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「決めつけ」の考え方からの解放!

自分の行動や思考・感情などを、自己観察し、客観的に分析していくと、「こうしなければいけない」と自分の行動を縛っている「考え」が見えてきます。
自信のある固定した状態が、「どうなっているのかな」と調べることで、思い込みや決め付けから解放されていきます。
知的に幸福を探究していく思考回路が養われていきます。
3月7日~自分を知るためのコースに参加した人の感想を一部紹介します。
img3377_DSC09634.jpg「決めつけの考え方」が自縄自縛の心の状態をつくる
20年以上も昔の記憶、だけど酷い事された、という悪感情がブワ、と現れた。
「された」と事実化して記憶に残っている、その当時どんなだったかな、と又一人で振り返ってみて、「やらなければならない」が強くあったこと、自分の意思や気持ちを押し込めてその事をやり続けようとする、のは何故か?

「やらなければならない」という考えで自分を動かそうとがんばっていた、そっちの方が事実だ、になってるやん!
自縄自縛そのもの、主体性のかけらも感じられない(女性60代)
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ガッチガチ頭も、「考え」次第でほどけると ⇒ 笑ける自分へ
私の考えで私が変わる(私の有り様がひっくり返る!??)当り前のことという冷めた見方も出てくるが、あれは、今も強く思っているのだが私にとっては大大大発見。 
ボーッとしては居られないような感覚もある。
私のこと知らなさすぎる。
 
「考え」次第で、私は何にでもなれるんだー。
私には、山ほどの自信があって、決めた物(記憶、しつけ、教育)も、自覚すら無いが頭の中にガチガチにある

かなり自由な人だという思い込みもあったけれど、全然自由じゃあい。
私ってがんこ? そんなこと思ってもいなかったね。
笑えてくる位にね。(女性60代)
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自信のある自分 と 自信のない自分・・・違いを見てみる
自分は味の事は良く分からないから味については強く主張しないと思っていたけど、〇〇君が焼いたパンを見て、「焼き過ぎ!あれは美味しくない」とけっこう強く思ったり
見たこと・聞いたことをその時のその人独自の回路で反応している。
面白いなア。
なんであれは美味しくないと言えるんだろう。

一つの場面だけで反応の前に幾重もの決めが見える。
そのキメをベースに反応し、感情的になったり盲目的な行動になったりしている。
その他のいろいろな場面でも出てくる出てくる自信満々の私・・・。
今回はいい悪いが無かったからそういう自分も面白可笑しく見れたけど、その事で何処へ向かって行こうとしてるの?
何を目指しているの。

コースの中で「自信のある人、自信のない人」というのを出し合った。
自分を含めた参加者みんなから出ていた自信のない人像は「明るい」「素直」「飾らない」「柔らかい」「しなやかで強い」「言い張らない」「ニッコリ笑って負ける」「考えでやらない」・・・。
こういう人になりたい。(男性60代)
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知っている状態の頭(事実化状態)に気づいていくと!
意識上の事実化、事実化のプロセスということを調べて、意識上で事実化したことに対して、あーだこーだ言っている自分の姿が見えてきた。
知ってる人の話を聞くと何か言いたくなる、その人はそうじゃないよ、この人はこういう人だよ。
まるでその人のことを実際に知っているかのよう。

事実化のプロセス、ということについて、自分一人で事実化しているわけでもないのかな、その人だけで事実化してるわけじゃないのかな、と思った。
社会が事実化していかない社会だったらどうなのかな。
事実化しない人が身近にいたら、なんか変わりそう。
そういうお互いがいいね。(女性40代)
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本質的な欲求、正直・尊さ・愛しさ・人間らしく生きる
自信の概念が大きく変わった。
自信があることは良いことやと思っていたけど、自身って、信じていることって、自分の考え、こうだ! と決めつけていることなんだ、ということ。

本質は、自信って自分の心を信じること、欲求(しかも我欲じゃなくて人間らしい本質的な欲求)を抱くことなのかもしれない。
いつからか、どこからかその意味が入れ替わったかもしれないと、今、感じる。

あとは、じぶんは良い人でありたいという欲求があるんやということがわかって、とっても恥ずかしい。
いい人にならずに正直な人でありたい。
どこかで、認めてもらいたいという気持ちがあるんやな。

“知る”とは、そうであろうとする、会得する、悟る、ことへの道すじ
平和も、誰も安心して暮らせる社会も、わかるわけないんだ、知ろうとしなかったら、そうであろうと試みなかったら、いつまでもわかるわけない。

6日間、長いようで、もうおわりかぁ。
なんだか、涙が止まらない。
人の尊さと、パワーと、愛しさと、人間らしく生きることへの求めと、やまない希求を感じた。
そしてそれはひとりじゃできないんだ、ということも。

自分の力の小ささ、知らないという事実を知って、涙が止まらない。
しかもそれは悲しくて涙が出るのではなく、尊さ、というか、ある種、愛とか、感謝の気持ちから湧いてくるのはなぜだろう?
とてもとても感謝の気持ちでいっぱい。(女性40代)
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