サイエンズスクールこの一年を振り返る

今年もたくさんの人に、人としての成長の場、人間・社会について学ぶ場として、全国各地、また世界各地から、サイエンズスクールを活用してもらいました。サイエンズスクールにとっても一回り大きく成長することのできた一年となりました。



「サイエンズセミナー」(来年1月からは「アズワンセミナー」に名称変更)9回開催

今年は2月、3月(2回)、5月、6月、7月、8月、9月、11月の9回、「サイエンズセミナー」を開催し、合計52名の参加者がありました。昨年は、48名でしたので、少し増えました。

来年からは、名称が「アズワンセミナー」に変わります。

より多くの人に、本当の自分を知り、本当の生き方を実現していく出発点としてのアズワンセミナーを活用してもらい、ともに協力していけたらと思っています。

サイエンズスクールとしても、セミナーがより内容の充実したものとなるよう、研究・開発を進めていきます。

7月セミナー3

(7月サイエンズセミナーより)



サイエンズスクール鈴鹿第2研修所オープン(2月)

三重県鈴鹿市、鈴鹿ハイツの第一研修所の2軒隣にある民家をお借りし、サイエンズスクール鈴鹿第2研修所として使わせてもらえることになりました。これにより、一度に2~3コースを同時に開催することが可能になりました。

閑静な住宅街の一角にあって、またさらに落ち着いた雰囲気の建物で、集中して自分に向き合うことができそうです。

外観4

(サイエンズスクール鈴鹿第2研修所外観)



「サイエンズを知るためのコース」 始まる(5月)

新しいコースが始まりました。

何のために「サイエンズ」をやるのか。目的を知らないままに、いろんなコースに何度参加しても、あまり意味がありません。

目的をハッキリ知るためのコースです。



サイエンズ留学生が、増えてきました

サイエンズについて、もっと知りたい。もっと理解を深めたい。集中的に学びたい。

そんな人たちが、各地から「サイエンズ留学生」として、アズワン鈴鹿コミュニティでの暮らしを体験しながら、サイエンズスクールを利用しながら、またサイエンズ研究所主催のゼミに参加したりしながら、精力的に学んでいます。

自分の状態に合わせて、サイエンズスクールのコースに参加し、またコースの内容を日常の暮らしの中で実践していく。

サイエンズが暮らしや産業に直接根付いているアズワン鈴鹿コミュニティならではの、効果的な学びを体感しています。

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(サイエンズ留学生たち)



来年3月「アズワンセミナー in 沖縄」開催決定

「ぜひ沖縄で、セミナーをやりたい!」という強い要望があり、開催が決まりました。

日本では、三重県鈴鹿以外の場所で、初めてのコース開催となります。

まだまだ参加者募集中ですので、参加を考えておられる方は、ご連絡ください。

沖縄を皮切りに、日本全国各地でのアズワンセミナー開催が実現していきそうです。



世界各地に、サイエンズスクールを

今年は、韓国の「サイエンズスクールKOREA」では、「サイエンズセミナー」を2回、「自分を知るためのコース」を2回開催しました。韓国でも、社会や人間関係について見直し、サイエンズを学んでいきたいという人たちが増えています。

また、地球の裏側ブラジルでも、サイエンズスクールをやりたいという人たちが、何人か動き始めています。



これを機に、サイエンズスクール鈴鹿も、名称を「サイエンズスクールJAPAN」に変更し、

これまで以上に、”争いのない幸せな世界の実現”を目的とするアズワンネットワーク活動の一環としてのサイエンズスクールを世界中の人の意欲あるたちに使ってもらえるものとして、環境の整備を進めていきたいと考えています。



(文:サイエンズスクールJAPAN事務局 福田博也)
その他 | comments (0) |11:41

わたしらしく生きられるために ~ アズワンセミナー ~

「こんな自分になりたい」とか「こんな社会になったらいいなあ」とか、

希望や理想がありませんか?

でもどこかで、「いくら願っても、今の世の中、実現できるわけないよなあ」と、

諦めていませんか?

わたしらしく生きるために、まず、「自分」ってなに?「人間」ってなに?

「人」と「社会」はどうなっている? ゼロから、探究してみましょう。

私の、本当の願いは・・・。

11月に開催した「サイエンズセミナー」に参加した方の感想を紹介します。



尚、セミナーの名称、次回から「アズワンセミナー」となります!

アズワン(as one)とは、「一つの世界」を意味しています。

ジョン・レノンの名曲 ”イマジン”の中で、”The World will be as one”

(だって元々僕らは「一つの世界」に生きてるんだから)と歌われている”アズワン”です。



知性を使い探究すると、何か知らないうちに姿勢が変わるような感覚があって、心も変わってくるような。

前よりはラクに、疲れずに、自分や周囲とかかわれば、活動がより持続可能で楽しいものになるだろう。

ヨガをしながら呼吸を観察するように、自分や人や社会を観察し、それらがより本来のあり方をとりもどしていくプロセスと共にあれたらと思う。(50代女性)


腹が立つについて、イラっとする中身は、その対象にはなく、自分のこうしたいという思いに気付く。

話すべき所が、こうしたいと思って相手にぶつけたものの正体に気付き、これじゃ、いつまでもイラっとするという事を発見し、驚く。

相手にこうしたいと言っていた事が実は違った。本当に腹が立ったとき、向けている場所が違う事。自分の中の思いに気付く。

ものすごく相手を思っているじゃん。そっちを伝える方が良い。

「自分とは、」という問い、とても良かった。

自分は自分で良いんだ。と思う。

そして相手の怒りにも本当は、その人の大切な思いがあるのだろう。

そして思い込みや嫌な思い出、消化出来ない気持ちがあるのだろうと思うと自分も胸が痛くなる。その人の為に何かしてあげたいと思う。

それが僕の正直な気持ちなのだろう。

人が持っている気持ち、当たり前、なのだと思う。

自分、劣等感、優越感、悪意、ものすごく強いネガテェブな感情、その正体が分からず、自分が怖くてしかた無かった。でもそれ、恐怖心からきてた、これも向ける対象を間違えてた。

自分の中にあったのだ。本当は無いのだ。

安心、安全、大丈夫なのだと自分に言ってあげた。もういいよって。(20代男性)


「その問題はその人に起こったことだから、私には関係ない」と思うのと、「その問題を解決できるのはその人だけだし、その人がどうやっていきたいかは、その人次第だから、見守ろう。(もしできることがあるならやるけど)」と思うのは、行動自体、「特に何もしていない」けれど全然違うものだなと思いました。

見守られている安心感、何でも言い合えるような関係性、改めて大事だと思いました。

僕も地域でコミュニティ作りやイベント事業などをしたり、しようとしている中で、大事なのは、「何をするか」「内容がどうか」以前に、やろうとしているもの同士で「本当に親しい関係性」を築けているかなのだと深く思いました。(30代男性)
アズワンセミナー | comments (0) |11:50

心の声を聴こう ~内観コース~

自分を見つめる時間を持ちたいと思っていませんか?

自分の<気持ち><心>を忘れていませんか?

静かな、ゆったりとした空間に身を置いてみると・・・

自分のこれまでの人生、どのように見えるでしょう。

自分の成り立ちが見えてくると、視点が広がり、心が軽くなるようです。

今回は、10月「内観コース」に参加した人の感想の一部を、紹介します。



前回に比べて過去をより詳細に思い出せていた。

幼い自分がそこに立って、歩き、視点を様々な人や場所に移していくことで、「ああ、そういえばこの人がいた、この場所はこうなっていた。」と思い出していき、それにまつわるエピソードが繋がっていく。それだけでも楽しかった。

さらにその頃の自分の感覚、無邪気に何か面白いものを探して、赴くままに思いっきり遊ぶ。ただただ人と笑いあって楽しく過ごしたいという感覚が思い出され、懐かしくて嬉しくて、涙が出てきた。今の自分には忘れ去られ、無くなってしまったのかと思っていたものが、こうして思い出せる。忘れていただけでまだ失ってはいないと思えた。

過去の記憶は現在の認識、言葉の成り立ちに大きく関係していると思う。過去に思い出される情景は、そのまま現在の周囲の環境の認識に繋がっている。なので過去の記憶を詳細に思い出していくということは、現在自分が捉えている世界を知っていくということと同じような感じがする。

ただ観るだけでいい。

これはこうだから良い、悪い。あの時はもっとこうしておけば良かった。あの人は嫌いだ。

人や事柄に対して、自分の中で既に意味づけされているものがある。また、思い出した記憶にすぐに意味をつけたがる自分がいる。「ああ、そういえばあの人はこんな事をした。だからあの人はこういう人なんだ。」思考を巡らして色んな解釈をしたがる自分がいる。

でもそれは、あんまりしなくてもよいのではないだろうか。

それは自分の中の自然な部分というか、自動的に出てくる部分がやってくれる。

(20代男性)



父と母がけっして楽ではない、仕事を続けながら(幾つか転職もくり返し)私と妹に、食事をさせ、おそろいの洋服を着せ、欲しいものを与えて、新しい家に住まわせ、大学までいかせてくれたこと。

それは、今まで親として“あたりまえ”と思っていた私でしたが、内観を続けていくうちに、そらがどれだけ大変なことだったかに、気づかされ、涙がとまりませんでした。

父の人生、母の人生にこれほど思いをはせたことは、今までまったくなかったと思います。

自分の人生をふり返ったとき、幼少期や小中高時代のトラウマとなるような場面(自分の記憶)が、いくつかありました。

人生につまづいた時には、その記憶を思い出し、「あの時、私は父や母から傷つけられた!」と人生がうまくいかないことを、親のせいのように思っていたこともあります。

今回の内観で、ずっとひきずっていた幼少期のトラウマが、ことごとく反転していきました。

自分劇場でトラウマだと捉えていたことが、対等に観ていく中で、その時の母の状況、父の気持ち。記憶に表れた細やかな場面など、違う視点で、観えるようになり、「あ~、わたしの勝手な思いこみにすぎなかったんだ」

「あの言葉は、本心ではなかったかもしれない」

「父も大変な状況だったよな・・・。今私がその立場だったら同じこと言っただろうなぁ」とか。

こんな風にそのときの場面を思い返して観ていくことで、トラウマだと思っていたものは、トラウマでは無くなり、逆に両親に聴いてみたいこと、そのころの両親と話してみたいことに変わっていきました。

とても貴重な体験でした。(50代女性)
内観コース | comments (0) |09:21

「人生を科学する」

「人生」というと、それぞれの生き方の話しにもなりますが、そのまえに、そもそも「人とは何か?」「人の一生とはどういうものか?」と、人の内面的成長に焦点を当ててみると・・・

人として誕生し、親や周りの人達の何を吸収して、育つのでしょう?

人としての成長とは、どういうことでしょう?

9/25~「人生を知るためのコース」に参加した人の感想の一部を紹介します。



とても強く残っているのは、「生きる」にしろ「自分」にしろ「心」にしろ、自分がどういう捉え方をしているか、が、とても大きいという事。

自分の捉え方、見方を実際だと思い込み、それによる心の状態で自分自身や、人、人生をとても狭く、貧しいものにしている自分に気づいた。

実際の人間、その人間性による知性の働きなど忘れては、すべて物事は分かる、捉えられるというベースの考えがとても強く自分の中にあるな、と思った。

日々、常に何かをしている、その元には何があるんだろう、何か欲求を満たそうとしているのかな。

その欲求も、でたらめにあるのではなく、何か方向のようなものがあるのだろうか。

その先にあるものが、自分の人生の目的なんだろうか。

まだまだ、サッパリわからない「目的を知るが目的」のような感じだが、実際はどうだろう?

自分の本心は、目的はどうだろう? と、知性を働かせて生きたいと思う。(20代男性)



人とはどういうものか?心と知性がある。心は人の本体ではないか。生まれた時は、心になる芽が備わっていて、生まれてきた環境、母、父、家族などの愛情を受けて、受けて、芽が開き、心として成長していくのかなというイメージ。心には形はなくて、目に見えないもの。心って見えないし、わからないけど、自分を見ても、あるような感じがする。気持ちとか、欲求、などの見えるもの感じれるものの元のもの。心の状態はどうなっているのだろうか?見えるようになりたい。

人の豊かさとは?心が豊かというと、お母さんのような心ではないかなと思う。子供に無条件に与えるだけで、与えることで自分自身が豊かになる。赤ちゃんや小さい子供は与えられて、守られて育っていく。お乳を飲みたい赤ちゃんの欲求と、赤ちゃんが飲みたい時に乳がはり、飲んでもらって嬉しい母子の関係がある。子供がもっと食べたいと要求すると、自分の分がなくなっても、食べさせたいと思う親心があるなあと思う。

人の成長とは?

人の特徴は、知性と心

素直な欲求が満たされて、心が安心満足

真理、事実実際とはどういうものかを知りたくなり、知っていく。

自分の成り立ちを知って、自分や自分の周りのものの存在する背景を知っていくことで、捉え方が理に沿ったものになり、心も豊かに成長していくのではないか。(60代女性)



この7日間、5人の仲間とともに、自分を見、人について、人生について、知性を働かせ、考えてきた。その間、心の中に生命エネルギーがゆったり流れ、満ち満ちてくるように感じた。ともに探り求めながら、一人一人の中で何かが動き流れ、その流れが互いの間を行き来しているようで、何だか、ひとつの大きな生命の流れを感じるようだった。



★ 地球-生命-人類-私 … すべては“ひとつ”

雨・川・海・蒸気と形や場所、あらわれは変化するが、水は水(H2O)で元は同じひとつのもの。原子レベルで見れば、水も空気も大地も植物も動物も物も人も、あらゆるものは原子の集まりで、その集まり方が違うだけですべてのおおもとは原子。

生命体は、H・N・C・Oの4元素が集まりまた散っていくあらわれ。生命を生み出す生命エネルギーの大きな流れの中で、この4元素は集合離散し、生命は誕生-死を繰り返している。

人はみな、同じ元素を持つ地球上に生きる人間同士、元はひとつ、であり、またその一人一人は固有の個性を持った異なる存在でもある。



★ 人って、何だろう?

人は、人の中で生まれ・育ち・生きることで“人”となることができ、一人では“人”になれない。周囲の人々や環境から何かを得(糧)、また何かを与える(影響)、このやり取りのなかで変化し成長していく。(60代女性)
人生を知るためのコース | comments (0) |14:29

自分らしく生きているだろうか?

「サイエンズセミナー」は、自分を知り、人と社会を学ぶセミナーです。

「こんな人になりたいな~」「こんな社会になったらいいなあ~」など、誰の心のうちにも希望や理想があるでしょう。

でも、いつからか、「自分には無理」とか、「世の中はこんなものだ」と、諦めてしまっていませんか?いや、ほんとうに忘れてしまったのでしょうか?

自分らしく生きるための人生が、そして、誰でもが自分らしく生きられる社会が、良いと思いませんか?



9月に開催したサイエンズセミナー参加の方の感想の中の一部を紹介します。

次回は、11/19~24で、開催。参加申し込み受付中です。



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周りの環境、住んでいる社会、人の気風、自然等、自分をとりまく要素もとっても大切。

密接に結びついている。

親しい間柄というのがベースにあれば、より、調べやすいし、楽だし、早いし、楽しい。



何が、ホントの自分かわからないけど、ホントの本当を探しながら、そのプロセスで、自分を知っていくって楽しい。

とまらないでいるのがワクワクするなぁ・・・と感じている。(50代女性)



色んな理由や、説明、解釈など、自分自分の振るまいや、感情、行動、気持ちはあるが、その向こう側、それがやってきている所に何があるのか?

起こっているのか?

その源泉に近づくことが、自分の生きやすさに近づいていくことでもあるのかな?

ただ、それは自分一人では難しい気がする。

生まれてからここまで、多くの人々の心や意識の関りによって、自分の心がそのようになってきたように、そこへ戻っていくことも、また、多くの人々の心や意識の関わり合いによって可能になる気がする。(30代男性)



「ひとがその人らしく生きること」

このテーマをまずは自分がそう生きることが初めのステップ。

そしてそれには、共通の願いをもつ人たちのコミュニティという環境が必要だと感じました。

いつの日か、この日本が「その人らしく生きる人」ばかりで溢れ、そのことが当たり前になり、心に鎧を被ることがむしろはずかしく感じる。

そんな社会が近く実現するように思います。(40代女性)
アズワンセミナー | comments (0) |08:16

なぜ?自分の感覚、考えを主張し合うのだろう。

リンゴを食べて甘いと感じたら、「リンゴが甘い」と言えるでしょうか?

脳科学が進歩し、「物事の認識は個々の脳の中の作用」と、認識のメカニズムは、解明されてきました。が、日常では、自分が捉えたものを事実であるかのようにして、平然と、人に押し付けたり、人を裁いていることが多いのは、なぜ?でしょう。

9月「自分を知るためのコース」参加者の感想をどうぞ。



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言葉として「おいしい」「同じ感覚」でも、よくよく調べてみると違うのは、自分の中で発見だった。足りない、出来ない、行けないで悩む事が多かったからこの辺は今後考えてみたい。

「実際と自分の考えを区別して実際と自分の感覚を比較して考える」

「事実化」はおもしろそうなのでどうゆう事か考えてみたい。(30代男性)



自分が見たり聞いたりした事、自分の感覚で捉えた事が、「事実そう」になっていて、自分の頭の中で創り上げた人や事柄に反応していたんだなぁ。

「私は今、どうしたいのかなぁ、それは私の感覚であって、相手は別」と思っていても、自分の正しいとした上で、人の事を見ているので、事実・実際など「どうなんだろう?」と考える余地もない。(20代女性)



それぞれ一人一人の中の「分かった、知っている」が「決めつけ」となって事実として捉えられているから、正しい・正しくないとかなってしまうのだけど、それはどうしてそうなってしまうのか?

「自覚がないから」と言ってしまえば簡単だけれども、生まれてこのかた、そのような人間に囲まれ、環境に育ったのだから根は深いような気もする。

その都度その都度、丁寧な観察をして、自覚していくしかないだろう。(40代男性)



自分の感覚や思考を意識化,自覚化していきながら自分を知ることは,同時に他者を知ることにもつながる。こういうことができる者同士が話し合いをすれば,それは,感情や固有の価値観に縛られずに,相手を尊重しながら,冷静かつ有意なものになるのだろうと思う。そして,このようなことが広がっていけば,平和な社会,世界につながっていくとも思える。

人間の本質とは何か,理にかなった暮らしとはどういうものなのか,という思考にも少し進んだ。それは既に答えのある世界ではなく,答えを探求し続けるものであるということも目からうろこであった。(40代男性)



「人間の考え」と「事実、実際」

「人間の考え」はどこまでいっても「人間の考え」なのだなと。

「事実、実際」は原点?といったところか。

「事実、実際」と言っているのも人間。

張り合って、決め合って仲たがいしていきたいのか。

言い合って、聴き合って調べ合いたいのか。

言葉の前にある中身か、言葉巧みになりたいのか。

何のため?何故?それをするのか、何かそこを問われているような‥

人間の考え、自分の考えを自覚する。と、その先に何が現れてくるのか・・・。(20代男性)
自分を知るためのコース | comments (0) |18:14

「自覚」、自分を見つめ知ること

「意見が違うから仲良くできない」「意見が対立する」と言うことがあります。

この場合、相手に対して悪感情を抱いていることが多いでしょう。

意見が違うことはいくらでもあります。悪感情の原因は、意見が違うことではないですね。

悪感情の激しいのが、怒りや憎しみなどですが、ほとんどは、無意識に湧いてくる感情や感覚ですから、そうしている自覚もないことが多いでしょう。まず、それを「自覚」することです。

「自覚」は、反省ではありません。もちろん、自分を悔いたり、責めたりするものでもありません。良し悪しをつけずに、ありのままの自分を見つめ、知ることです。気付かないうちに、「こんな感情が出ている」「こんな風に人に接している」と、自覚し合うことです。

「自覚」は、意識上のことですが、この「自覚」が「心の状態」に大きな影響を及ぼすのです。



8月の「自分を知るためのコース」に参加した方の感想の一部をどうぞ!



こういう人は許せない、嫌だ。がある。

しかし、そう思う相手も、自分の中(脳)で捉えていること!

実際の相手は、自分が捉えている相手そのものなのかは分からない。 

そこで、実際の相手に興味が出てきた感じです。

相手は、どう考え、思っているのか? 

実際の相手を知りたいと思えてきた感じがします(50代女性)


なぜ自分の考えを事実と思うか。

それは、未だよく知らないからだ。

自分や相手が何をしているか、どうなっているのかを知らない。

知った分だけ、そのものを活かすことができる。

意識的な考えではなく、無意識に出てくる反応に自分の状態、回路が現れる。

どのようになっているかを観て、知っていく。(20代男性)


最初で最後のテーマ“自分を知るとは?”に対して私は自分が捉えたものは、認識であると自覚し、認識と事実のズレに気付いていくこと、という感じの事を書いた。

「自分が捉えたものはすべて自分の中の認識である」。

言葉ではこう言えても、実生活でどこまで自分のものになっていくか、それが重要だなぁと思ったし、今実生活に戻ってもすぐに戻ってしまう様な気がする・・・。

又、このセミナーを受けて一番感じた事でもあるが、私はどちらかというと自覚した後に認識と事実のズレに気付いていく方が重要なのではと今まで思っていたが、他の意見も聞いてみて、ただ“気付いていく”“知っていく”それだけでいいのかなぁと思った。(10代女性)
自分を知るためのコース | comments (0) |08:28

「知ろうとする」人間の営み「サイエンズ」

今年5月から、始まった「サイエンズを知るためのコース」。

「サイエンズセミナー」「自分を知るためのコース」で、サイエンズに触れて、「サイエンズ」をもっと知りたい、学びたいという人たちに好評です。

「サイエンズ」と、言っても、知らない、聞いたこともない人が、ほとんどだと思います。

「サイエンズ(SCIENZ) 」という言葉は、Scientific Investigation of Essential Nature

(科学的本質の探究)の頭文字、"SCIEN" と、Zero(ゼロ・零・原点・無・空などの意味)によるものです。

「サイエンズ」の目的は、ものの本質を探究し、そのものらしく生かす、そのものらしく生きることにあります。探究、つまり「知ろうとする」脳の働きで、人が生まれた時から始まる人間の本分とも言えるでしょう。

人間について知ろう 社会について知ろうとする、そして人間らしく生きようとする、

それが「サイエンズ」です。



8月「サイエンズを知るためのコース」に参加した人の感想レポートをどうぞ。



 シンプルで簡単なやさしい理をベースとして生きている。そして理をベースとしているので「不健康」だったら「健康」になっていく変化が起こっている。

 「人間本来の姿」「一つ」「本心」・・・理をベースとした表現に自分の深いところが動いている感じがした。

 シンプル&ニュートラル・・・これからも「人間本来の姿」を知り、「現状の姿」を知る。平静さを感じさせられたコースだった。そして、また「人生を知るためのコース」に参加したくなる、そんなコースでした。(40代男性)



 現状の「人間の考え」は固定や囲いや隔てといった理から外れた観念に囚われ、不健康な精神状態に陥っている面が大きいので、そういう現状をいくら改変しようとしても一向に解決の道筋は見えてこない。まずは人間本来の姿、健康な心の状態に立って、それを損なう原因を取り除いていくという道筋かと思う。

 サイエンズスクールを開設して一人一人が自分の中にある「人間の考え」がどうなっているか調べ、自覚して、本来の自分の姿に気づくと同時に、本来の自分の心の状態で暮らせる場として、as one鈴鹿コミュニティでの暮らしが用意されている・・・。

 ・・・そうだったのかぁ。と、つながった感じ。(60代男性)



言葉にできないほどいっぱいいっぱいのことが自分の中で響いていたけど、その中でも一つ、本の最後のところに  「人も社会も自ら育つものです」と書いていたことがずっと頭の中に残っている。そして、「慌てないで、焦らないで、「一つ」の道のりを一歩ずつ踏みしめて、しっかりした根と幹を育て、社会気風を醸成し、愉快に面白く、人間本来の姿に適った社会機構や運営法を確立していきたいのです。確立しつつあります」。

待ってもらったのだろうな。自ら育つものなんだろうな。それが理に適ったことなんだろうな。自分の内なるもので動く、本来の姿なんだろうな。それしかできないのだろうな。と、うれしくて、幸せで、満ち足りて、コースの最後の瞬間、涙が出そうになった。(30代女性)



生まれてこのかた、出発は現状からだったように思う。本来に思いを馳せるということは、なかったわけではないだろうが、そこから入り、検討しようとしたことはあったかな?あったかも知れないが、あくまでそこを見ていこうとしたことは、なかったんじゃないかな?

「人間本来の姿」を知るためには、サイエンズによって、となるのだろう。安易に「分かった」「できた」など、結論づけない営み。

科学的に本質を探究しながら、実現をはかる考え方。

ちょと興奮してくる。 探究の旅は、ずっと続くだろう。 孫、子の代を経ても。自分らの代は出来るところまで。 一万回検討しても、一万一回目はどうなのか? と以前に聞いて「うーん、そうだけど」となったが、そうかも知れないと思う。

数千年以上の歴史の上にある「現状の人」と「現状の社会」から、「人間本来の姿」、「一つの社会」を実現するには、理に適った道筋と方法が必要だとしています。

この「人間本来の姿」を知り、ということと、「固定や隔てのない一つ」が、今回、自分の中に入ってきたことかな。(60代男性)

「一つ」を実現するためのコース | comments (0) |08:28

人間らしく生きる

人の行為を問題視し、悪や間違いばかりが、目につく社会風潮の中、「人間には、悪事や争いはつきものだ。」と、いつの間にか、諦めてしまっていませんか?

「人間とはどういうものか」と調べ、人間を知るにつれて、知性、心などの人間性や、人生についても明らかになってきて、「こんなものだ」としていたものが、「いや、こんなものではない」と、人や社会を明るく展望できるようになります。

7月「人生を知るためのコース」の感想です。



じっくりと、ゆっくりと、真面目に、本気で、

自分の内面、本心に向き合ってみる。

人に、人間に、人生に向き合う。

これをしていってみよう。(60代男性)   



心とか自分というものについて考えたり、観察する機会になったかな、と思う。

これまで、考えや感情を自分と捉えて大事にしてきたので、凝り固まってしまっていたかもしれない。

こころを大事にする人達がいるというのが、ちょっと信じられないような、不思議な感じがする。

遊ぶような人生が、実現してしまうんだろうか。(40代男性)



考え、感情、気持ちはどういう所から出てくるのだろう。

人の成長から、辿っていくと、子供の頃は、善悪とかなく、成長するままに伸びている様に思うが、大人になるにつれ、いろんな知識が身について、いつのまにか人に対して恐怖感や警戒心、善、悪が先に出てしまう。

元はどうなっているのか。

何のために生きているのか。

心とは 心が満たされるとは

そのもっと元にあるものは、本来のと云ってもどんなものだろう。

わかるとかわからないとか関係なく、もともと具わっている、 人の生命力、みたいな・・・

(60代女性)



豊かな存在である、わたしにも、もちろん、あなたにも心がある。

わたしの心は、いったいどうなっているのだろう。

あなたの心はいったいどうなっているのだろう。

あらわれた言動のもとには、わたしやあなた、そのものがいる。

人に興味が湧いてくる、知りたくなってくる。

人の存在が近くなり、知ろうとした分だけ愛しいような気持にもなる。



わたしは何がしたいのだろう、きっと、わたしの心の底にも、幸せとか、健康とか、正常とか、快適とか、豊かさ、安心、満足、、、、、そんな願ってやまない確かなものがあると思う。

その実現を強く願っているに違いない。(50代女性)
人生を知るためのコース | comments (0) |11:15

自分のことであるという自覚

「自分が聞いたこと」は、「相手が言ったこと」でしょうか?

「自分は、○○と聞いた。」ということでしょうが、「あなたは、○○と、言ったじゃないか」と、相手を指摘するような経験がありませんか?

「自分が聞いたこと」を、事実だと思い込み、違う意見は、否定したくなります。今の争いごとの多くは、ここから来ていると思います。自分の感覚で聞いたこと、自分の感覚で見たことであるから、個々の捉え方の違いであるとの自覚があれば、それぞれに違いがあって当然だと思いませんか?

7月「自分を見るためのコース」参加者の感想をどうぞ!



「自分を見るとは」というテーマで、ずっと調べながら、私は随分自分に関心がなかったことに気づきました。

「自分が聞いた、見た」としていることの中身は、自分に「見えた」「聞こえた」だったのか!

知っているつもりになっていましたが、見えた、聞こえたことを、見た、聞いたどころか、ゆるぎない事実のようにとらえている自分がいました。

「聞いた」と「聞こえた」の探究で、「自分が聞きたいように聞いてる」といったことが、心に響いてきました。そうだなあ、聞きたいように聞いてるんだ、じゃあ、わたしはどのように聞きたいのか?そこに、関心を向けると、本当の自分の心がもっと見えてくるのではって、今はそう思っています。(50代女性)



見て、聞いて、反応するまでの一瞬の間に、頭の中では、今までの経験や常識、記憶、情報、価値観などにものすごいスピードで照らし合わせて反応している事が分かり驚いた。

これは帰って来てからの事だが、知るためのコースを受けた後は、「実際はどうか」と言う観点で日常の出来事を見て来たが、見るためのコースを受けた後は、私は何に照らし合わせて(捉えて)反応したのか?と言う観点から自分を見ている事に気付いた。

昨日、いつもだったら混乱したり怒ったりする出来事を、相手がどういう気持ちで言ったのかを理解した(聞いた)ら、ただ「あなたはそう捉えたのね」と思っただけで、感情が乱れる事がなく驚いた。

私の中で何が起こったのだろうか?

相手が話している内容が、私の事を言っているのではなく、相手が捉えた事を話していると認識したからだろうか?

なぜか楽チンな自分がいた。

自分を見て行くと、今まで無自覚だった自分の気持ちに気付いたり、私って~だと思ってこうしているんだ、と気付くとちょっと楽しいと思っている自分もいる。

何を捉えて反応したのか分からない事の方が多いけど、実際自分の反応が違ってきている事を感じているので、「何かが」変わったのだろう。

まだまだ探究を続けて行きたい。(40代女性)
自分を見るためのコース | comments (0) |18:14