誰もが望む幸福人生・人と共に生きる人生・満たし合う人生・遊びほうける人生・・

自分(人)の一生を観察しながら、「人生とは何か?」「人生の目的や生きがいは何か?」と探っていきます。
そういう中で自分の今までの生き方や自分の中にある人生観や幸福観なども見直され、人の中で人と共に生きている自分に気付いたり、人の中にいて満たされている自分が出てきたり、誰もが心から望む「本当の幸福」についても、何かハッキリと見えてくるものがあるようです。
自分のこともよく知らなかった・・・
未知なる自分への好奇心に生きる、自分に最も適した他に真似のできない生き方を探る機会です。
3月20日~の「人生を知るためのコース」に参加した人の感想を一部紹介します。
芝さくら・ピンク300.jpg影響しあって、変わりながら生きている
人生を知るためのコースをやってみて一番染みたのは“単独で存在しているものは一つもない”ってことかな。
自分一人では生きていくのは不可能だな(いい意味で)。

今までは自分の考え(一人だけの考えだと思ってる)をコントロールしようとしたり、未来先まで自分が達成したいことを決めてそれが出来なかったら自分一人の責任?として自分をかなり責めていた。
かなり窮屈な生き方をしていたと思う。

人は皆ひとつ。
お互い影響し合って、次々変わりながら生きている。
自分や相手の背景を知って共に生きていきたいな。
悪い人とかいい人を無くして、本当の意味で安心して、満足して、あらわれたものをそのものとしないで心を見ようとする優しい世界がいいな~。
これからぐんぐん人に頼って、頼ってもらったりして生きていきたいな。(女性20代)



人から受けて、応えて、満たし合い
本来の人間は暖かく、やさしい、慈愛に満ちている。
両親、祖父母、夫、子どもたち、孫たち、書ききれない、、多くの人から受けてきた
互いに満たし満たされ、その実際を、心を感じる。
やさしさ、あたたかさ、愛情、物、受けて受けて。

人に寄り添い、人を聴き、人をもっと知りたくなる。
人にやってもらって、それに応えて、双方が満たされる。
満たされっぱなしの姿が知れてくる。(女性60代)
キリンの親子.jpg
調和した人間社会できないかな・・・!
最後のテーマをやりながら、人間ってみんなで幸福に向かおうとする生き物なんじゃないかと思った。
いつも、幸せになろう、より良い方向へ行こうとしている。
育った環境や付いてきた考えや経験などから、いろんな現われになるのかな。
戦争をしたり、犯罪をするのも一つの現れだし、お金持ちになろうとしたり、我慢して一生懸命に働くのも一つの現れかな。
みんなの本心はどうなんだろう。
本当はどうしたいんだろう?

人間の考えも一つ。
おもしろいな。

自然界のように調和した人間社会できないかな。
人の内面を重視する社会、その人がそのままでいられる社会。
これから生まれる子供たちが、余計な考えを学ばないで、そのまま育って本来の人間性を発揮するような、そんな環境作れたらいいな。

自分のことをどうにかするより、人のために頭使いたいし動きたい。
そっちの方がおもしろそう。(男性20代)
img5041_IMG20220424144659.jpg         第二研修所、咲きました


一つの世界に、遊びほうける楽しみ
人間性のところで、一人の人の人間性について考えていたのが、人間性って、人間同士のお互いの中にあるもの。
そこに育まれていくもので、一人だけで成長するものではないなー。
行為や言動、その下にある思い・考え・意志・感情・欲求・気持ち、さらにその下にある心、本心…そういうものの現れとしての言動・現象。
その一人に現われてくる背景がある。
絶えず変化している。

どこをとっても切り離せるものはなく、単独で存在しているものは何一つない。
宇宙の存在も、自然現象も、そして人間の心も同じかな。
一つのもの、自分と人の間に隔てや境がなく、他人がいない。
人は、現象としてのものではなく、心の存在、実際のその人、実際の自分の存在があること。
そこに目を向けたくなっていくのも、一つの現れなのかな。

人って、どういう生き物か、もっともっと知っていきたい。
これからがますます楽しみになってきた。
ひとつの世界で、のびのび楽しく遊びほうけていきたい。(男性50代)
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「本来の人生」って、心通い合う「一つ」の現われ

今まで生きてきた自分の人生の「実際」を振り返りながら・・・
探究会の輪の中で、何でも出し合い、「人生って何?」と探ってゆくと
怒りや争いのある「現状の社会」の中で作られきた各自の人生観に変化が起こり、怒りや争いの一切ない「次の社会」用の、やわらかくてふわっとした人と人の営み、人と心通わせながら生きる「本来の人生」が見えてきます。
2月20日~の「人生を知るためのコース」に参加した人の感想を一部紹介します。
IMG_20220308_102008.jpgそもそも人生を知るとは? 人生とは? 生きるとは? から始まる。
考えたことがあるようで、ほとんどない。
人とはどういうものか。

いま、自分から見た「人」は、形はそれぞれで個性があるけど、1面だけ硬くて平らな面があるかんじ。
自分を抑えるように、周りと同じように平らに整えた面を表に向けて、無機質にやることをこなしている。
「自分をどう表わしているか/見せようとしているか」とも言えるかな。
そうすることは、今の社会では楽かもしれないけど、本来の人としてはものすごくエネルギーを使うことだと思う。
本来の自分のやわらかくてあたたかい、ふわふわ(心)を大切にしながら生きたいな、人に対してもそうでありたいなと思った。

ふわふわ(心)をありのままさらけ出せるには安心が重要になりそう。
隔てのない間柄・隔てのない社会には、私もあなたも、敵も味方も、自然も人工も、良いも悪いもない、人が人でありながらすくすくのびのび生きて行ける世界が広がっていそう。

「私」とか「私の人生」とか言うけれど、そもそも「私」を作っている要素は計り知れない。
たくさんの人から受けてきたものがあり、自然や人や歴史や宇宙の中で作用しあって形成されてきている。
「私」は私であって、私ひとりではない。
「私の人生」は始まりも終わりもなく、私ひとりのものでもない。

私の人生は何をしようとしている人生か。
受けてきたものがあって、中には抑えたり隠したりしてきたものもあって、それらを知りながら、認めながら、自分のふわふわを大切にしてみたくてここにいるんじゃないかな。
人と人との間で、人として、自分のことも人のことも隔てなく大切に愛でながら、満たしあえる社会を創り、残そうとしているんじゃないか。
事柄ではなく。
考えたり予測したりする自分の脳が愛おしく思えたり。
そばに誰かいてほしい気持ちが出てきたり。
それをみんなにシェアすることができたのはこのコースの中で見えた変化の一つかな。

そして、こういう探究、同年代の仲間とやりたいなというのも出てきた。
なんだか人懐っこくなりそう
なるというよりは、もともとの自分に気づく感じかな。(女性20代)

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人生を知るためのコース | - |

人から → 話を聞く ⇒ 人を聴く ⇒ 心通じ合う話し合い

「聞く」・「聴く」を科学する
人の話を聞く時に、自分の言葉の中身で聞いているという自覚があって、聞いているだろうか?
言葉や表面的な気持ちや考えを聞くのではなく、その人そのものを理解する、つまり「人を聴く」聞き方をしているだろうか?
話し合いが「人を聴く」中身になると、快適で豊かな心へと進みます。
「人を聴く」話し合いは、知性が働きだして、様々な問題も解決の方向に進んでいくでしょう。
1月9~の「人を聴くためのコース」に参加した人の感想を一部紹介します。
kana-garden-narcissus-15.jpg自分の意味合いでの聞き方。 相手への抵抗って、受け取りへの抵抗感!
自分の「聴く」の現状・実態、本来の「人を聴く」とは? そんなへんを調べたくての参加だった。
終了後に思うのはそこに、「実現するには」を加えたい気がする。

色々な問いかけ、エクササイズ、日常の自分の実例、コース中の実例、、、どこから探っていっても、いつも同じところに行きつく感じだった。
一人相撲、自分劇場、そんな言葉で表現されるような現状・実態かな。

相手のことを思っているつもりが、実際のその人ではなく、自分の頭の中のその人。
一生懸命聞いているつもりでも言葉や事柄のみ、そして自分の意味合いで聞いている。抵抗感・違和感も相手に向けているが、実は自分の受け取りへの抵抗感。(女性70代)
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話や言葉を聞くから、心・内面を聴くへ
人を聴くはどういうことか
コースの最後のほうに、"その人は何をいいたいだろうか"というフレーズが出て来た。
自分がそれを読んで、"何をいいたいだろうか"というところに目が行く。

日常は、その人は何を言ったのかとか、こう言ったんだとか、これを言ったかったのかとか、それにばかり頭がぐるぐるしている。
話や言葉を何かわかろうとする。
"その人"というほうに関心が行くとはどういう感じだろう。

人に、心、内面、世界があることを知らないと、知りたいと出て来ない。
言動にとらわれて、生活している。
何によって、人を聴くが実現するだろう?
知るかな

知っている。 わかっている。 となっている自分を知ると自然に知りたくなるのだろう。
聴きたくなるのかな。(男性30代)
IMG_20220215_064857.jpg人の話を聞く奥に、無意識に働く人への反応、心に焦点を当てていく
コースでは自分が聞いている、そう捉えているのを知らない、反応の方に囚われている
人間の考えを理屈では理解できても、人間の考えであることを知らずに日々過ごしている、現状の日々を繰り返し見ていく

自分で捉えたもので認識して、外から引いてみている自分
表層の部分でしか捉えられないものからやろうとしている
空しく 寂しく 感じている
意識の方を大事にしていると見えずらくなる実際の方

聴けていなかった事例を出し合いながら
聞いたり、出したりしている中で、その人を知ろうとするひとの姿があって、自分の中にもある本当のものに気づいていく

どんな作用があるのか
知らないうちにその人の心の世界と反応しているのかな?
人と人 人の中で気づいていく知っていく
お互いが自然と欲求や気持ちが生まれてくるような、心が通い合う話合いはどんなだろうな?
人を聴きながら暮らす、日常の普通の風景になっていくのかな、特別なことではないのだろうな
いつも働きづづけているもの、日常をよく観察したい(女性40代)



認識の性質を知り、焦点が心に進むことは、争いの一切ない世界に繋がる
人は、おそらく、人を知りたいという欲求から言葉というものを産み出したのだろう。
人を知りたいというのは心を通わせたいということかな。
そして言葉を使って人と人がコミュニケーションをはかる。
しかし、言葉というものがどういうものかということを正しく知らなかったり、さらに言葉を捉える認識というものがどういうものかということを正しく知らなかったりしていることで、かえって行き違ったり(満たされない)、すれ違ったり(満たされない)、対立したりしている。

また、人の内面に対する関心の薄さというか、日常、言葉がその人、行動がその人という見方をしている。
言葉の前には、人の広く深い心の世界があることを知らない。
例えば「その人は、何を言いたいのだろう」と、言っている言葉やその意味をよく聞こうとする。
それで聞いたつもりになっている。
聞く観点が違う(人がいない)。

人を聴くが実現している職場。
人を聴くが実現しているミーティング。
人を聴くが実現している社会。
人と人が満たされ
争いの一切ない世界。(男性70代)
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人を聴くためのコース | - |

自覚から始まる、柔軟で幸福な生き方

五感で捉える認識は、すべて、自分の頭の中のこと。
思考や感情も、ゆっくり見ていくと、自分の認識の癖が見え始めたりと、思い込みに気づいていきます。
思い込みへの自覚が、自然と決め付けからの解放を起こし、人間らしさを取り戻していく生き方へと進んでいきます。

12月25~の「自分を知るためのコース」に参加した人の感想を一部紹介します。
蝋梅.jfif五感で感じて認識して ⇒ 自分の中の、自分独自の考えの「事実化」!
今、私が聞いたり見たりして五感で拾って認識したものは、すべて、自分の中のことで。
そして、五感で感じて認識したものを私自身が持っているブラックボックス(独自回路)へ入れ込み、自分の考えを作り出している。

全部、外、にあると思っていたことが、すべて自分の頭の中のことで。
こうだと思っていたはずなのに、どれもこれも確かなことではなかった。
よくこんなにいろいろ思って考えて、事実化して生きていたなぁ。

ほんま、労ってあげたいぐらい。
おつかれさまでした!私!!!
怖れや不安、まだまだ事実化していることたくさんあるけれど「あるな~」ってことさえ気付けば、どうにかなるんだろうな~なんて笑いながら思った記憶。(女性40代)
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事実や実際のことを、話合っているという誤解からの、解放へ
話をするということは事実や実際について話合っているんだと思っていた。 ということに気がつけたのは大きいと思う。

私は私の中のことを話していて、相手は相手の中のことを話している。
あと1人で頑張ろうと独自回路グルグルしたら空回って自信がある状態になる場合もありそう。

自分の中って言っても色々な人の考えに影響されてるからもはや自分の考えとも言えない状態なのかなとも思った。(女性30代)
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自覚ある状態から進んでいく「本心」、争いのない世界を作る
実際は、どうか 本来の人間とは、どういうものか 争いのない世界を作る人間の意識とはどういうものか、行きたい方向がわかった上での自分を知る。

自分ダメ!ってなるときの自分は、自分しか見えてなくて自分だけ辛い経験をしているような、ひとりで戦っているような、その意識からでは、本当に人を知りたいとか、行きたい方向にいきたい、とかにはならない気がする。

不安があるから自信をつけてやってきた。
自信なんかなくてもいい、信じるものなんか必要ない、何も知らなくていい、そんな安心できる人たちから生まれる社会はどんなんかな
自分を知る、自覚がある状態(女性30代)
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自分を知るためのコース | - |

安心と満足の日常を実現、新しい社会を探る

人は、家族やコミュニティの中に生まれ暮らします。
暮らしを通して、そこにある考え方を身に付けていきます。
自由な世界を好み、快適に生きたいという性質が、人には元々あると思いますが、理に適っていない考え方があると、窮屈さを感じたり、不快な感情も湧いたりします。
人の中に元々ある「幸せに生きたい」という欲求を実現するには? 
幸せな社会が欠かせません。

どの人も尊重され、満たされ、その人らしく生きられる社会、かってない新しい社会を探ります。

11月28日~の「社会を知るためのコース」に参加した人の感想を一部ですが紹介します。
background-4896344__340.jpg「ねばならない」・・・とおさらば!
みんなの中で堅い頭が少しずつ解きほぐされてゆく感じがした。
「社会を知る」そのためには先ず現状の自分の中に出来上がっている、社会を知ってゆくところからと思った。
まるまる5日間はそこに時間を集中して行った感じがする。
僕の中ではゆっくりだけれど、みんなの出すのを聴きながら、「ねばならない」とする考え方が、しっかりと出来上がっていることが感じられた。

5日目の後半には、本当にこのまま社会が「ねばならない」で進んで行ったならば一体どうなるのだろうと、思った。
「どこにその出口があるのだろう?」そう強く感じた。

自分の中に「ねばならない」がひとりでに構築されてきたわけではないことはわかるけれど、余りにも当たり前になりすぎていて、感じなくなっている現状かなと思える。
社会で身に付いたものは、社会の中で脱ぎ棄てて、新たな社会を創る中で「ねばならない」「所有」とおさらばしよう。(男性70代)
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のびのびと あるがままにいれる社会へ
人は 生きている間 たえず何かの行為をしている。
それは 心が満たされていたいからでは ないだろうか。
例えば あなたの洗濯をするのは あなたが満たされて、欲しいと思うから、同時に自分の喜びになり 満たされていく。

どの人にも無理をして欲しくない、やらせたり やめさせたりをしたくない。
本心で のびのびと あるがままにいれる社会、人の内面を重視する社会 とは どんなものだろうか。
どうやって 実現していけるのか。

今回 参加するなかで、若い人達に触れることで 純粋さや柔軟さを感じたり、今 コミュニティで行なわれていることやそこに込めて、専心する人達を感じることで 自分の心が揺さぶられ、その世界へと 手を引いてもらっているかのようだった。(女性60代)
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満たされた世界への移行
前半3分の2くらいは~べきがいかに形成されたのか、そして最後の方は人が満たされる社会とは、内面を重視する社会とは、社会を創るとは、と行きたい方向の社会をみんなで探求した。

〇〇ちゃんが、満たされて満たされて満たされて・・・とか、
どうしたいか、とかそれ(想い)しか、ないときいたり、
心の手をつなぐ、とかきいたり、
なんか自分の中にはない豊かで満たされた世界があるんだなぁ、広がってるんだなぁ、

今までの人の考え(~べきの元である責任・権利・義務・所有・悪平等・悪博愛(自分で名づけた))でやってきた、縛りあげの頭から、~べきはない、~しなくてもよい、内面を見る、満たされた世界への移行。(女性30代)
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社会を知るためのコース | - |

自分をそのまま見ることで、思い込みから解放される

自分自身を観察し、そのまま見ることで、自分の中の思い込みや決めつけに気づきます。 気づくことで思い込みや決めつけは自然に外れていくようです。

思い込みや決めつけから解放されることで、「実際はどうか?」と知性も正常に働き始め、物事を素直に見たり聞いたりできるようになります。
物事に対する自分の見方・聞き方を正常なものにしていく探究・集中の四日間です。

11月13日~の「自分を見るためのコース」に参加した人の感想を一部ですが紹介します。
IMG_20211123_103319.jpgいくらでも聞ける、もっと知りたくなる
自分に目を向けて 具体的に細かく 分けて分けて 一つずつ見ていく
状況 反応 動作 言葉 そこだけをピックアップして ただ見てみる

どこから調べても辿り着く先に、浮かび上がるのは自分が捉えたこと 
ここからは出られない 

私が見た 聞いた 感じた そこから 全部 自分の中で起きている
自分が捉えたことに反応してる
自分が捉えている その一点 

頭からふわふわと吹き出しが出てるよう、相手の世界 私の世界
いくらでも聴ける もっと知りたくなる
ただ知るだけで世界は一変する(女性・30代)
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一喜一憂は、自分の捉えたものへの反応
〜と思って〜した 意識と実際の行動
今までは、相手や状況、外のものと自分の中のものが、反応していると思っていたかな
見たり、聞いたりして
自分の捉えたものと、自分の中にあるものが反応して、行動として現れている

何に反応しているのかと見ていくと 自分の捉えたことに反応して 一喜一憂している、そんな自分の姿が可笑しかった
人は、その人なりの捉え方で、その人なりに反応している
一人一人違う 知りたくなる
だからこそ面白いのかな(女性40代)
img4425_DSCF8095.jpg主体性の自覚は、自由の自覚
最後の3日目の夜、また眠れなくなって、目を閉じたまま頭の中でぐるぐるパターンが始まった。
「見て、聞いて、捉えて、〜反応する」ということを思い出した。
何を見て、反応しているのか。 目を瞑っていて何も見てない。 
いやいや頭の中の状態を見ている。

そっか、自分はいつも頭の状態の中をずっと見ていて、いつも「悟り状態」という記憶と比較している。
それが反応だ。
そして、比較するという反応の次に、いまの頭の中の状態を「問題視」するという反応が起きている。
それから頭の中のなんとかしようとする反応が起きる。
これがいつもの慢性反応パターンだとふと気づいた。

問題視している。 問題と捉えている。 それを解決しなければ、だめだと捉えている。
だめだと捉えていたことがはっきり、くっきりと見えて来た。
自分の状態をだめだ、と捉えた瞬間、そこで決めつけ、自分の状態を見なくなっている。
その状態を見ることから離れて、頭の中で、考えで、この状態を変えたいと、なんやかんやともがいて、自分で苦しんでる。
この自分の心の状態をだめだとする捉え方を無自覚に延々とやってきて、ずっと気づかずにいた。

自分が捉えて、自分で反応しているという自覚は、主体性の自覚であり、主体性の自覚は自由の自覚につながる。
このことを自覚すればするほど、捉え方も、反応も、理に適ったものになっていく感じがする。
その自覚が深まるほどに、見て、聞いている自分も理にかなった自分になっていく感じがする。(男性60代)
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自分がそう見て、そう思って、〜をした・・・主体的な生き方へ
自分がそう見ている、そう聞いている そこがどこまで身になっていけるか
言い聞かせるのではなく、その都度その都度

状況などの外のものとしている、しているものに、動かされるような状態と 
自分がそう見て、そう思って、〜をした と動くのとの違い。
主体的なようにも思えた。(男性30代)
自分を見るためのコース | - |

固定した考えからの解放へ


ほとんどの人が、今の社会の中で「~しなければならない・~してはならない」という固定した考えを身につけています。
そのような固定した考えで自分を縛り人を縛り、お互いの気持ちが見えなくなっているのではないでしょうか?
自らを縛る固定した考え・不自由な考えからの解放が、幸福な人生への一歩になると思います。
現状の自分を知ることで、新しい自分が見えてくる・・・そういう探求機会です。

10月3日~の「自分を知るためのコース」に参加した人の感想を一部ですが紹介します。
20211006_113041.jpg感覚で捉えている・・・私の中にあるものを、ただ見ていく・・・。
6日間 言葉や角度は違えども何度も、同じことを繰り返し問い続けてきたように思う
人間の考えを知るから  人間の考えであることを知る 自分の考えであることを知る
具体的に日常を振り返る
自分の中にあるもの 繰り返し、ただ見ていく

自分の感覚で捉えてる その言葉になるまで、自分の中に何でこんな言葉や感覚があるのだろう
不思議なことばかり
知らない わからない ゼロから始まる

おぎゃーと生まれて周りの環境や人から、知らず知らず形成されてきた感覚 
捉えかた 考え 
それを知っていくところから 
知らない状態から本当の人生は始まるのかな
人は何をしようとしてるのかな(女性30代)
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「しなくちゃ」・・・って、どんな感覚?
「どうも自分の感覚で動いているようだ」ということは感じられた。
この自分の感覚というものを、もっとみていきたい。
自分の動きの中に「しなくちゃ」として動いている面があり、それに、追われる感じ。(男性70代)20181127_110853-500.jpg
五感・感覚・思った・フィクション~解放される ⇒ 本来の姿は?
五感なしには生きていけないだろう。
感覚しかないかな。 
事実あるものを捉えるには、人みなそうしているのだろう。
相手も感じたこと、思ったことを言っている。
自分も感じたこと、思ったことを言っている。

感覚を使って捉えようとするが、こうだと結論付けたら、それは人間の考え。
これはこうだ、あの人はこうだとしたら、人間の考え。
捉えられないものを、捉えたとなったら既に違うのだろう。
これがキメつけ。
「自分がそう聞いた、見た」しかなくそこから始まっている、始めるしかないことを知ること。

自分がそう聞いた、見たことしかない。
捉えたものしかない。
捉えたもの全て、言葉になったもの全てが「フィクション」。
事例を通してより鮮明になってきた。
こんな状況だからこうした、ああなったというが状況も捉えたもの、フィクション。

そうなっているからそうしてる、となると、まるで機械の様。
自分や人の気持ちや心に関心が無くなる。
自分が捉えて構築した世界の中で勝手に反応、対応しているのはまるで一人相撲。

今回参加して自分の立っている位置がハッキリしてきた。と同時に
人(人間)の本来の姿が見えてきたように思う。

イメージでは風船が宙に漂っている感じか。
みんなふわふわ。
明るく楽しく面白おかしくどんな風にも漂っていける。
誰のどんな発言や行動もそのまま受け止められる。
悪感情、対抗的感情がなく柔軟で穏やか。
本来の姿とも言えるしここが最低ライン。

そうなってないとしたらそうなることを阻害するものがあるということ。
それは、人間の考えであるという一線を越えることによって起こる。
人間を知り、人間らしく生きる。
人間の考えであることをハッキリ知る、わきまえることから始めていきたい。(男性60代)
自分を知るためのコース | - |

見たこと・聞いたこと・感じたことは、実際のことなのかな?

日常の暮らしの中で、何かを見る時・聞く時・感じる時、自分の中では実際どんな事をしているのだろうか?
「やることがある」と言ったり、「相手がそう言った」となっていたり、「あの人は怖い」と感じたり、普段、自分の認識が自分の行動に与える大きさを考えたことがありますか?
みんなでいろいろな事例を出し合って調べて行くと、今までは「自分が見たこと・聞いたこと・感じたこと」が実際の事になっていたけど、実は全部自分の頭の中のことだったのかと、目から鱗が落ちる思い・・
自覚ある状態へ一歩進んでいく探究機会です。

9月5日~の「自分を知るためのコース」に参加した人の感想を一部ですが紹介します。
84357791.jpeg見た・聞いた・思った、知った、どうなっているの?
相手がそう言った
私がそう聞いた
何故そこが逆になるのか?

そこが本当にどうなっているのか。
何かに反応して悪感情が出たのを捉えた場面を見ようとしてもどうにもならない感じがした。
ただ「これがあったからこうなった」と繰り返し事実化を続けていくだけかな。
重要なのは「本当にどうなっているのか」と止まることなく見ていくこと。
悪感情や反応の内容よりも先ず仕組み自体を知ること。
一つ一つのテーマが違う角度からそこを追求していくように感じた。

そして何故人間らしくなくなってしまうのか、何故実際に関心が向かなくなるのか、何故知ったつもりになるのかというのもいつも問われるような感じだった。(男性20代)
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明るく楽しい探求、一本道への旅
人間の感覚、認識のからくり
見て、聞いて、自分のデーターベースからそれを捉える。意味付けする。その捉えたものに反応する。
そういうのが知識だけじゃなくて、本当に得心したのか、どうか。
どこまで実になっているか。

先ずは、知らない自分を知るからかなあ
できない。そんなこと言えない。これはやめられない。
自分でできないこととして、自分を制御していたこと。
本当にどうしたいかが出てくる前に、それを見えなくしている考え。

そうなっている。
従うしかない、自分の外に実在しているかのようになっていること。
そこからは想像が働かない。
狭い選択肢の中での窮屈な人生。

自分を知る  人間の考えを知る
自分という人間を題材にして、人間の考えとはどういうものかと、たんたんと知っていく。
みんなの中で、探究していく。
留まることなく、流れていく中で、どういうことかな…どうなっているのかな…
知るの体験。

盛り沢山の一週間
ゆっくり、じっくり、地道に、みんなと…
明るく楽しい一本道への旅だったような。(女性40代)
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自分を知るためのコース | - |

観察力を培い知性を働かせて知的に生きる

自分を観察し、思い込みや決めつけから開放され、素直に見て聞ける、知的な人へ。
物事を科学的に調べていくための観察力が養われる探究会です。
自分の物の見方・捉え方を客観的に見れるようになることで、素直に物事を見れるようになり、実際はどうかと知性が働き始めていきます。

8月21日~の自分を見るためのコースに参加した人の感想を一部ですが紹介します。
箕田公園.jpg誰もがのびのび暮らせる世の中への第一歩、観察力をつける

意識に登ったのは全て、自分が思ったこと……
意識に登らないことも、覚えていないだけで、常に何か思っているかな。
思うしか出来ないとも言えるのか

みて、きいて、それに反応しているような感覚
出してみると、離れていく、自分の中に反応の元があるのがハッキリする。
何となくクセやパターンがあるのがみえてくるけど、したくないのにそうなっちゃう。
何がそうなのか、とても気になる、何からそう現れるのか、調べたくなる。
もっと集中してグッと見ていきたい。

現状を知る。
見るためのコース、は観察会?
そんな風に聞いたけど、ひたすら? 観察の練習をした。 引き続き観察の練習
ここハッキリしないと、何も始まらない気がした。
でもここから始まるとも言える?
誰もが安心してのびのび暮らせる世の中。 
そこに繋がる観察力?(女性50代)
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見て・聞いて、そのまま素直に・・・面白くなってきたぞ!

その都度聞いたと認識したそれを、紙にエンピツで書いた。
段々に複雑に聞こえるそれは、もうどう表現したら良いのか解らない。
5回以上は繰り返したかな? 私の頭の中で起きている事が見えた気がして、…笑えた。

私独自の回路に反応する何か。
「私を見る」=観察するのであって、考えたりあれこれ思いめぐらせるのではない。
見て聞いてどう反応したか、そのまま素直に捉えて出してみる。 
表してみる。

見て聞いて 「〜」と反応した。
「〜」の辺りを観察してみたら。 って。
パソコンに向かって思い出して、書く作業をしている。 
なんか知らないけれど面白くなってきたぞ。
私の頭、どうなってる。??(女性70代)img4036_DSCN9962.jpg
怒りの感情の正体、その理解の進みが、反応を落ちつかせる

自分のうちにあるもの。 自然に湧いてくるもの。
一つは感情。 感情に理屈は通用しない。
いくら「反応は自分の捉え方の結果だ」と言い聞かせたところで、反応は出る。
ごまかせない。

怒りや悲しみといった、マイナスイメージのある言動は、出すのはよくないことだという観念からか、現れを抑えがち。
正しく“見る”ことができない。
飲み込むことに慣れすぎて、自分の欲求どころか感情さえわからない。
そのまま出す以前の問題。

人の言動、自身の反応に対して、強い感情が出ることがある。
「おかしい」「悪い」 そう言える根拠としているものがあるから。
その人自身の捉え方によって認識し、その人自身の中にあるものによって反応が生じ、その人自身が傷ついている。
その人自身の内部プログラムのエラー。

反応したのは「アイツのせいだ」「自分のせいだ」と感情的に決めつけ、言動を改めさせようとする。
目の前の事象を否定し、自身の認識・反応を肯定している。
根底にある根強い観念、価値観。
いつの間にか出来上がってしまった、自分理論。
それに基づいて半ば無意識に自分を律し、自他を裁く。

何に反応した?
どう捉えた?どう受け取った?
どこが気に食わない?

正体が分かり、理解が進むと、だんだんと反応が落ち着いていくような気がする。
疑問が生じる。 不思議だと思う。 関心はそこから湧いてくる。
「不仲が当然だ」としていると、疑う余地がない。
「分かっている」となっていると、「実際は?」の問いは生まれない。(男性30代)img4038_DSCN9971.jpg
自分を見るためのコース | - |

人の幸せ = 社会の幸せ! 

元々、社会は、一人ひとりが幸福に生きるために創られてきました。
人を縛る必要のない安心な社会の中では、心の素直な働きやそのままの欲求を満たし合うことができます。
一人ひとりの幸福を探る!
人の幸せ = 社会の幸せ!
自由なる社会の中で、人と共に自由に生きる!
7月25日~の社会を知るためのコースに参加した人の感想を一部ですが紹介します。
3602f52529b959ffd39739dcafd2fc50ae32dd9e.62.2.3.2.jpg 縛りのない自由な社会や、自由に生きられる私を探る
社会とは何ぞや?
あいまいなものとしてぼやっとしたものだった。
社会を知るとはどういうことか?

ずっと自分と社会との関係は、敵対関係というか対立関係というかなじめないものだった。
コース全般を通して、これまでずっと自分は義務とか責任ごとかをきちんと果たす大人に成りたくて目指していた。

けれども一方で子供のころから社会になじめずに、少し社会から離れた部外者ぽいところを生きてきたかったんだなと思う。
社会から縛られない自由を求めていたのでしょう。
その構造が少し見えてきた感じがしています。(男性30代)
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人の源泉、社会の源泉、幸福の源泉・・・源泉からあふれ出す喜び
じわーーーーーーーってあふれてくる涙は、
どこからわいてくるんだろ
もともとある源泉に触れて押し出されるような。。。

本当は何を願い、人とどうありたいんだろう。
なんかしっかり身につけて、気持ちや欲求、願いがみえにくいけど、そっちがそのまま発露する。
そんな社会ってどんなんやろ
社会がそこに焦点をあてて、そこにふれていくお互いでそうなっていくのかな 
自分の幸せ = 社会の幸せって
ちょっと何それ、ほんまぁ? でもなんかうれし。(女性30代)
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優しい社会、満たされる喜び、安心に委ねる
社会は、やさしい。あたたかい。
ついでに、、、たぶん私も、本当はやさしい。 あたたかい。 
そして心細い。
だって人だもん。
これまでにできたものはあるけれど、それは置いておいて、、、

争いの種は、「上げ底」かな。
考えにしがみついてる(大事にしている)状態かな。
元の元にあるもの 本当に願っているもの そちらに目が向くように、、、それが実現できるように、、、

欲求が満たされるってこういうことなのかぁ。。。
少し顔のぞかせたものを拾ってくれ、そこに焦点を当ててもらい、見えてきた欲求。
みんなの中で欲求が発露したようだった。
そして、それが実現された喜びは、なんともいえないくらいあたたかいうれしさだった。
またその喜びは、自分だけでなく、そこにいる人たち、そしてみんなへと、波紋のように伝播していくようだった。
人の幸福は、社会の幸福

社会とは?、まだまだ浅い理解でよくわかってないけど、、、
みんなの中で、やっていきたい。
人に委ねながら、社会に委ねながら、、、(女性50代)
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社会の内面・自分の内面、「一つ」の世界
振り返ってみて、まっ先に浮かんできたのは社会の内面が自分の内面としてある、あったということを知ったことだった。
それはけぎらうというよりもむしろ愛おしさや親しみがあった。
自分を愛し社会を愛する自分の喜びは社会の喜びのような。

言動に現れる人の内面は社会の内面、その内面を重視する社会とは?
人とは?

サイエンズスクールでこうしてみんなで本当はどうなんだろう、本当はどうなんだろうとする人達の中に誰もが願う社会の実現があると思った。
易しいし、無理がないし、成るべくして成っていくような、その中身がアズワンミーテイングかなと思った。
そしてそれぞれの中にある「これ」を未だ知らない人に知らせていきたい。
こういう拡がりいいなあ。
自分の中で新たにアズワンミーテイングが始まるのが嬉しい。(男性70代)
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