私は、どんな社会に住みたいだろう? 「社会を知るためのコース」

人が本当に幸福に生きていくことを突き詰めていくと、自分一人だけで幸福に生きることは出来ないわけで、幸福な社会が必要不可欠なものとして浮かび上がってきます。

どの人も尊重され、満たされ、その人らしく生きられる社会が実現されていくには・・・?

人とは、人生とは、社会とは、社会をつくるとは、と探り、かつてない新しい社会を創造していくためのコースです。

7月「社会を知るためのコース」に参加した人の感想の一部を紹介します。

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「社会」が自分の外に大きくあるのでなくて、

自分が社会。

人と人のつながりが社会。

人の気持ち・意志で営まれる社会。

外のもの(やらなければならない・してはいけないことがあるベース)でなく「自分も人も社会も何をしなくてもよい」がベースから、~してほしいと要求し、それが認められ、受け入れられて、心が満たされていく社会。

どこまでも「人と人の気持ち意志の社会」とシンプル!

子どもが~してほしい(気持ち)、それを自分の気持ちが、それをやりたい気持ちが湧いているのか、見ないで、「やるのが良い」でやることが、やってもらうのが当然(いばる人)をつくる・・・これもビックリ!

これは自分の中で小さい時から強く入っている。

実際は何もしなくてもいい(本当だなと思う) → やりたい気持ちが湧いているかを見る。

やりたいかやりたくないかと今まで見ていた。

「人のための社会」がより鮮明に具体的になって見える。(70代女性)



人の気持ちと気持ちが出会って社会が創られる。

人の気持ちと気持ちが出会う瞬間、お互いがお互いに、そして、その周りにも新しい社会の空気が創られてくる。

人の気持ちと気持ちが出会うということは、

「人は何で動くのか」「人は何で生きるのか」「どこを見てその人だとするのか」を知っていき、自分の中にある気持ちがそのまま現れるところからスタートなんだろう。

やることが当然となっている状態では「やりたくない気持ち」が目立って見えるし、しなくても良い状態では「やりたい気持ち」しかないんだなあ。(30代女性)



コ-スの最初の時、どの人も自由にしたらめちゃくちゃになった社会を想像する自分がいた。

一週間のコースはそこからどうしてそういう風に考える状態になっているかを調べてみる過程だった。

一週間、調べながら残ったのは、結局 人と人の心、本心から湧いて来る意志と意志が出会って、お互いに 生きていく社会へ一緒に進んでいくだけだなと思った。

実際に起きていること、実際にあることを見ながら生きることだな。

義務、責任、権利、所有などがすべてない、何もしなくてもよい原点に立つと何が残るか。

一人一人の自発的自由意志、本心からの意志。

そこから始める社会はどんな姿だろうか。

でも、とても簡単という気がした。

ひとの心から湧いてくる要求と要求の出会い。 それが現れて作られる社会。

人、一人一人はそういう状態がなくても何もしなくてよい社会の気風、その中でそういう人達の関係の中で互いに内面を重視しながら進んでいく社会。

どんどん、もっと、明らかな方向へ。

自分の中が何もしなくて良い状態になっていく方向へ。

そういうお互いになっていく 方向。

その道が全人類も、自分も幸せになる方向ではないかな。

本当の社会は、どんな姿が現れるかな。(30代女性)
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「社会」、何のためにあるのだろう?

そもそも「社会」とは、なんでしょう?

「社会」は何のために作るのでしょう?

「社会」は、人にとって重要、大事だとは思っていても、「社会」とは?と問われると、あまりにも知らないということに気づきます。まずは、自分の社会観を調べてみませんか?

そして、ほんとうに願っている「社会」は、どんな社会でしょうか?

5月「社会を知るためのコース」に参加した人のレポートの一部を紹介します。



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「するべきこと」「してはいけないこと」というのは本来あるのだろうか?

実際は何もないよなあ。

責任、権利、義務というものも本来は無いよなあ。権利を主張し、権利を持てば自由が増すかのように感じるが、権利と義務はコインの両面のようにぴったりとくっついているようだ。権利が増えればその分、私やあるいは他人がしなければならない義務が増えるんだなということを調べながら、権利を主張する活動等が、実際は互いに不自由な方向に行ってるんだな、ということが見えてきた。

「社会は何もしなくてもよい」というポイントで、社会が新しく見え、新しい社会を作るんだと思う。

いつからか個人も社会もあるのが当然となってしまい、そんな風に世界を見ているのだなということが見えてきた。

何もしなくてもよい社会であるのに、いろんなことをしてくれている。そんな風に見るにつけ、有難いことばかりだなあと思う。してもらい、受けてばかりだ。



人の内面、心の状態に関心を持ち、その心が満たされて成長できるように支援する社会。

個人がそのようにするのではなく、社会が一人の心と一つになっていこうという社会。

それで、その人らしく発揮できる社会というのがあるんだなあ。

社会から、心が満たされて、その満たされた心で、個人が自分らしく成長、発揮され、それが再び社会に流れるような社会。(30代男性)



現状では、社会のために人は作られている。

子供のころから「こうするべき」を教え込んで、権利義務や所有観念が染み込んでいく。

そして、互いに押し付けたり、やらせたり、責めたり、縛り合う。

でも実際の世界は「なにもしなくてもよい」

権利義務、所有も責任もそこには存在していない。

これがベース。

ここから生まれてくるのは本心。

「やりたい。」「やってほしい。」人の要求。

そこから見た社会があるんだ。

社会は人をサポート、応援することだけ。 経済をサポートすることでない。 

経済の成長ではなく人の成長。 

本当に人の心が満たされる社会。 

仕組みや機関はその結果で、出来てくる。 

力が抜けた。

社会がどんどんそういうふうに人をサポートしていったら、想像つかない社会ができてしまう。

どこを、重視するかだね。 

“社会をツクル”は簡単でシンプルに見えてくる。

「何もしなくてもいい」から、心オープンで話したい、ミーティングしたいな~。(50代男性)
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人と社会 どうなっているのだろう?

「みんなが幸せに生きられる社会。」だれでもが願っていることでしょうが、

そもそも「社会」とは、どういうものでしょうか?

3月「社会を知るためのコース」に参加した人の感想の一部を紹介します。



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「人と人」を「個人と個人」という観方で観るのが強かったのかも。

それで、行き詰っていたところに、今回、「社会」という視点で見てきて、目から鱗だった。

自分の中の「社会」というもののイメージが、がらりと変わった。

今までは、社会は大きく上にあり、力があり、個人は下で社会に従わねばならない。

そんな感じだったのが、社会は人人人、人がいる。

一人一人に自由意志があり、社会は、そのベースとなって、人が人らしく生きるのを支えていく。

そこから、人(誰か)の中のやりたい気持ちが寄って、社会的な仕組みや機関ができていく。

これらは人(私)の一部であるし、人(私)も社会の一部。

対になることは、ありえない。(50代女性)



社会と人は、別なものと、捉えていたが、人は、大きな社会の中に抱かれて。。。

社会と人と、別けようもなく、一つだった。

初めて自分が溶けていった、離れようのないもの、そのゼロベースで、大きな転換点だった。 社会と人 →「一つ」(70代女性)



「権利・義務、責任、所有」

- 私たちの意識を支配している今の社会の根幹について、これでもかこれでもか、と見てきた。

上下で、力で、一人一人を分断し囲おうとするこれらが、いかに私たちの内面の奥深くまで浸透しているかを実感した。

なぜ私はこう考えるんだろう?こう思うんだろう?こう感じるのだろう?と、自分の考えや思いや感じを剥いでその奥を探っていくと、その奥底、足元にある流れが見えてきた。

その目を周りに向けると、その流れは周りの人たちの足元にも流れていて、それは世界中の人とつながるひとつの流れになっている。

もともと人と人はこの流れでつながっている。(60代女性)



自分や社会を縛っているもの、人間の作り出した考え(責任、権利、義務、所有、悪平等など)とはどういうものなのかとゆっくり考えられた。

それがあると架空の世界を実際のようにし、人の姿が見えてこない。

自分はなにで動いているのだろうか? まわりの人はなにで動いているのだろうか?  なにを願っているのか、もっと知っていきたくなる。

なにか私の中で動き出している。(60代女性)



“子どもが子どもらしく”だけではなく、子どもも・大人も“人が人らしく”成長していくための社会。

権利や義務、責任、所有から開放されて、自分も、人も、社会も縛る事のない、自発的な自由意志で調和され、保ち合う社会。すでに実現していたんだなあ。 

日常から「本心はどうかな?」「どういう状態だったかな?」と観察していきたいし、そういう風に成長し合える間柄(社会)にしたいなぁ、と思う。(20代女性)
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人のための社会を

人は寄り集まって、社会を作ってきました。

今も、これからも、社会の中で、生きていきます。

現代社会は、複雑化して、多くの問題を抱えていますが、

本当は、どんな社会が、いいですか?

まずは、じっくりと、自分の社会観を調べてみましょう。

「社会を知るためのコース」の参加者のレポートの抜粋を紹介します。



心は、いつでも正直だ。

心は、決して嘘をつかない。

考えで心を捻じ曲げるから、

「心でないもの」を持ち込むから、

おかしくなる、親しくなくなる、話し合えなくなる。

心に基づいて生きていくことができるのが「人らしさ」だと、私は思う。

中略

『人のための社会をつくる』。

「何もしなくてもよい」観点。

何でも言える、何でも聴ける人間関係で、気持ちを言う、気持ちを聴くこと。

必要なのは、おそらく、たったこれだけ。

どこかの誰かがやってくれるのではない。

そういう社会を望むならば、自分がそうなること。

そういう社会を望むならば、それを望む人と、なり合っていくこと。

私自身も、「社会」なのだ。(20代男性)



社会についてじっくり考える機会が人生で初めてやってきた。

今まで物事の本質とか、人間の本来性とか、やんわりその内容に触れて検討機会があったのに既存の社会観人間観の中でぐるぐる考えて訳もわからずただ道に迷うだけだった気がする。まぁ、それくらいの衝撃というか、すごいことやなぁ。

初日の「責めるとは」はとても重要なテーマでこれが解決すれば世界から争いが無くなると本気で思っている。

考えていくと「責めるのは良くない!」「責めるのはやめよう!」としても解決しないというのは分かる。何かもっと元にある人間観というベースからなんじゃないかというのが見えてきた。

中略

「社会は何もしなくてもよい」

何もしなくてもよいと本当に何もしなくなるのか。

お互いのやりたい気持ちだけでやる社会は実現し得ないのか。

もともとは人の集まりである社会において自分にも他にも強いて、社会にも強いて縛って、それで人を動かそうとする。人を動かすものはその人の意思でしかないのに、それを無視して奴隷のような扱いをする。そんな恥ずかしい行為。

これこそものすごく無理のあることなんだということが浮かび上がってくる。

何もしなくてもよいのだから、ものすごく楽だなー

やりたいだけだと、どんどんやりたくなるなー

どんどん検討したい研究したい感じだし

なんでも言ってもいいからどんどん言える感じ

やりたいことだらけ

楽しみだなー(30代男性)



一人一人が自分の気持ちと意思で動くだけ。

一人一人の気持ちを、感情を、考えを表明するのを妨げるものは何もない。

すべきことは何もない。何もしなくてもいい。

ただ自分の意志でやろうと決めたことをやるだけ。

気持ちは変わる。口に出してみると、誰かに聞いてもらうと、その瞬間に何かが変わる。誰かの話を聞くと、自分の心がそれに反応する。その人のやりたいことが自分のやりたいことになったりする。

これが「自分と人の心は一つ」ということか。自分の中に固定や隔ての無い状態というのはこういうことか。

こういう心の状態でみんなの思いや考えを出し合って、一緒に何かをしたら、どんなことになるのだろう。想像するだけでワクワクする。

僕がやりたいのは、まさにこれだった。(50代男性)
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