決めつけや頑固さからの解放が、本来の知性を働かす!


日常の物事の観方や捉え方は、それぞれの価値観を物差しにして判断していると思います。
その物差し自体は、自分に身に着いてしまって、日常では自覚することもなく、当然のようになっていることが多いと思います。
その物差し自体を観察して、客観的に調べられるようになることで、キメつけや頑固さから放たれ、素直に自分自身や物事を見ることが出来るようになります。
そこから、実際はどうか、本質はどうか・・・と、人間が本来持っている知性が働き始めていきます。

7月25日~開催された「自分を見るためのコース」に参加した人の感想文の一部を紹介します。
shutterstock_157103996-480x320ハイビスカス.jpg自分の中の反応を捉え・そのまま出し、ただ・見る、人に触れる面白さ!
短かったけど、いろいろあったな。
人がおもしろかったな。
〇〇さん 始めて出会ったけど、なんか最後らへんは何をいってもおかしかった。
またね。
△△ちゃんはこの前のコースも一緒だったけど、もっと近くその人を知れた気がした。
なんかひとりひとりがユニークでおかしかった。

見るもひとりではできないな。
反応をつかまえてミーティングにだして、よく見るだけかな。

最後にスタッフさんが悪感情をなくすことなんて、なかなかできないけど、悪感情を持たないと書いてあるねと。
アスワンミーティング 一番の近道とも誰か言ってたかな。(女性60代)
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〇〇さんを見たのか? 自分の中の〇〇さんか? 記憶のカラクリは?
〇〇を見た、〇〇に見えた
いくら自分が見たと自信があっても、見たという実感があっても、そうにしか見えなくても、実際そうだったと言えない。
その根拠が、自分が見たということしかない。
どうしたって自分の目で見るし、自分の頭で記憶する。

〇〇さんを見たって言うとき、
顔、髪型、身長、服装、雰囲気、声、他にも色々捉えながら自分の中の〇〇さんを見ている。
その人を見ているつもりでも、自分の見方でしか見れないんだな。
人それぞれに〇〇さんの見方が違うんだろうな。

自分のことも自分が見てるとこしか見えない。
そんなこと当たり前じゃんって書いてて変な感じがするけど。
つづく、、、(女性20代)
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人に見てもらい、人に委ねることで、本来の自分に
自分を見る  
どういうことだろう。 本当に知らないんだ、ということが明るみに出る。
そんなことも今までは気がつかない。 従来のやり方、頭のまま。 
自己流で委ねない自分。

自分で捉えた自分像。 そこに強い自信をもって、私は、こういう人。
そう捉えている。
私以外の人の中にある「わたし像」それには「違うよ」と言いたくなる。
自分が思っている自分がいる。 かなり自信があるな。
人に委ね切れないところは、こういうところからきているのもあるかも。
そう思えた。

自分以外の人からの、私像。 どんなかな?日々変化しているんだろうな。
人に見てもらう、委ねる。 捉え直した感じもする。(女性40代)
自分を見るためのコース | comments (0) |16:32

知性と心のはたらきによって、安心・満足の幸福な人生を歩む!

人生とはなにか?
日常は、自分や人の言動に目が向きやすいですが、その元にある心に目を向けてみると、自分も他人もない、人間らしさ、人の本質が観えてきます。
安心満足の中、知性が活発に動き出します。
知性によって、生きている目的や人としての生きがいを「知る」ことができ、自分らしく明るい人生を歩んでいきます。

サイエンズスクールの「人生を知るためのコース」は、人生の目的を知り、本当の自分を知り、未知なる自分への好奇心に生きる、自分に最も適した他に真似のできない生き方を探究する機会です。
5月17日~開催されたコースに参加した人の感想文の一部を紹介します。

以下のページから「人生を知るためのコース」の案内が読めます。
http://www.scienz-school.org/hp/jinseiwoshiru.html
img2176_file.jpg◆生きている実際を観察して、人を「知り」喜びに生きる
人間の中心で絶えず動いている、求め応える作用。
人の心の働き、そのものは安心状態といえる。
安心状態をベースに満足が始まる。
安心満足のベースに実際に行き交う数多くの行為、受ける喜び、与える喜び、知る喜び、生きる普通の幸せの状態。

受けて、受けて、受けて、年が経つほど受ける喜びが、心が豊かな人生、死の瞬間、その人の人生がすべての人の人生に溶け込む本当の人生、実際の人生はそうなんだ。

自然な状態が何なのか分かるのが始まりではないか?
人を知れば人を愛するようになる 自分の本心が分かれば、心が熱くなる。
健康に、快適に、いつも人の中で動く健康に生きようとする働き。

生きるということが何なのか、人は何をして生きているのか、人がどのように生きているのかを知る喜び。
もっと聞いてみて知っていきたい心。
さあ~日常に戻って、自分の現在の状態を素直に軽く知っていく過程自体を楽しみから~(女性30代)
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◆肉体にも心にも「健康正常」に生きようとする働きが、いくつになってもあるなぁ
人を人たらしめる作用が誰の中にもあって(全人類に)健康正常でありたい。
人に求めたい。それに応えたい。次代の子らが幸せであってほしい。
満足。安心。 そのことを知った。
実際はどうなっているのかなあ、と調べて行くのは、とても愉しい作業だったなあ。 
老年になっても知っていくことは愉しい。
全ての始まりは知る。 ことからかなあ。

知ろうとするエネルギーはとても大きいと思う。
知れば知るほど知りたいし、知った分だけ満足する。
本来のそうした作用がなければ、知る。 が続いていかないだろう。
実際はどうなのだろう。と調べていくのは愉しかった。
いくつになっても、知れて嬉しいと思うのかもしれないな。

自己を生かす。 ということはどういうことなのだろう。
その時その時に、健康になっていこうとする私が、人の求めに応えたり、人に求めたり。
本心をそのまま出していこうとすることで、社会を創っていく。
そんな感じかなあ。(女性70代)
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人生を知るためのコース | comments (0) |17:13

自分を守ろうと固定している「自分の考え」を、見るから⇒自由な生き方へ!


自分の判断基準となる、身に着いた物差し自体を、観察して、客観的に調べられるようになることで、キメつけや頑固さから解放され、素直に自分自身や物事を見ることが出来るようになります。
「自分を見るためのコース」では、物事の見方、考え方の元を集中的に調べ直していきます。
快適な生活をするために、固定した物差しや考えを使う事の不自然に気づき、実際を見ていく方向に頭が向きます。

先月参加された方の感想文の一部を紹介します。

以下のページから「自分を見るためのコース」の案内が読めます。
http://www.scienz-school.org/hp/jibunwomiru.html
IMG_20200604_055908.jpg◆「自分が捉えている」が無いと、考えが大きくなり主体性を失っていく
反応の中身が見えない感じ。
反応の反応 反応からの考え 反応をダメとする考え 最初の反応がボヤけて見えないな。
見えないというか認めない。

認めない自分がみえてきて
ひとつ、ひとつゆっくり巻き戻しみたいにみていくと、最初の反応が見えてくる。
これを認めたくなかった。
だから反応がボヤけていったんだな。

反応が出るのは自分が捉えているから。
そこを自覚してなかったのかな。

自覚が無いから「自分の事を言っている。言われた。」と外に原因があるように捉えている。
自分が大きくなる違和感。

自分が捉えているという自覚があれば人を動かそうとしないな。

そこをもっとハッキリしていきたい。

みること、きくこと。
主体的に。
たのしく、自覚していく方向へいきたい。(女性40代)
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◆反応を捉えて見る…その時のそのままを見る、味わう
「自分を見る」とはどういうことか?
日常を離れてじっくりと探究。
自分の事例も出しながら。 
見て、聞いて、反応する。 
この繰り返しの日常。

「反応」の部分はどこをとっても自分の中にしかない。 
どうだろう?
いろんな視点から見ていく。
実際はどうだろう?
日常の何気ない動作はどのように成り立っているのだろうか?

育ちの中で反復、教えられたり、見たりまねたり、強制されたり、、、そうしていくうちに見えなくなっているもの。
そういうものの中で暮らし、ないものをまるで事実あるもの、すべきもの(こと)として、自分や人を縛っている。
そのことに気づいていない。 
自覚がないんだなぁ。。。

その時のそのままを見る。 味わう。まずは反応を見る。
反応のもとを、自分がそれをどう捉えているかを見る。

単純なようだけど、これまでずーっとそこを抑える、隠す、ごまかしながら、社会に適応してきたから、なかなかそこが捉えずらくなってるんだな。
そこがハッキリ捉えらるように、日々を意識的に、自分の認識、感覚だという自覚が身に付いてきたら、自然と実際に関心が行く感じがする。
「実際はどうかな?」と気が向く感じがする。

誰もが本心で生きられる社会の実現。
「先ずは自らの内面に目を向けるのです」という表現もあった。
今回の「自分を見る」ということだろう。

そういうことをしているお互いが、遠慮気兼ねなく、なんでも出し合い、和気あいあいの気風をつくっていく。 
実際はどうかと検討し、理想を実現していく。

自分の中で、これからやってみたいことが浮かんできている。
各地のメンバーともう少し密にミーティングの機会を持ちたいなということ。
理想はあるけど、先ずは日々の「自分を見る」をはっきりさせていくこと。(男性40代)
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自分を見るためのコース | comments (0) |10:44

固定した考えで縛り合っていく、不自由な生き方からの解放!

知識を積み重ねることで、理解したつもりになることがあります。
また、空想的に考えを巡らせて、実際から離れていくこともあるでしょう。

「自分を知るためのコース」では、今までの知識や考えはいったん棚上げして、普段自分が考えたり、行動したりする元になっている「物差し」そのものを、ゼロから根本的に調べなおしていきます。
固定した考えから解放されて、自由な考えによって、自分や人の本質に迫ることを体験します。

先月のコースに参加された方の感想文の一部を紹介します。

以下のページから「自分を知るためのコース」の案内が読めます。
http://www.scienz-school.org/hp/jibunwoshiru.html
IMG_20200529_165856.jpg◆どんな感情も、そのまま出し合い、自分の思い込みに気づき合う
自分を責めたり、否定したり、人を責めたりの出てくる、湧いてくる感情をそのまま、客観的(感情に揺さぶられない状態)に見れるようになってくるのは、反応から探る、捉えたことから反応を見る、それらを否定も、肯定もない環境の中に、そのまま出しあっていく中で進む感じ。

それと同時に軽く、安心状態、満たされた状態から周りに安心状態が広がる
自信のない人は、知識や、経験があっても、考えで~だとか、思い込んだ状態がない状態。
事実、実際を知ろうとする、謙虚で、軽くて、柔軟な状態。(女性60代)



◆自信のある自分が見えると、明るくて柔軟な状態へと進む
自信のある人は、自分だけの世界で生きていて、自分以外の人は受け入れ難く、周りも気を使って、がっちがち。
知ってることだらけだからそこまで止まり。
人に対しても、その人のイメージだけで接する。
狭い世界。

自信のない人は、何でも誰でも軽く受け入れて、明るく柔軟で、どんなことでもなにがあっても軽い。
知らないことばかりで、知っていくことが沢山あって拡がるばかり。

まずは、自信のある状態の自分を見ることかな。
ここに書ききれないぐらいある自分の中の固定化、事実化されたもの。
そのまま見る。
知っているとなっている自分の状態。

不安な心の状態があるというのも、実際どうなのか、自分の反応や自分の頭の中の状態をまずよくみてみるところからかな。(男性50代)



◆身を守るための固定した「自分の考え」を「知る」日々へ
どこまでいっても「わかった」「知っている」としないで、いつも「知る」ことをしようとしている状態。
今回のコースで、自分の捉えている現象、あらゆることが「自分の考え」をベースにしているものなんだなぁ。
それに反応してるようだな。
そんなことを具体的に見ながら、「知る」ということがどういうことかを探究していった感じがしている。

なぜ直ぐに「わかった」「知っている」となってしまうのか? なぜ「自分の考え」に自信があるのか? それが「正しい」となるのか? ここらあたりの探究が面白かった。

従来の自分の認識で「自信がある」状態と、探究していく中で見えてきた「自信がある」は、全く逆の様相をしていた。 
そして、「自信がある状態って結構固くて力が入ってる感じ。 そうしなくては立ってられない感じ。 もし、人が安心で満ち足りていたら、それが素の状態であるなら、自信が無いのが普通かも。。。」とか。
現状の自分の心の状態とか、そこから見えてくる「自分の考え」とか、なにかヒントをもらえた気がする。

「人間の考えを知る」が深まるには? という問いに、「探究するにはそういう場、人が必要かな」というのも出た。

「知る」に終わりはないなー。
日々知っていくだけ。
楽しく、朗らかに。
知った分だけまたさらに、豊かな世界が広がってゆくな。
「自分を知る」日々を満喫していきたい。(男性40代)
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自分を知るためのコース | comments (0) |16:49

ありのままの自分を受け容れ、そのまま観ていくと、底にある素直な心に出会います

内観では、ありのままの自分を客観的に観る、ということをします。
じっくり観て、観る力がついてくると、自分の中にある固定した考えやフィクションによって縛られている自分自身が観え始め、実際の世界へと目が向き始めます。
自分が今生きている実際を知り、実際に受けてきたものによって、満たされて生きていることを知ることで、自身の中にある縛りの考え方から解放されて、事実・実際の理に適った暮らしに向かって歩み始めるのです。

先日開催された内観コースの、参加者の感想文を一部ですが紹介します。

以下のページから「内観コース」の案内が読めます。
http://www.scienz-school.org/hp/naikan.html
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◆客観的にそのまま観ることから、素直な自分へ
内観の部屋は凛として清らかな空気がある。
夜もぐっすり寝た。
何かに包まれているような睡眠だった。
法座の中は母の胎内にいるような感じだったり、空の上を飛び回る感じだったり、夜の空もあったような…非日常の空間旅行だった。

内観の途中でスタッフさんが言った。
「客観的に観ることは、その時をそのまま、その状況も含めて観てあげる」まだ意識が邪魔をしてうまくいかない。
間脳を揺るがすような体験をしたい。(女性60代)



◆感情がそのまま見え始めると、「事実・実際」の豊かな世界が見えてくる
内観やれてよかったな。
ただそのままみる。 
否定も肯定もしないで。 
そこは意識したかな。
この1週間、その練習をしてた感じかな。
嫌だったこと、つらかったことはその時起きた感情、その記憶ばかりをずっともって、
実際のその時、どんなことをしてもらっていたのか、その時の自分・・・・
(女性30代)



◆安心を受けている、計り知れない心の満足!
父、母
帰る場所、戻れる場所、甘えられる、理屈では推し量れない何かをもらってきたのだなと感じた
印象に残ったのは父と過ごした記憶、憧れや安心を抱いているような、父といる時はお金のことや後先の事を一切心配していない自分がいるなと思った(男性30代)



◆ありのままを見て、自分をそのまま認められる、楽で健康なこころ
事実私を、ありのままに見るだけで、幸せになります。
モノゴトをありのまま見えたら、その人の人生はそれだけで幸せになります。
内観しながら、表面的なことしか見えてない、あまりうまくできないと、そわそわ、時にはイライラ。
面白く内観できたらいいねとスタッフさんが話してくれて、はっとした。
できない自分がダメ、ちゃんとやらないとと、がんばろうとする自分が見えてきた。
この人生、「やめたい」「いやだ」の言えない連続だった。(全く言えなかったわけじゃなかった)
我慢の練習をたくさんしてきた。(男性20代)
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◆「やってもらっている」ことをそのまま観ると、相手の心に気持ちが向いていく
これまでの自分の人生を、サラッと思い返すだけでも、「自分はほんとに沢山してもらってきた」「子どもの頃から可愛がってもらってばかり、大人になってもいつもしてもらってばかり」と思っていた。と思う。

改めて、私がやりたいという事をやらせてもらって、やってほしいという事をやってもらって、これが欲しいというものを買ってもらってきたんだなぁ、と。
わりと大人しく、あまり親を困らせず、自分てそんな子どもだった、そんな風に思ってたかな。
いやいや、結構、我がままにやらせてもらってきたんだなぁ、と感じた。

母や姉に対して、
とにかく、気持ちも物も沢山に注いでもらってきたという感覚。
「やってあげたい」というのを感じながら、きたように思う。
私の中で、「やってもらって、やってもらってばっかり」というのがどうなってたかな? とちょっと思った。
母や姉の、何がそうさせるのか? 相手の心の方に気持ちが向く。
いつも私を思ってくれている。

今回の内観を通して、「みんなの気持ちを受けて育ってきたんだなぁ」と今までと違った視点で捉えられた感じがする。

人の「やってあげたい」の気持ち(心の方)を見れたら、どんな風に応えて来れたのだろう、と思った。(女性30代)
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内観コース | comments (0) |21:01

「一つ」の世界、繋がりながら引き継がれていく、「健康な社会」を探る

誰もが人間らしく生きられる方式 = サイエンズメソッドを使って、「理」に適った「一つ」の社会の解明と、自分の中にある「一つ」の性質の理解を深めます。
アズワンネットワーク鈴鹿コミュニティの実践例、「一つ」の世界実現の実態にも触れながら、探究を深めていきます。
健康な社会、「一つ」の世界への道のりを知り、各地域で「一つ」の社会づくりを進めていける一人ひとりになっていきます。

先日開催された、サイエンズスクールの、「一つ」を実現するためのコース、参加者の感想文を一部ですが紹介します。
IMG_20200502_102641.jpg◆悪感情が出る不健康な状態から、「自覚」のある健康な心の状態へ歩みを進めていく!
一つを実現するためのコースに行ってきた。
色々思ったり、改めて'こういうことかな'と考えたりしたことはいっぱいあったけれど、今実質残っているのは、'心の状態はどうかという観点'かな。

直接見えないもの、心の健康度
現れない心の健康を知ろうとする
現れてない(気づいてない)心の不健康を知ろうとする

***
固定や隔てのないのが当然 • 普通 • 健康 • 理に適った姿

何でも頭で分かったとなりやすい自分の姿が見えてきた感じがする。
実際の自分の心の状態はどうかという観点があったのかな。
この頃あまり見ようとしてなかったなあ。
あまりにも知らないのだな。
何に向かっているか、頭ばかりなんだなあ。

先ずは、自分の心の不健康さを自覚していくことから真剣にやっていきたい。
自分の内面から出てくる悪感情に気づいているか気づいてないかと関係なく、これがあるかぎり、どこで誰とやっても何やっているか分からなくなるようなものかな。

自覚とはなんだろう。
知ったつもりになってたところから、先ず一歩、踏み出してみたい。(女性30代)



「一つ」の社会に委ねて生きる、主体的な人生へ
ひとつの社会   次の社会。
これからのこととか、徐々になっていく、とか。
そんな風に捉えていたな。
別々に捉えている自分だったな。
スタート=目的に立っている人がいて、既に具体的に活動している。

社会に愛されていることを実感する。

今までは、みてもらっている。 そんな感じかな。
これからは、主体的に、わたしをみてくださ~い。 と、委ねていきたいな。
そこからやっていきたいな。(女性40代)img2300_6_n.jpg◆「一つ」の社会の根幹「親の愛」を受ける私から、「親の愛に生きる」私へ、心の景色が変わった!
コースの中で、鈴鹿コミュニティの19年の道のりの映像? を見せてもらった。
そこには、何があっても決して崩れない揺るがない人たちの姿、何よりも、健康な心の状態になり合うことを大切にしてきた人たちの姿があった。
やってみては白紙に戻し、やっては戻し、一歩一歩、本来に向かおうとしてきた人たちの姿があった。
鈴鹿に越してきてからの5年が、頭の中を駆け巡った。

これまでは、有り難いなとか嬉しいなとか、自分よりの捉え方でしか見えていなかったのが、あー、そこには親の愛、社会の愛があったのか! と、わたしの体中を愛が流れた。
いつもいつも、わたしが感じようが感じまいが、親の愛を受けていたことを知った。

心の状態が健康になるように、誰もが本来の姿で生きられるように、simpleで、easyで、kind な社会を実現しようとしていることを知りなおした、、、いや、初めて知ったような感じもある。

JOYの使い方やJOY食堂のことなどで、これまで、モヤッとしていたものも溶けて消えた。
自分には、枝葉しか見えていなかった。
木には根がある事を忘れていた。
親には愛しかない。
わたしの心の景色が変わった。(女性60代)
「一つ」を実現するためのコース | comments (0) |07:38

「そのまま観る」ことから、軽くて明るい人、健康な人へ

素直な自分・明るく軽い心・健康な人へ、こころの成長は、受けている愛情がハッキリ見えてくるところからはじまります。
自分を見る、家族を見る、社会を見る、実際の世界を「そのまま観る」と、ありのままの心の世界が自分の中に広がります。
心の底で人と繋がり、こころ豊かな人へ成長していきます。

3月29日から開催された「内観コース」参加者の感想を紹介します。

以下のページから「内観コース」の案内が読めます。
http://www.scienz-school.org/hp/naikan.html
img1856_DSCF5228.jpg◆受けた愛情を「知る」ことは、愛情深い・健康な自分を知っていく道
参加動機は、本来の人間らしい 健康(健康的な内面)になりたい!
そのためには、自分の不健康な状態を知りたい、それを改善したい、といったことであった。

内観をする事で、実際は何をしてもたったか(実際を知る)
自分の過去の記憶を具体的に映像で思い出すことがいかに、大事かを知る

そして、当然としていたこと、親だから当たり前としていた事、一つ、一つ知る
両親から受けた愛情を知る 
鮮明に知る事が、自分の今後の人生に
とっても大事になることと 感じて・・・・(男性50代) 


◆「そのまま観る」力を育てることは、受けている愛情を捉えられることに繋がる
あっと言う間の一週間でした。
内観というと、禅寺へ修行に入るような感じを持っていましたので、多少緊張していたのですが、思ったよりリラックスして座ることが出来ました。
また、法座の設えは記憶を呼び戻すに適した空間だと思います。

最初は雑念が多く、あれこれと考えすぎたようで、記憶のあいまいさがそのまま報告の説明的な言葉に出たように思います。
次第に記憶の断片が動き出し、お互いに連鎖反応を起こし、新たな記憶を呼び覚ますといった感じで、繋がったり切れたり結び直したり、徐々に鮮明になっていくのには少なからず驚きを覚えました。

朧気だった記憶が、周辺までピントが合い、色や形まで鮮明になって動き出し次々と繋がったり・・・・・
何となく過ごした時のことが、意識を集中することで思い出せたり、すごく印象に残っていることを核にして周辺の事が引きずられて思い出せたり、父の時に母の事を思い出せたりと、面白い体験でした。

母や父にしてもらったことの多さを、改めて明確に調べる事ができました。

これまでなんとなく感じていたことより、遥かに多くの事をしてもらっていたことが分かり、改めて感謝の思いを深くしています。(男性70代)
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内観コース | comments (0) |08:17

地球の上に、一つの世界を生きる・人としての人生を探る!

繋がりなく、個別で存在しているものは、ひとつも・どこにもない。
変化の中で、人としての成長を歩んでいく。
家庭をもち社会をつくり、子供を育てながら、幸福な人生を生きたいと暮らしている。
人と社会の本質を探っていくと、人としての無理のない自然な姿が鮮明になっていき、事実・実際の理に適った健康な社会を作る方向へと進んでいく。
サイエンズメソッドを使っての探求機会。
3月22日から開催された「人生を知るためのコース」参加者の感想を紹介します。
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以下のページから「人生を知るためのコース」の案内が読めます。
http://www.scienz-school.org/hp/jinseiwoshiru.html
img1392_NCM_2676-1.jpg◆親や社会から注がれ続ける愛情、満たされながら健康に育つ
受けてきた、
愛されてきた、
生かされている、今の私がいる。

じんわりと広がっていく実際の世界、そこに見えてくる一つのもの。
個々別々の観方で見えづらくなっていて、知らないだけかぁ。
もともと安心。もともと豊か。

私が願っているから私の願い? そう思った時からそうなのか?
ずっと前から受け継がれ、みんなの中にも私の中にも流れているもの。
願いは一つ。もともと一つ。

私の人生は、何をやろうとしている人生かな?
正常な方向へ、健康な人の姿を創造しながら成り合っていく、そんな感じがする。

まずは、日常の自分がどうなっているか、観察。
事実、実際は?
その連続・・・かな。

追記
あるものがあるだけ見える(そう感じられる)、そんな心の状態ってこの上なく豊かなかんじだな。(女性30代)
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◆身を守る思考が、実際の豊かな世界を知っていくことで、心と心の繋がりを求めだす
現状は分離ベース。
安心しようとして守る。 責める。 将来のイメージも不安を無くそうと今をどうする、こうするとする、お金や、約束、に執着する。
スローガンや行動を変えても自己の欲求や、身近なひとへの執着に固まって対立する。
そうゆう状態がどうなっているのか知らない状態。

実際を重視する
その観点で生命、人を知ろうとすると、人も社会もあるもので満たされ、受けて受けて生きている。
元々安心の世界で生きているのかな。

実際にあるものと、そこに至るまでにある行為を、知ろうとする。
計り知れない行為の表われを受けて、受け続けて、自然の理に適って生かされている実際。
自分が、過去から現在、実際の世界の恩恵を知れば知るほど繋がりの実際を感じる。
心と心の繋がりって、、どうなっているのかな、、(女性60代)
images.jpg◆すべてのものと繋がっている「一つ」の世界の探究
自分の責任。 自分のせいだ。 自分で何とかしなければならない。
人をいやな気持ちにさせてはいけない。
表面の現われでしかないものだな。
人やこの世界とつながっているのはそこじゃないな。

体は一つ。
水は一つ。
生命は一つ。
地球は一つ。
面白いな。
あるもの全部と繋がっていてずーっと循環しているんだな。
誰や何が、私の中にいる・あるんだろう?
どんな歴史を抱えているんだろう?
一つの中の現われとしてすごく小さな存在だな、私って。
けど小さくても大きいな。
一つの、たくさんの現われの一つ。
この世に一度しかない現われ。

自分を観てもらって、ひたすら受けて自分らしくのびのびと成長して行きたい。
知らない間に自分も与え、愛が、すらすらと流れて循環する自然の状態に戻りたい。
心同士で繋がりたい。
世界と溶け合いたい。(女性20代)
人生を知るためのコース | comments (0) |13:43

自分を知るためのコース 参加者の声から〜自分の認識の実態を探り、本質を知れる頭に

自分を知らずに、自分らしく生きることは出来ないでしょう。
では自分を知っていくとは、どういうことでしょうか?

安心できる環境の中で、何でも出し合いながら、一人ひとり気持ちや本心を探り合っていきます。
すると、一人では気づかなかった、気持ちや本心に出会います。
気づくことで、心の奥へと深まりが進んでいきます。
安心が、柔軟なこころに成り合う場を作っていくと、一人ひとり、仲良く暮らす快適な世界が鮮明になってくるのです。

2月16日~開催された「自分を知るためのコース」参加者の感想を紹介します。

以下のページから「自分を知るためのコース」の案内が読めます。
http://www.scienz-school.org/hp/jibunwoshiru.html
20170520063938海.jpg◆人生・無自覚のスタートから、自覚を通して、豊かな人格へ進む
自分も人間も何かを知らずに、人生がスタートしているという矛盾というかチャレンジというか面白さに、人類の歴史のからくりを自分の脳を通して明らかになっていくという、とても不思議な体験の1週間でした。

それにしても、1週間のコースのゆるゆると進むながらに、中身が濃くて、終わってみると長いようで短いことに驚かされました。

人格形成ということは、まったく観点になかったです。
それに「世界・社会・人生を知る」という重要な要素が欠落しがちでした。
これからサイエンズメソッドで探求を深めて行けること、そのスタート地点に立てたことが素直にうれしいです。
自分の認識に自覚的である=日常を探究の場にしていきつつ、一つ一つのコースを進んでいけるワクワクを丁寧に進んで、社会や地球にお役にたてる人格者になっていきたいです。(女性40代)



◆心の蓋をあける「本当はどうか?」、本心を生きる道を開ける!
5歳の頃、叔母に預けられたことがあった。
その頃を内観で調べたとき、叔母に良い子だと思われたくて一生懸命になっている自分は見えたけど、「寂しい」という気持ちが全然見えなかったのにはビックリした!
5歳の子供が母親と離れて寂しくないはずがないのにと!!
そして、そこに蓋をしていた自分に気付いた時は、すごくショックだった。
たぶん、そこがいつも自分が反応するときに触れる「何か」の「源」になっているのかもしれない。

知るためのコースでは、どこまでいっても、人間の考え、自分の捉えたことの領域にから出ることはできないけど、それを自覚することで、「本当はどうか?」と、事実実際に近づいていける。

ザワッとした反応も、自分の奥底にある「寂しがっている自分」を守っている反応かもしれないけど、それもすべて自分で捉えて、自分で作っている反応。
だから、そこに気付いていくだけで、また反応も違ってくるだろうし、「本当はどうか」に少しづつ少しづつ関心が向かっていけるようになってくのだと思う。(女性50代)86937137_2918609461492910_1347221478570983424_o.jpg◆決めつけの考えが、自分の思考や行動を縛る、解放へ「実際は? どうか?」
今回の自分を知るためのコースでは、たくさんの角度から人間の考えを探究した。
ひとつひとつの課題を考えることがとても奥深く、日頃深く考えることのないテーマに取り組むことができた。

日ごとに、私の中の強烈な思い込みや決めつけがあらわになって、正直恥ずかしい気持ちになった。
自分のドロドロした部分をみんなの前で発表することになったためだが、しかし今現在の自分の状態なので仕方ないと思った。

「事実、実際はどうなのか?」
感情の波(反応)に巻き込まれる前に、一瞬の隙間を作る必要があるのだが、その時の魔法の言葉が「事実、実際はどうなのか?」だと思った。

インプット→自分独自の回路→アウトプットの一連の流れがあることを知り、そのままではただ惰性に流されていくだけ、ということも理解した。(女性50代)
自分を知るためのコース | comments (0) |08:07

思いだしながら、自分をそのまま観る!

子どもの頃から順番に、思いだし、そのまま見ていくと、硬くなっている記憶が緩くなり、解け始める。
健康な記憶へと変化する。
そのままの自分を認め、周りの人へと心が動き出す。
柔軟なこころになって、幸福な暮らしへ向かっていきます。

2月2日~開催された「内観コース」の参加者の感想の一部を紹介します。
以下のページから「内観コース」の案内が読めます。
http://www.scienz-school.org/hp/naikan.html
87299407_2872053306217721_1463818656562544640_nyosioka.jpg◆母・父・兄、観ていくと、記憶が健康を取り戻す
約1年ぶりに内観コースに参加した。
前回受けた衝撃の記憶も遠い昔の話しのようだ。
今回も同じく母に対する自分を調べるところからスタートした。
そして新たに”兄”に対しても調べてみた。

今回初登場の”兄”とのことを調べていくと、途中で感情が出てきてしまい、腹が立って仕方なく、内観にならない時があった。
観察に徹しようと試み、何とか戻っては来れたけれど、相当根深き感じがした。
もちろん、兄にも事実・実際があるわけで、私の中で勝手に「お兄ちゃんはこういう人だ!」と決めつけたきっかけが見えた気がした。
これから疎遠になっていた兄と接する機会も増えるので、しっかり向き合っていきたいと思う。

私の周りでは色んな事が起こり、色んな情報が御構い無しに飛び込んでくる。
それらに翻弄され、流されていく感覚があったのだけど、
でもそんな時こそ、そこに嘘やごまかしがないだろうか?
本心はどう?と問うていきたい。

流されない(ごまかさない)ためにも、一本の大きな樹木のようにどっしりと大地に根を張りただそこに在るだけの私でいたい。(女性50代)



◆母の愛・父の愛、そのまま観えることが、家族愛を大きく広げる
学校から帰ってお母さんの働く窓口に「ただいま~」ってドアを開ける瞬間、中学校からはお父さんが途中まで車で迎えに来てくれて「ただいま~」と言いながら車に乗り込む瞬間、とても嬉しかった。
毎日お父さんとお母さんに会うのが楽しみだったんだな。

お父さんの人生、お母さんの人生、そこから見る私。
二人の人生の中でどれだけ私に時間を費やしてくれただろう、どれだけの愛情を注いでくれただろう。

本当によく怒って泣いてお父さんとお母さんを責めた。
こんなに身体が丈夫で病気もせずに元気でいられる事だけで十分だと2人はよく言った。
本当にそれだけで良かったんだと思う。
私が高校行って勉強はほとんどせずに部活と遊びだけで3年間過ごしてもそんな高校生活良いねと言っていた。

学校生活、職場、それ以外の場面でも、たくさんの人が周りにいた。
人の中で育ってきた。
人の愛情の中で育ってきたように思う。
今度は私が人に対して愛情の溢れる人になりたい。(女性20代)
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内観コース | comments (0) |08:18