのコースに参加した人の感想、一部ですが公開します。
453726c278ce4884740ee1778652a5cd_1.jpg心の奥にある「ありのままの自分」を呼び覚ます
トマトはトマトの実をつける。胡瓜にはならない。 
トマト(植物)は環境や条件が整えば必要な養分を吸収し最大限の成長を遂げるために伸びてのばして実を付け種を残す。
人も人らしく人間として、環境と条件が整えば人間としての可能性を最大限伸ばしていけるんだね。

「地球はひとつ」「生命はひとつ」
地球の生命体すべてが単独で生きることは出来ない。
地球のゆりかごの中で自然のエネルギーを受けて生が始まりやがて終り、次の生につながっていく。
命の連鎖の中でひとつの大きい生命体として活動して、固定されず絶えず動いている。
地球も宇宙の中で単独ではないと。

知る、知りたいは知性の現れか。
その状態が心を刺激して本来の欲求を引き出す。
心の奥にある「ありのままの自分」を呼び覚ますイメージが見えてきた。

人の成長は、人に関わってもらって自然と成長するもの。 
ひとりでは成長出来ない。
本来の人間は人と人との間で成長し、社会をつくり知性の集団を形成してきたんだろうな。
人は単独では生きていけないことを知っている。(女性60代)
.
.
.
自分一人でやっていることは一切ない
人生って何だろうなとかどうなっているかなと問いが続くような感覚。
まずは正常健康な心の状態を知るというところなんだろうなと思う。
人間として人間らしく成長する。というのも知らないとなれない。

自分がどんな世界でどんなふうに暮らしているか。
知らないことだらけ。
なんだか答えや結論を出すというよりどうなんだろうとなる状態のほうへ、人とともにやっていくことなんかな。

一つという見方が面白い。
生命は一つ。
別々のところから見てバランスが保たれていてすごいなと思ったけど、一つという見方から見てはごく自然なことなんだなと思った。
自分一人でやっていることは一切ない。
生まれるのも生きるのも。(男性20代)
54d2f614a901828ac935f3614e93868c.jpg
人生を知るためのコース | - |

自分を縛るフィクションに気づき、事実・実際の自由な世界へ!

普段、普通にしている会話は、頭の中で何をしているのでしょうか?
イライラしたり怒ったりしている時、それは、頭の中でどんなことが起こって不愉快になっているのでしょうか?
自分の中を、丁寧にそのまま観ていくと健康な頭・心に、変化していきます。
みんなの中でなんでも出し合いながら、自分の中の実際を調べていくと、自分自身を縛っているものが見え始め、縛りのない自由な世界が見えてきます。

10月11日~開催された「自分を知るためのコース」に参加した人の感想文の一部を紹介します。
img1436_IMG_20200927_174421.jpg見て、聞いて、受け取って、自分の頭の中の回路は?
当たり前だけど、自分は聞いたことや見たこと、感覚で捉えたことしか認識することが出来ない。
それも目の前にあるものの、ほんの一部分の情報を自分のなかのもので認識していく。
どんなに相手がそう言った、されたと思っても、それは自分が見たり、聞いたりしてそう見えたからとしか言えない。
見たり聞いたりしたことにしか、反応できない。
これは自分の感覚だと思っても思わなくても、常に自分の感覚で捉えてる。

自分の中の回路。
その回路を通って、反応したものが現れてくる。 反応を変えようとしたり、なくそうとする。
そのまま見る、ということを知らないようだ。(男性・20代)
.
.
.
頭の中のフィクッションと事実・実際の世界
想像以上に思っていた以上に、深いコースでした。
じっくり多角的に丁寧に、実際はどうなのかを探っていくことのすごさには、びっくりしました。
普段、頭で考えている(フィクション)と現実の混同現象が、もう、普通の状態になってしまっていることに、気づかされました。
それでは混乱するはずだなと思いました。
今まで何となく自分のことや世の中のことを分かったようなつもりになって生きてきたなと。
雑にいいかげんに生きて来たなと思いました。
まだ、頭の先で理解を始めた所ですが、時々、これらで学んだことを反芻して、自分のものにしていきたいと思います。
特に、事実・実際はどうなのかという問いを折りに触れて、立ててみたいと思いました。(男性40代)
.
.
.
宇宙に浮く地球、地球の上にふわふわと柔軟に!
随分長くいた感じがする。 見るとは何か? 聞くとは何か?
自分は何をしているか?  自分の感覚を通して捉えている
一つ一つ それは事実かと調べていった。
弁当が足りないのは事実か? あって当然から見ている
そこに弁当がある事実をみんなで出し合った、車、ガソリン、電気、ガス、人、水・・・地球、土星
土星があって地球に隕石が当たらないらしい、そこにある事実は捉えきれない

ルール、きまり、当然としていること、それはどこにあるのか、それは、事実なのか 自分にきいてみたいと思う。
捉えたことに否定はない。 ここが混乱していたと思う。 
弁当が足りないと自分は思う、思うのは思う。 それは事実か? 自分が思っているのか?
事実実際は捉えられない
自分が捉えたのは、今、自分を通した狭くて小さいもの、〇〇さんが、事実からしたら「なんやねん」と言った。
そうだなぁと可笑しかった、事実はなるようになっている

本当に自分の頭の中のことと知っていたら
何でも受け入れて 柔軟にふわふわと生きていけそう(女性70代)
img911_IMG_20160606_143603.jpg
自分を知るためのコース | - |

過去をそのまま思い出し、じっくり観ると、自分の実際が捉えられてくる

心の声を聴きながら、自分の内面を観ていく・・・内観。
自分を客観的に観ていく力を培いながら、人と人、社会の元に流れる愛情を感じられる、柔らかな心に成長していきます。
もともと自分の中にあった、自由な心の状態へと立ち還っていきます。

8月30日~開催された「内観コース」に参加した人の感想文の一部を紹介します。
image1549.jpg
多くの人に見守られ、支えられてきた実際
母に対して、父に対して 夫にたいして、子供たちにたいしての 自分はどうだったかと調べていくのですが、いろんなことが浮かんできてそちらに気が行ったり相手のことに行ったりしながら、それでも、何度も軌道修正されながら、なんとかやってこれました。

でも自分のほうからの相手の見え方は変わってきたとおもいますが、その時代の自分についてどうだったかは本当に甘かったと思います。
母、父には最後の最後までお世話になって胸がいっぱいになりました。

後半になるにつれて自分中心にしかみてなかったこと、行動していたことがみえてきて、あと人にたいしてやってくれないと責める気持ちがでてたことに気づきました。
不幸の原因そのものでした。

最後の息子に対しての自分の価値観を正しいとして、ずっと的外れなことばかりして、すまなかったと思いました。
こんなにもというくらいたくさんの人が出てきました。
いま息子と自分の、事故のあとの20年くらいたどってみて、ほんとに人の何倍も多くの人にみまもられて、ささえられてきました。
私は本当にめぐまれてたな、という思いでいっぱいです。(女性60代)
.
.
.
自分の傾向や癖、縛りから解放されて、隅々まで明るい心に
途中CDの中で「事実をありのままに見ることができたら幸せになれる」というのを聞いて、ただそれだけなんだ、そのまま見れることができれば・・・ならば、実際は幸せなんだと思った。

うそごまかしを小さい頃から順を追って並べるように見ていくと、観えてくる自分の傾向。
面接の時間に聞いてもらう時、自分のやっていることを言葉にして出して言っていると毎度出てくるフレーズに、またか~と笑ってしまう。
笑い飛ばすことで消えていくような軽さがあった。

人に認められたいと思っていた自分、実際の自分より大きく見せようとしている自分に気づく。
慌てず・騒がず・落ち着いた様子を見せたかったんだなと。
周りにはそんな風に見えていなかったのかな? と恥ずかしい。

家族にしてもらった事、両親・姉3人から受けたもの、受け続けているもの。子どもの頃から今も変わりなく注ぎ続けてくれている愛情が流れつづいている。

心を開いて、隅々まで明るく、雲ひとつなく晴れている心の住処になっていきたい。(女性40代)
4916a1a7f121c5c0fda63daea3c9f5e4_t.jpeg「不安」もそのまま見つめ、内観していくと、奥にある大きな愛情が見えてくる
不安があったら何をやってもダメやなあ そんな風に思った。
「気を使う自分」というテーマで今までの自分を振り返ってみると、いつも「不安」があるんだなあと思った。

どう見られるかの不安 どう評価されるかの不安 要らない出ていけと言われる不安 等、その元見てみると、固く握りしめて離さない人に対する観方「人間観」があるなと思った。
言葉で表現すると
「人は(相手は)意に沿わないことがあると攻撃する、排斥する」といった観方かな。
それも自分の考えなのだけど、絶対そうだと強く強く思い込んで、頑なに手放そうとしない姿が浮かんできた。

それも不安からくる身を守るものだったかもしれないけど、そこから来る不安と、不安から来る反応と行為、その反応と行為のひとつの表れが、気を使うということに現れていたように思った。

一方で、今まで「受けてきたもの」をつぶさに見ていくと
どれだけ愛情を受けて、見てもらって考えてもらって大切にしてもらってきたか
たくさん声をかけてもらった「これやってみたら」、「これやめてみたら」といった声掛けの背景にも、想い考えてくれている人の存在や行為があって、そのどれもが愛からきていて、子どもの頃も、鈴鹿に来てからも、ずっとずっと見守られていて、大きな愛情をこれでもかというほど無償で注いでもらい

時には道端ですれ違った人の会釈や笑みや、交通誘導員の人の旗から伝わるもの、会ったこともない人からでも、道路標識や農作業で使う道具の端々からも、人の愛を受けて、それは感じる感じないと関係なく、どれほどの人の愛の中で生きてきたのか。

「受けてきたもの」を見ていって見えてきた世界は、自分が固く握りしめていた人間観とは、似ても似つかぬ世界で、人と人がいさえすれば、そこには必ず愛が作用するのだろうかと思うほど
注いでもらって不安も心配もない、ただ任せてさえいれば愛が導いてくれるような、そんな世界。

今まで固く信じて握りしめていた自分の見方を手放して
注がれる愛情をただただ素直に受け取る心と、今まで受けてきたものの実際を知って、
自分の人間観も、実際に即した人間観にと思う(男性40代)pexels-photo-457881.jpeg
内観コース | - |
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 >>