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“気持ちを聴く”“人を聴く”社会の実現で、皆で明るく生きる!

罰則で脅し責めたり、強制でやらせたり、やらせなかったりという縛り合う現状の社会。それが健康で安心な社会になっていくには?
現状をよく観て、知って、一人ひとりが、心のフタを開けることから始まります!
私の中の気持ちや心を、観えなくしているものは何でしょう?
“当たり前”になっている“固定した考え”があるからでしょう。それを解消するには?
人の中で調べ、気づき合っていくことからです。
自分の心を聴き、人の心を聴く、「人を聴く」社会への変革が要です!
かってない、心に焦点があたった新しい文化…。
かってない「人を聴く」あたらしい政治…。
次の新しい社会の政治家の資格は「人を聴く」が出来る人。「人を聴く」政治の実現が望まれます。
5月26日から、サイエンズスクールの「社会を知るためのコース」に参加した人の感想を紹介します。
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◆責める! 強いる!、どうなっているかな?  
法律によって平和な社会になっていると思っていた。
罰則を強化して飲酒運転が減るとか犯罪が減るとか。
現象面だけ見れば事故や事件が減っていることもあるかもしれないけど、人の心の状態にどんな影響があるのか。

悪いことをした人には罰を与えて当然、責められてもしょうがない。
悪い人だから。
そんな風に人を見ているのにそれで平和な社会になると思っていたんだ。
現れた行動だけを見て悪い人とか、変な人とかで片付けて人の心に関心が向かない状態。
なんでその人がそんな行動をしたのか、どんな不満や不安があったのか、本当にその人の気持ちを聴けたら、罰がなくても健康な方へいけるんじゃないかな。
そんな社会なら犯罪も起こらない気がする。

職場に来る予定の人が来なくて電話をしてみると、「今日は天気が良いから海に来てるんだ」と言った場合、確実に責める。
「やる気がなくても職場に来ないとダメでしょ~」という感じで、あなたの気持ちはどうでもいいと言ってるようなもの。

でも来ない理由が病気とか災害とか自分ではどうしようもないことだと責める気持ちが出てこない、というのが面白かった。
来ないという状況は同じなのに責めたり責めなかったり。
自分の中に「これはしてはいけない」という基準がしっかりあるんだな。

こんなに人の気持ちを見ていないことを知ってびっくりした。
「来て欲しいな」という気持ちだけじゃなくて悪感情も一緒に出る。
相手を責める。
そういう状態では相手の気持ちも自分の気持ちも見えないんだろうな。(女性20代)

◆平等って? 奥にある素直な気持ちって? 
私の平等観が見えてきた。
同じ物を同じだけ分配することが平等。
物だけじゃなくて人に対する気持ちまで平等にしようとする。
人には優しく、同じように接する。
それを人にも自分にも求めている。
平等でなければいけない。
気持ちを抑えてまでそうしよう、そうさせようと強いている。
自分の中の平等を一生懸命守っていたけど、とても力の入った不自然でおかしな状態。
形とか現れを平等にするというよりは、どの人も自分の気持ちを素直にそのまま出せる状態が本当の平等ってことなのかな。
平等にその機会があって、人と人がもっと知りあい、近しくなっていくんだろうな。

現状の社会や今の自分の状態を知って驚きとショックがあった。
それと同時にこれからどんな社会で生きたいだろうというのにも触れた。
人の内面を重視する社会。
事柄や利益よりまず人の気持ちを大事にする。

これまで身についた人や社会の見方は染みついててなかなか取れないかもしれないけど、それに気が付いて切り替えていきたいな。(女性20代)

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◆縛り合う社会から、人の心を聴く社会へ!
やらせる・やめさせるを根本にしている社会
圧迫を加えて、やらせる。
圧迫を恐れて、逃れるためにやる。
自分の意志より外のもので動いた感覚になってくる。
やらせられた・やらせるのができる(ある)という認識が生まれる。

それを繰り返し、
圧迫が実際なくても、圧迫(責め)を自ら自発的に服従するようになってくる。
すなわち、圧迫(責め)がなくても、何かを見て聞いて自分で自ら恐怖を生じさせる、感じるようになってくる。その恐怖心に従うようになってくる。
事柄の方・やることのために、自分や人の意志や気持ちも固定させようとする。
自由に変わることを認められない。
自発的服従状態・強迫観念というOSが人の中に形成される。

ねばならないという状態から所有も成立する。
他の使用を攻めだと感知、守ろうとする。
他との分別が強くなる・自分というものが大きくなる。
そこに誰のものという観念はもちろん、誰の責任・誰の権利・誰が悪い人から、誰に罰をとかの考え方になってきたかな。 

不平等から悪平等へ―表面的にやめさせて・やらせて同じくする。
こういう平等観から人の気持ちも平等にみたいになってきたかな。
やってくれない、見てくれない、聞いてくれない、呼んでくれないなどなどものや人があっても欠乏状態が生じる。

人のための社会。
その人の健康な心から、健康な・良い社会が。
人の心に、内面に関心がある社会。
まず、人のなかの社会観が人間の本来性に適う人間観・社会観になり合っていくことかな。
それと新しい社会観の新人類を育てることかな。(女性30代)

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◆次の社会 ⇒ 人の心を聴く本来の政治を! 心満たされる社会実現へ! 

現状社会、現状の自分、何で動いているのか。
現状の社会(家族、学校、職場、会社、政治等)は殆どが、幼児期から心理的圧迫とか罰を与え、恐怖を与えて、「ねばならない、してはいけない」事が有るという思い込みとかを心の深層に植え付けるシステムになっているようだ。
現状社会を構築している根本的な「カラクリ・メカニズム」を知り、即ち、現状社会の中で育って来て、その社会によって形成されて来て、心の深層に内在し、染み込んでいる人間観、社会観があるということを認めることから始まるのかなと思った。
それらを元に自分が動いているということを知り、認めること。

所有、
実際はだれが用いても良い状態、それを人間の考えで、囲い、隔てを設け、「ねばならない、してはいけない」で守ろうとする所有観。

欲求(モノ)と要求(ココロ)
欲求は「お腹が空いた」。
要求は「ご飯をつくって欲しい」。
子供がお母さんに「お母さん、お腹が空いた」と、言う。
お母さんはご飯をつくって子供にあげる。
生理的な欲求は食べることで満たすことができるが、それだけでは無い様だ。
心理的な要求はお母さんに作ってもらうことで、満たされるようだ。
子供はしてもらうことで満たされるし、お母さんはしてあげると事で満たされる。
気持ちと気持ちで成り立つ関係。
人と人。
有る心と心で構築される社会。
人間らしさと人間らしさが発露する社会。

これからの自分の生き方の分岐点に、なるのかなと思った。
何かと現状社会を肯定し、維持しながら良くしていこうとする生き方が見えてきて、それを延長するのか?
人間の本質がそのまま発揮し、人間らしさがそのまま発露できる、社会を創り、実現していく方向に生くのか...(男性60代)

以下のページから「社会を知るためのコース」の案内が読めます。
http://www.scienz-school.org/hp/syakai.html

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