自分をそのまま見ることで、思い込みから解放される

自分自身を観察し、そのまま見ることで、自分の中の思い込みや決めつけに気づきます。 気づくことで思い込みや決めつけは自然に外れていくようです。

思い込みや決めつけから解放されることで、「実際はどうか?」と知性も正常に働き始め、物事を素直に見たり聞いたりできるようになります。
物事に対する自分の見方・聞き方を正常なものにしていく探究・集中の四日間です。

11月13日~の「自分を見るためのコース」に参加した人の感想を一部ですが紹介します。
IMG_20211123_103319.jpgいくらでも聞ける、もっと知りたくなる
自分に目を向けて 具体的に細かく 分けて分けて 一つずつ見ていく
状況 反応 動作 言葉 そこだけをピックアップして ただ見てみる

どこから調べても辿り着く先に、浮かび上がるのは自分が捉えたこと 
ここからは出られない 

私が見た 聞いた 感じた そこから 全部 自分の中で起きている
自分が捉えたことに反応してる
自分が捉えている その一点 

頭からふわふわと吹き出しが出てるよう、相手の世界 私の世界
いくらでも聴ける もっと知りたくなる
ただ知るだけで世界は一変する(女性・30代)
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一喜一憂は、自分の捉えたものへの反応
〜と思って〜した 意識と実際の行動
今までは、相手や状況、外のものと自分の中のものが、反応していると思っていたかな
見たり、聞いたりして
自分の捉えたものと、自分の中にあるものが反応して、行動として現れている

何に反応しているのかと見ていくと 自分の捉えたことに反応して 一喜一憂している、そんな自分の姿が可笑しかった
人は、その人なりの捉え方で、その人なりに反応している
一人一人違う 知りたくなる
だからこそ面白いのかな(女性40代)
img4425_DSCF8095.jpg主体性の自覚は、自由の自覚
最後の3日目の夜、また眠れなくなって、目を閉じたまま頭の中でぐるぐるパターンが始まった。
「見て、聞いて、捉えて、〜反応する」ということを思い出した。
何を見て、反応しているのか。 目を瞑っていて何も見てない。 
いやいや頭の中の状態を見ている。

そっか、自分はいつも頭の状態の中をずっと見ていて、いつも「悟り状態」という記憶と比較している。
それが反応だ。
そして、比較するという反応の次に、いまの頭の中の状態を「問題視」するという反応が起きている。
それから頭の中のなんとかしようとする反応が起きる。
これがいつもの慢性反応パターンだとふと気づいた。

問題視している。 問題と捉えている。 それを解決しなければ、だめだと捉えている。
だめだと捉えていたことがはっきり、くっきりと見えて来た。
自分の状態をだめだ、と捉えた瞬間、そこで決めつけ、自分の状態を見なくなっている。
その状態を見ることから離れて、頭の中で、考えで、この状態を変えたいと、なんやかんやともがいて、自分で苦しんでる。
この自分の心の状態をだめだとする捉え方を無自覚に延々とやってきて、ずっと気づかずにいた。

自分が捉えて、自分で反応しているという自覚は、主体性の自覚であり、主体性の自覚は自由の自覚につながる。
このことを自覚すればするほど、捉え方も、反応も、理に適ったものになっていく感じがする。
その自覚が深まるほどに、見て、聞いている自分も理にかなった自分になっていく感じがする。(男性60代)
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自分がそう見て、そう思って、〜をした・・・主体的な生き方へ
自分がそう見ている、そう聞いている そこがどこまで身になっていけるか
言い聞かせるのではなく、その都度その都度

状況などの外のものとしている、しているものに、動かされるような状態と 
自分がそう見て、そう思って、〜をした と動くのとの違い。
主体的なようにも思えた。(男性30代)
自分を見るためのコース | - |

固定した考えからの解放へ


ほとんどの人が、今の社会の中で「~しなければならない・~してはならない」という固定した考えを身につけています。
そのような固定した考えで自分を縛り人を縛り、お互いの気持ちが見えなくなっているのではないでしょうか?
自らを縛る固定した考え・不自由な考えからの解放が、幸福な人生への一歩になると思います。
現状の自分を知ることで、新しい自分が見えてくる・・・そういう探求機会です。

10月3日~の「自分を知るためのコース」に参加した人の感想を一部ですが紹介します。
20211006_113041.jpg感覚で捉えている・・・私の中にあるものを、ただ見ていく・・・。
6日間 言葉や角度は違えども何度も、同じことを繰り返し問い続けてきたように思う
人間の考えを知るから  人間の考えであることを知る 自分の考えであることを知る
具体的に日常を振り返る
自分の中にあるもの 繰り返し、ただ見ていく

自分の感覚で捉えてる その言葉になるまで、自分の中に何でこんな言葉や感覚があるのだろう
不思議なことばかり
知らない わからない ゼロから始まる

おぎゃーと生まれて周りの環境や人から、知らず知らず形成されてきた感覚 
捉えかた 考え 
それを知っていくところから 
知らない状態から本当の人生は始まるのかな
人は何をしようとしてるのかな(女性30代)
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「しなくちゃ」・・・って、どんな感覚?
「どうも自分の感覚で動いているようだ」ということは感じられた。
この自分の感覚というものを、もっとみていきたい。
自分の動きの中に「しなくちゃ」として動いている面があり、それに、追われる感じ。(男性70代)20181127_110853-500.jpg
五感・感覚・思った・フィクション~解放される ⇒ 本来の姿は?
五感なしには生きていけないだろう。
感覚しかないかな。 
事実あるものを捉えるには、人みなそうしているのだろう。
相手も感じたこと、思ったことを言っている。
自分も感じたこと、思ったことを言っている。

感覚を使って捉えようとするが、こうだと結論付けたら、それは人間の考え。
これはこうだ、あの人はこうだとしたら、人間の考え。
捉えられないものを、捉えたとなったら既に違うのだろう。
これがキメつけ。
「自分がそう聞いた、見た」しかなくそこから始まっている、始めるしかないことを知ること。

自分がそう聞いた、見たことしかない。
捉えたものしかない。
捉えたもの全て、言葉になったもの全てが「フィクション」。
事例を通してより鮮明になってきた。
こんな状況だからこうした、ああなったというが状況も捉えたもの、フィクション。

そうなっているからそうしてる、となると、まるで機械の様。
自分や人の気持ちや心に関心が無くなる。
自分が捉えて構築した世界の中で勝手に反応、対応しているのはまるで一人相撲。

今回参加して自分の立っている位置がハッキリしてきた。と同時に
人(人間)の本来の姿が見えてきたように思う。

イメージでは風船が宙に漂っている感じか。
みんなふわふわ。
明るく楽しく面白おかしくどんな風にも漂っていける。
誰のどんな発言や行動もそのまま受け止められる。
悪感情、対抗的感情がなく柔軟で穏やか。
本来の姿とも言えるしここが最低ライン。

そうなってないとしたらそうなることを阻害するものがあるということ。
それは、人間の考えであるという一線を越えることによって起こる。
人間を知り、人間らしく生きる。
人間の考えであることをハッキリ知る、わきまえることから始めていきたい。(男性60代)
自分を知るためのコース | - |

見たこと・聞いたこと・感じたことは、実際のことなのかな?

日常の暮らしの中で、何かを見る時・聞く時・感じる時、自分の中では実際どんな事をしているのだろうか?
「やることがある」と言ったり、「相手がそう言った」となっていたり、「あの人は怖い」と感じたり、普段、自分の認識が自分の行動に与える大きさを考えたことがありますか?
みんなでいろいろな事例を出し合って調べて行くと、今までは「自分が見たこと・聞いたこと・感じたこと」が実際の事になっていたけど、実は全部自分の頭の中のことだったのかと、目から鱗が落ちる思い・・
自覚ある状態へ一歩進んでいく探究機会です。

9月5日~の「自分を知るためのコース」に参加した人の感想を一部ですが紹介します。
84357791.jpeg見た・聞いた・思った、知った、どうなっているの?
相手がそう言った
私がそう聞いた
何故そこが逆になるのか?

そこが本当にどうなっているのか。
何かに反応して悪感情が出たのを捉えた場面を見ようとしてもどうにもならない感じがした。
ただ「これがあったからこうなった」と繰り返し事実化を続けていくだけかな。
重要なのは「本当にどうなっているのか」と止まることなく見ていくこと。
悪感情や反応の内容よりも先ず仕組み自体を知ること。
一つ一つのテーマが違う角度からそこを追求していくように感じた。

そして何故人間らしくなくなってしまうのか、何故実際に関心が向かなくなるのか、何故知ったつもりになるのかというのもいつも問われるような感じだった。(男性20代)
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明るく楽しい探求、一本道への旅
人間の感覚、認識のからくり
見て、聞いて、自分のデーターベースからそれを捉える。意味付けする。その捉えたものに反応する。
そういうのが知識だけじゃなくて、本当に得心したのか、どうか。
どこまで実になっているか。

先ずは、知らない自分を知るからかなあ
できない。そんなこと言えない。これはやめられない。
自分でできないこととして、自分を制御していたこと。
本当にどうしたいかが出てくる前に、それを見えなくしている考え。

そうなっている。
従うしかない、自分の外に実在しているかのようになっていること。
そこからは想像が働かない。
狭い選択肢の中での窮屈な人生。

自分を知る  人間の考えを知る
自分という人間を題材にして、人間の考えとはどういうものかと、たんたんと知っていく。
みんなの中で、探究していく。
留まることなく、流れていく中で、どういうことかな…どうなっているのかな…
知るの体験。

盛り沢山の一週間
ゆっくり、じっくり、地道に、みんなと…
明るく楽しい一本道への旅だったような。(女性40代)
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自分を知るためのコース | - |

観察力を培い知性を働かせて知的に生きる

自分を観察し、思い込みや決めつけから開放され、素直に見て聞ける、知的な人へ。
物事を科学的に調べていくための観察力が養われる探究会です。
自分の物の見方・捉え方を客観的に見れるようになることで、素直に物事を見れるようになり、実際はどうかと知性が働き始めていきます。

8月21日~の自分を見るためのコースに参加した人の感想を一部ですが紹介します。
箕田公園.jpg誰もがのびのび暮らせる世の中への第一歩、観察力をつける

意識に登ったのは全て、自分が思ったこと……
意識に登らないことも、覚えていないだけで、常に何か思っているかな。
思うしか出来ないとも言えるのか

みて、きいて、それに反応しているような感覚
出してみると、離れていく、自分の中に反応の元があるのがハッキリする。
何となくクセやパターンがあるのがみえてくるけど、したくないのにそうなっちゃう。
何がそうなのか、とても気になる、何からそう現れるのか、調べたくなる。
もっと集中してグッと見ていきたい。

現状を知る。
見るためのコース、は観察会?
そんな風に聞いたけど、ひたすら? 観察の練習をした。 引き続き観察の練習
ここハッキリしないと、何も始まらない気がした。
でもここから始まるとも言える?
誰もが安心してのびのび暮らせる世の中。 
そこに繋がる観察力?(女性50代)
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見て・聞いて、そのまま素直に・・・面白くなってきたぞ!

その都度聞いたと認識したそれを、紙にエンピツで書いた。
段々に複雑に聞こえるそれは、もうどう表現したら良いのか解らない。
5回以上は繰り返したかな? 私の頭の中で起きている事が見えた気がして、…笑えた。

私独自の回路に反応する何か。
「私を見る」=観察するのであって、考えたりあれこれ思いめぐらせるのではない。
見て聞いてどう反応したか、そのまま素直に捉えて出してみる。 
表してみる。

見て聞いて 「〜」と反応した。
「〜」の辺りを観察してみたら。 って。
パソコンに向かって思い出して、書く作業をしている。 
なんか知らないけれど面白くなってきたぞ。
私の頭、どうなってる。??(女性70代)img4036_DSCN9962.jpg
怒りの感情の正体、その理解の進みが、反応を落ちつかせる

自分のうちにあるもの。 自然に湧いてくるもの。
一つは感情。 感情に理屈は通用しない。
いくら「反応は自分の捉え方の結果だ」と言い聞かせたところで、反応は出る。
ごまかせない。

怒りや悲しみといった、マイナスイメージのある言動は、出すのはよくないことだという観念からか、現れを抑えがち。
正しく“見る”ことができない。
飲み込むことに慣れすぎて、自分の欲求どころか感情さえわからない。
そのまま出す以前の問題。

人の言動、自身の反応に対して、強い感情が出ることがある。
「おかしい」「悪い」 そう言える根拠としているものがあるから。
その人自身の捉え方によって認識し、その人自身の中にあるものによって反応が生じ、その人自身が傷ついている。
その人自身の内部プログラムのエラー。

反応したのは「アイツのせいだ」「自分のせいだ」と感情的に決めつけ、言動を改めさせようとする。
目の前の事象を否定し、自身の認識・反応を肯定している。
根底にある根強い観念、価値観。
いつの間にか出来上がってしまった、自分理論。
それに基づいて半ば無意識に自分を律し、自他を裁く。

何に反応した?
どう捉えた?どう受け取った?
どこが気に食わない?

正体が分かり、理解が進むと、だんだんと反応が落ち着いていくような気がする。
疑問が生じる。 不思議だと思う。 関心はそこから湧いてくる。
「不仲が当然だ」としていると、疑う余地がない。
「分かっている」となっていると、「実際は?」の問いは生まれない。(男性30代)img4038_DSCN9971.jpg
自分を見るためのコース | - |

人の幸せ = 社会の幸せ! 

元々、社会は、一人ひとりが幸福に生きるために創られてきました。
人を縛る必要のない安心な社会の中では、心の素直な働きやそのままの欲求を満たし合うことができます。
一人ひとりの幸福を探る!
人の幸せ = 社会の幸せ!
自由なる社会の中で、人と共に自由に生きる!
7月25日~の社会を知るためのコースに参加した人の感想を一部ですが紹介します。
3602f52529b959ffd39739dcafd2fc50ae32dd9e.62.2.3.2.jpg 縛りのない自由な社会や、自由に生きられる私を探る
社会とは何ぞや?
あいまいなものとしてぼやっとしたものだった。
社会を知るとはどういうことか?

ずっと自分と社会との関係は、敵対関係というか対立関係というかなじめないものだった。
コース全般を通して、これまでずっと自分は義務とか責任ごとかをきちんと果たす大人に成りたくて目指していた。

けれども一方で子供のころから社会になじめずに、少し社会から離れた部外者ぽいところを生きてきたかったんだなと思う。
社会から縛られない自由を求めていたのでしょう。
その構造が少し見えてきた感じがしています。(男性30代)
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人の源泉、社会の源泉、幸福の源泉・・・源泉からあふれ出す喜び
じわーーーーーーーってあふれてくる涙は、
どこからわいてくるんだろ
もともとある源泉に触れて押し出されるような。。。

本当は何を願い、人とどうありたいんだろう。
なんかしっかり身につけて、気持ちや欲求、願いがみえにくいけど、そっちがそのまま発露する。
そんな社会ってどんなんやろ
社会がそこに焦点をあてて、そこにふれていくお互いでそうなっていくのかな 
自分の幸せ = 社会の幸せって
ちょっと何それ、ほんまぁ? でもなんかうれし。(女性30代)
1516_1.jpg
優しい社会、満たされる喜び、安心に委ねる
社会は、やさしい。あたたかい。
ついでに、、、たぶん私も、本当はやさしい。 あたたかい。 
そして心細い。
だって人だもん。
これまでにできたものはあるけれど、それは置いておいて、、、

争いの種は、「上げ底」かな。
考えにしがみついてる(大事にしている)状態かな。
元の元にあるもの 本当に願っているもの そちらに目が向くように、、、それが実現できるように、、、

欲求が満たされるってこういうことなのかぁ。。。
少し顔のぞかせたものを拾ってくれ、そこに焦点を当ててもらい、見えてきた欲求。
みんなの中で欲求が発露したようだった。
そして、それが実現された喜びは、なんともいえないくらいあたたかいうれしさだった。
またその喜びは、自分だけでなく、そこにいる人たち、そしてみんなへと、波紋のように伝播していくようだった。
人の幸福は、社会の幸福

社会とは?、まだまだ浅い理解でよくわかってないけど、、、
みんなの中で、やっていきたい。
人に委ねながら、社会に委ねながら、、、(女性50代)
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社会の内面・自分の内面、「一つ」の世界
振り返ってみて、まっ先に浮かんできたのは社会の内面が自分の内面としてある、あったということを知ったことだった。
それはけぎらうというよりもむしろ愛おしさや親しみがあった。
自分を愛し社会を愛する自分の喜びは社会の喜びのような。

言動に現れる人の内面は社会の内面、その内面を重視する社会とは?
人とは?

サイエンズスクールでこうしてみんなで本当はどうなんだろう、本当はどうなんだろうとする人達の中に誰もが願う社会の実現があると思った。
易しいし、無理がないし、成るべくして成っていくような、その中身がアズワンミーテイングかなと思った。
そしてそれぞれの中にある「これ」を未だ知らない人に知らせていきたい。
こういう拡がりいいなあ。
自分の中で新たにアズワンミーテイングが始まるのが嬉しい。(男性70代)
hana0704.jpg
社会を知るためのコース | - |

豊かな社会を描きながら、知性の健康な働きを体験!

現状の社会のベースにある「しなければいけない」「してはいけない」という強迫観念、そこから作られる不満や怒り。
悪感情を解消しながら、健康な社会を描いていくと、人情溢れる社会が描けてきます。
自由意思を尊重し合う「人のため」の社会が描かれます。
5月30日~の社会を知るためのコースに参加した人の感想を一部ですが紹介します。
IMG_20210603_055733.jpg          畑公園の紫陽花

今の社会の強迫ベースを知り、健康正常な社会の描きを進める!
力、恐怖で人を動かそうとする今の社会のベース。
人にたいして、不満、悪感情、対立感情、そのベースから生まれているような。
その行動をやってほしい、やってほしくないよりも、その行動を気に食わない。
人の自由を認められない状態になっている。
そういう状態で何をやろうとしても、人を動かそう、縛ろうとするしかできないような気がした。
いくらいいと思っても、相手のことを願っているつもりでも、今までできた強迫ベースを広めてしまう。

やらなくてもよいベースに立っている人が周りの本当を引き出す力があるかなと思った。
人は自分の意志で動いているだろう。
人の心が見えると、どんな豊かな世界に見えるだろう?
その人の気持ちからの行為、その人の自由意志からの行為、本当の世界に目が向くととても美しく生きられるそうだな。

人のための社会、要求を満たされる社会、人の内面を重視する社会、そのテーマの中でいろいろな具体的な例が出てきて、本当の社会を触れるような感じ。
嬉しくなったり、これからどうなるだろうかを想像するとワクワクしてた。
こんな社会を見たいな、一緒に創っていきたいな。(男性30代)
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事実実際に即した人間観・社会観を探る
1週間かけて、何度も何度も、実際はどうか、実際はどうか問い続けてきた。
現状の社会のベースになってる考え、そこからくる人間観・社会観。
それをそのままには、なにをやっても本当のほうには行けないな。

初めて、実際の世界、そこに触れた気がする。
じっくり、たっぷり時間をかけてそこを進めてくれた。
いいと思うこと、こうであるべき、そういうもので動いてきたな。
当然になっていること、それがあるとないものばかりが見えてくる。

人の行為が見えてくると、人の意思が見えてくると、その人が見えてくると、すでにもうこんなにも満たされているんだな。
人はだれもが意思がある。
人はその人の意志によって動いてる。

そんなちょー当たり前のこと、知らない。
やらせることができる、そんな人間観。
どんなに願いがあっても、やればやるだけ不幸になっていっちゃうな。
やらせようとする、やめさせようとする、それがどういうことをしようとしているか、知ったらできなくなる。

本来の社会、まずはすうすうはいはい、抵抗がないのが最低限。
自分の中にどんな人間観、社会観描けてあるか。
その人がいると、ついつい素直になっちゃう。
そんな人、いいな。
毎日毎日、知ろうとする、暮らし。(男性20代)
20190523_111448.jpg人の内面を重視する社会を描き知っていく
みんなでゆっくりゆっくり…繰り返し、繰り返し…丁寧に知っていく7日間
最初はまだまだぼんやり霧がかかった状態
時間を重ねる毎によりハッキリ、くっきり、深く…
人が社会が芽を出し鮮やかに咲いてくる、楽しくて、面白くて、嬉しくて、満たされる

現状社会の根底を知り感じた後
本来はどうか、実際はどういう社会かをみんなで描いていく
全く違う世界が広がり始める
軽くて、明るい、自由、活気が溢れて、やさしい、あたたかい、柔らかい
今の社会とは全く別の物語が始まる

人の内面を重視する人のための社会
一人一人の心や願いが歯車となって自由に形を変えていける社会
産まれた時の様にみんなそのままだった心の状態、そのままをみんなで見守り見守られながら育て育んでいく
もともと人にはそういう世界を創っていける心があるような感じがする

見える世界が、人が、違って見える
知って捉える視点が変わだけでまるで別世界に立っている
いつでもzeroに返れる、してもしなくてもいい
そんな世界に立っていると私の中から何かが生まれようとしているのを感じる
とっても楽しみだな…(女性・30代)
img3658_IMG_20210610_154713.jpg
社会を知るためのコース | - |

本心を捉えながら生きていく、満ち・足るを知る人生を探る!

今の社会にある共通の認識「できるのが良い」や「しなければならない」という考え。
そういう考えに縛られての人生か、もっと奥にある願いや本心を生きる人生か。
心を感じ合ったり、気持ちを通わせ合ったり、本来の人間に備わった知性の働きを味わいながらの人生を探ります。
一つの世界に共に生きる人と人、本来の姿へ興味が深まります。
4月11日~の人生を知るためのコースに参加した人の感想を一部ですが紹介します。
20190501_114057-300.jpg自分の人生を生きるには、本心・願いに気づくところから
自分の人生を生きる、本当に生きるために必要なことを学んだように思う。
今まで、表面的な自分、意識上のじぶんにずいぶんとふり回されて来たものだ。
そこで止まっていては、なんのための人生か分からない。
きちんと本心は何か?
自分の願っていることは何かという部分をしっかりと見ていかなければ、本当に勿体ないと気づかされた。
「ねばならない」「大人なら当然こうあるべきだ」「プロなら当然このくらいのことはできるものだ」等々次から次へと自分に課しているものが現れた。
はい、ご苦労さん。
本当にべたべたと本心を隠して持っていて、本心がなかなか見えて来ない。
今まで何をして来たんだろうと思った。
これでは本当に生きているとは言い難い。
あー勿体ない勿体ない。

本心は何だろう。
現われてくるものの下に隠れてしまっている本心、願いに気づく事の大事さを学んだコースだった。(男性40代)
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一つの世界の中、人に求め・人に応え、満足の健康人生を!
日頃は自分で生きている、自分の意志で動いているという意識だけど、調べてみると実際は、人間の意志とは全く関係なく生命力が肉体を生かしている。
自分がやっていることは、ほとんどない。
自分が認識しているのはごくわずかで、本当に膨大な人や物などの背景があって、そのなかに今の自分が生きていること、生きていられることを、知らない。
知らないでいることも知らないな。

できるのがよいとか、できないのはだめ、できる人にならないと、できる人、できない人 とか人を比較したりと、人を見ているものがあった。
またできない自分を私が認められなかった。

人間も地球上に存在するもののごく一部で、他との切れ目や境目もあるようでないような、生命は一つ 人類は一つ 一つの自分
一つだから人に求める 人に応えたくなるかな

一つの私の人生は、共に正常健康で安心満足して生きていこうとする人生
それまでに生きてきた環境により、不健康な意識を身に着けて本来もともとある健康正常に生きていこうとするものが、見えなくなっている。
もともとあるものはシンプルだな。(女性70代)



知性と健康な心の成長が進む、人生へ
人間にとっての本当に幸福な人生とは どうなっているのか
人間にとっての幸福とは、結論として、「隣人、身近な人とのよい人間関係である」。
というハーバード大学の研究結果の話題がでた。良い人間関係とはどういう事か?

本当の人間を知り、現れだけでなく、その人の内面によりそえるかどうか?
~ねばならない など人間の考えが前提にあり、頭では、ごちゃごちゃ考えるが、自分の本心に向き合うように、自分ごとに向き合うように接していくということなのだろうか?

相手の欲求が満たされて相手が喜んでいる、それを見て自分が満たされる。
簡単にいってしまえば、人間とはそういった生き物なのだろう。
まだまだ、人間とはどういう生きものか? 知らない事はいっぱいあると思う。
日常で、不健康になることも多いと思う。
自分が捉えた事が実際になり がっかりしがちになるが、本当はどうしたいのか?
本当は何を願っているのか? 
知性と健康な心 成長させていきたい(男性50代)
IMG_20210424_144037.jpg
人生を知るためのコース | - |

「決めつけ」の考え方からの解放!

自分の行動や思考・感情などを、自己観察し、客観的に分析していくと、「こうしなければいけない」と自分の行動を縛っている「考え」が見えてきます。
自信のある固定した状態が、「どうなっているのかな」と調べることで、思い込みや決め付けから解放されていきます。
知的に幸福を探究していく思考回路が養われていきます。
3月7日~自分を知るためのコースに参加した人の感想を一部紹介します。
img3377_DSC09634.jpg「決めつけの考え方」が自縄自縛の心の状態をつくる
20年以上も昔の記憶、だけど酷い事された、という悪感情がブワ、と現れた。
「された」と事実化して記憶に残っている、その当時どんなだったかな、と又一人で振り返ってみて、「やらなければならない」が強くあったこと、自分の意思や気持ちを押し込めてその事をやり続けようとする、のは何故か?

「やらなければならない」という考えで自分を動かそうとがんばっていた、そっちの方が事実だ、になってるやん!
自縄自縛そのもの、主体性のかけらも感じられない(女性60代)
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ガッチガチ頭も、「考え」次第でほどけると ⇒ 笑ける自分へ
私の考えで私が変わる(私の有り様がひっくり返る!??)当り前のことという冷めた見方も出てくるが、あれは、今も強く思っているのだが私にとっては大大大発見。 
ボーッとしては居られないような感覚もある。
私のこと知らなさすぎる。
 
「考え」次第で、私は何にでもなれるんだー。
私には、山ほどの自信があって、決めた物(記憶、しつけ、教育)も、自覚すら無いが頭の中にガチガチにある

かなり自由な人だという思い込みもあったけれど、全然自由じゃあい。
私ってがんこ? そんなこと思ってもいなかったね。
笑えてくる位にね。(女性60代)
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自信のある自分 と 自信のない自分・・・違いを見てみる
自分は味の事は良く分からないから味については強く主張しないと思っていたけど、〇〇君が焼いたパンを見て、「焼き過ぎ!あれは美味しくない」とけっこう強く思ったり
見たこと・聞いたことをその時のその人独自の回路で反応している。
面白いなア。
なんであれは美味しくないと言えるんだろう。

一つの場面だけで反応の前に幾重もの決めが見える。
そのキメをベースに反応し、感情的になったり盲目的な行動になったりしている。
その他のいろいろな場面でも出てくる出てくる自信満々の私・・・。
今回はいい悪いが無かったからそういう自分も面白可笑しく見れたけど、その事で何処へ向かって行こうとしてるの?
何を目指しているの。

コースの中で「自信のある人、自信のない人」というのを出し合った。
自分を含めた参加者みんなから出ていた自信のない人像は「明るい」「素直」「飾らない」「柔らかい」「しなやかで強い」「言い張らない」「ニッコリ笑って負ける」「考えでやらない」・・・。
こういう人になりたい。(男性60代)
IMG_20210326_090042.jpg
自分を知るためのコース | - |

人の中で、自分の中をそのまま、丁寧に、見てみる!

普段感情に流されたり、不快な思いをしたりすることはありませんか?
みんなの中でそのままを出しながら、楽しく、調べていきます。
反応や感情を観察しながら、客観的に観る力を培います。
2月27日~自分を見るためのコースに参加した人の感想を一部紹介します。
20180313_105046しだれ梅300.jpg自分自身の日常を、客観的に見ることが出来る自分へ
今回のコースでは、「自分を見る」ための練習の仕方を実践も含めて体験したと思う。
スタッフがていねいに方向を示してくれた。
自分の事例を出しつつ、〇〇さん、△△ちゃん、☆☆ちゃんと一緒に楽しく探究できたのが何よりうれしかった。
後は日々の実践のみだなあ!(男性60代)
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反応の中身、元を探る面白さ!
反応に反応を重ねて生きている自分に気づく
見るコースから今までの自分を振り返ると、反応しかしていない、
それに基づいた考えや思いから行動をしているように見えた。
今まで本当に生きていたのか?
何をしていたのか?
不思議だなぁ

人の考えは全く外側から見えない。
全く見当もつかなくてだからアズワンミーティングが面白い。
「えー!そんなこと考えてたのー!!」ってなった時の感動というか面白さが結構好きだわ(女性30代)
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反応の元を探り、捉え方が見えてくると、本心も見えてくる
自分を見るとはどういうことかから始まって、自分の中に起きている反応をみる、何に反応したのか、何を見ているのか、見たものをどう捉えたのかとひとつづつ丁寧に時間を掛けて検べていった。
3日間、ひたすら何に反応したのか、見たもの聞いたものに反応したのか?、自分の中で捉えたものに反応したのか?といろんな例で見てみた。
日常ではあまりにも当たり前に相手がそうしたから、そう言ったからと自分の外のものに反応していると思っている。
そこを繰り返し繰り返し自分を見てみる。

一人では見えにくいけどみんなの話を聞きながら、笑いながら見えてくる、自分が捉えたその人、その事に自分なりに反応していることが。
同じ場面でこんなに違う見え方があるんだと改めて実感した。

そう捉えるのは何故かと見ていくとその奥にあるものもちらほら見えてきたり、そう言えばこんなことが過去にあって強く印象に残っているとか。
そして実際はどうなの?と。

自分に向き合って素直に自分の中に起きていることをそのまま見てみることで自分の中の本心も見えてくるように思った。
それで自分はどうしたいの、どうなりたいのと自分に問い掛けたくなる。
 
アズワンミーティングについての一文

何でも出しあい、自分を聴き、人を聴き、お互いを理解し合おうとする中に、和気あいあいとした気風が生まれるミーティングです。
 
3日間このミーティングをやってきたんだなと思った。(女性60代)
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自分を見るためのコース | - |

誰にとっても、快適な社会って?

誰もが幸福に生きられるには、幸福な社会が欠かせない。
幸福な人生を求めて、人は寄り、社会を創ってきたが、幸福に暮らせる社会になっているだろうか?
かってない新しい社会を創る道を探っていきます。
1月31日~の社会を知るためのコースに参加した人の感想を一部紹介します。
img3192_IMG_20210211_142739.jpg何処の国だろうと、誰もが願う、人間の姿!
人として生まれてきて親や家族や友人、近所のおじさん、おばさんに見守ってもらって人らしく、優しく、思いやりの有る人に育って欲しいと多分、誰でもが願う人間の姿みたいなのがいつの時代でも、何処の国だろうと有るのじゃないかな

生まれた場所で、其処の社会に適応しようと色々頑張っているうちにいつのまにか責任、権利、義務が自分でもわからないくらいに絡み合ってしまって思っている方とは逆方向に向いてしまい何とかしようとする程に人にやらせたり、やめさせることが良い事だ、と勘違いをし目的を見失ってしまう

蝶も花も空に飛ぶ鳥も自由に動いて混乱もない、普通に生きている

人間だけなのだな、誰もが自由にしたら大変な事になると心配するのは、世間の常識ではそれが当たり前と自分を守ろうとし、家族さえも遠ざけていく、アホやねー
視点が変わると見える世界、本来元々ある世界をこのコースでは見せてもらった感じかな。(女性60代)
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健康な思考が進んで・快適な間柄へ、のびのびと!
現状の社会に生まれ育って、現状の仕組みの中で、しっかりとその社会用の人になっているのに気づいた。
所有の仕組みの中で、本当は心通わせ合って生きたいのに、人と人が個別に囲い合い、守り合って行かざるをえないようになってきたように見える。
責任、規則、罰則を教えられて、社会(人)から身を守って、個々に安心を得ようと努力し、そのために、個々別々の人間観・社会観が実際のようになって、人のこころの状態も不安で不健康になってきた。

私の状態を見ると、自分が上になって、人を批判し、責める、えらそうな姿、又は、遠慮してストレートに思ったことが出ない、欲しいかどうかもわからない、小さくなる。
これも現状の社会の中で生きてきた、けなげな姿に見える。

人も社会も何もやらなくてもいいというテーマは、もともとの人、社会のこと、今までの教え込まれた考えが無意識下にでーんとあるような気がする。
何もしなくてもいいと聞くと、何もしないことをやろうとするような考え、ここからの人間復帰は、今の自分をそのまま認めることかな、そのままでよい、この社会にそのままを委ねて、安心していけるかな

すーすーと通い合い、その人の欲求を知って、人らしくのびのびと楽しく暮らしたい。(女性60代)

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