「なぜ、僕はここにいるのか?」ヨッシー《前半》

2019.05.07 Tuesday 20:44
サイエンズアカデミー生にインタビュー

昨年スタートしたサイエンズアカデミー(それ以前は、サイエンズ留学生制度があった)。現在12名の若者たちがアズワン鈴鹿コミュニティを舞台にしてサイエンズを学んでいる。
彼らは何にひかれてここにいるのだろうか。何を求めて…?
今年3月にアカデミーを出発し、現在、鈴鹿コミュニティで生活しているヨッシーこと吉岡翔一朗さん(29歳)に、そんな問いを投げかけてみた。
心の底で求めているもの、そこを探っていけたら、他の若者たちにも響くものがあるんじゃないか、そんな思いでインタビューしてみた。(アズワンネットワーク活動事務局・IWATA)



今年3月にアカデミーを出発して鈴鹿に暮らしている吉岡さんと里美さんのカップル

◆トランジションタウン活動の仲間達と

――鈴鹿に来る前は何をしてたの?

ヨッシー 浜松でトランジションタウンというコミュニティ活動をしてた。
トランジション活動で収入が得られるように試行錯誤してて、だんだんアルバイトしなくても、生計が立つようになってきてた。順調な時に鈴鹿に来た。よく捨ててきたなって思う(笑)。

――トランジションタウン活動で何をしようとしてたの?

ヨッシー トランジションタウンは持続可能な社会を目指していて、そこに共鳴する人が集まってた。
僕は、社会問題に関心があった。人のつながりが失われているとか、貧困・格差・心の問題…とか、あらゆる社会問題が各分野で起きてる。食の問題に関心がある人もいたし、僕はエネルギー問題に関心があった。
でも問題の根元は一緒じゃないかって思ってた。それぞれの関心は違ったけどトランジションタウンという中でみんなが集まってたかな。人とつながっていくことを大事にしてた。
一時期はメンバーが増えたり、イベントにすごく人が来るようになったりして、一見順調に見えてた。

◆どうしてギクシャクするのか

――軌道に乗りつつあるときに、何で鈴鹿に来たの?

ヨッシー お金の面を見たら順調たっだ。焼肉も食べに行ってたし。(笑)
結局、幸せなのかっていうのを考えると…。その時、僕は里美さんと二人暮らしで、それ以外にコミュニティもあって、日常を共にする人たちがいた。だけど、そこでの人間関係がギクシャクしてるのをみて…
僕と里美さんも家で言い合いになったり…。里美さんとRさんとが一緒のコミュニティカフェをやってて、そこでギクシャクして家に帰ってくるから、家でもちょっとしたことでイライラした。楽しいときもあるけどね。Rさん、里美さんは、同じトランジションタウンの仲間。

――どうしてギクシャクするの?

ヨッシー 中心でやってる人がギクシャクしてた。お互いのやり方がちがうとか…、中心メンバーのグループがあって僕もその中にいた。そのときに自分以外の5人が積極的ではないって見えた。何でこんなに受け身なんだって。
でも、他の5人は僕より年上で、僕より長く活動してる先輩で、言えないんだよね。思ってることが。言っちゃいけないっていうか。
だから、遠回しに言おうとしたり…。すごくイライラした。
だんだんその集まりも面白くなくなっていくし、疲れるし… 惰性で一か月に1回集まってた。 
そのときはじめて人間関係で疲れたなって思った。

でもみんな人柄はよくって、楽しくやっていこうよ、一緒にやっていこうよっていう人たちが集まってた。だけど、何で、こんなにうまくいかないのかなって思ってた。
今から振り返ってみて、みんなに対して自分が怒ってる。「何でやらないんだ」って責めてる感じがあったかな。
そういうのがあって、お互い疲れ合うことしててもな、意味あるかなって、諦めかけてたのもある。

もっと可能性があるのを探してて、NVCやコーチングにも目を向けてみた。鈴鹿のことも知ってて、「持続可能な社会づくりカレッジ」というのに誘われて、一回行ってみた。
そこで、鈴鹿の取り組みが、根本的なところからやろうとしてるのかなって直観的に思った。根本的にいきたいって思った、そこに可能性を感じた。

◆持続可能な人間関係がある?

――参加してそう思った?

ヨッシー そうだね。
「持続可能な人間関係」っていう観点っていうのは他になかったから。
持続可能なエネルギーとか、持続可能な農業とか、そういうのは関心があったけど、人間関係なーー?っていうか、人間にもそういうのがあるのかな・・って思った。

そういう自分の事例もあったし、他でも人との人間関係のいざこざで活動をやめたり止まったりというのをよく見てて、活動だけ進めようとしても、止まったりして、続いてないなっていうのを思ってた。

――そこで、ヨッシーが根本からやりたいと思ったのは何で?
他の5人は、どんな感じだった?

ヨッシー その5人の立場からしたら、どうだったんかな……? 人間問題で行き詰ってる感じじゃなかったんかな。
そのときは、ぼくだけが、人間関係が問題じゃないかって思ってた。他の人たちは、やり方とか進め方が問題だとか、たまたま運が悪かったとか…

――それぞれの問題の捉え方が違ってたってことか?

ヨッシー 人間関係で、内面じゃないかって、そのときは僕一人だけ言ってた。
でも、人間関係で活動が止まったりしてるのを見てて思って、人間関係というよりか内面なのかな。
他の人たちはやり方を考えていけばもっとよくなるよとか、「なるようになるよ」っていうポジティブ思考で、「流れだよ」みたいに言ってた。僕は「そんなわけないだろう」って。(笑)

◆根本的に解消していく道を
- | comments (0) | -

アカデミーのお正月 実家帰省 後編

2019.01.11 Friday 00:21
こんにちは。
たっきーです。

今回も実家に帰省したときのことを書きました。
今回は後編です。
実家に帰省して感じたことを書いたので、ぜひ読んでください。

お正月、家族に会えてよかった。
今まで気づけなかったたくさんの愛情を感じることが出来た。


30日、無事に12時5分前くらいにおうちにつくことができた。
日付が変わる前に帰るという目標は達成した。
普段は10時には寝るおばあちゃんが、眠さに耐えながら僕の帰りを待っていてくれた。

31日は特に何をするでもなく、おうちにいた。
庭にある畑でやってた落ち葉コンポストが完全に土に帰っていた。

なのでそこに新たに落ち葉コンポストを作って、おばあちゃんが貯めてきた落ち葉をそこに入れたり、水やりの手伝いなどをした。

00.jpg

1月1日は、一年半ぶりにおじいちゃんの家へ行った。
おじさんや、じいちゃんなど僕が変なところへ行ってしまって心配していると聞いていたので色々聞かれるんじゃないかと思っていた。
大学の退学のこともおじさんは、何があっても卒業させろくらいの感じでお父さんに話をしていたらしい。

だけど、実際に会ってみると、ただ、元気そうで何よりだと一言声をかけてくれただけだった。
じいちゃんも1年に1回くらいは帰っておいでと。

ばあちゃんなんか、毎日仏様に向かって早く帰ってこれますようにとお祈りをしてくれているらしい。

ばあちゃんは今年で88才。あと2年で死ぬらしい。
楽しそうに自分の寿命のことを話していた。
なるべく会いたいし、こんなに僕のことを想ってくれてるとは思わなかった。

じいちゃんは、90才。
あと10年生きるらしい。
毎日ウォーキングは欠かさずにやっていて、なによりもすごく姿勢がいい。
生きることにどん欲だ。
じいちゃんのお兄さんは赤紙が来て、兵隊に。
船に乗っているところを爆撃機に襲われ、若くして亡くなってしまった。
じいちゃんもあと1年早く生まれていたら、特攻隊にでもなっていただろうと小さい時に話をしていたのを覚えている。

母方の一緒に住んでいたおばあちゃんは今年で83才。
防空警報の最中に公園で遊んでいた話を初めて聞いた。
防空壕や室に畳をしいて、時にはすぐに逃げられるように外で寝たり。
そして蕨にも空襲があり、次はおうちがある浦和が爆撃されるというところで終戦を迎えた。

皆、こうやって生きていることにどこか丁寧さを感じる。

あることが当たり前、生きていることが当たり前。
どこか、僕のなかにはそういう当たり前がたくさんあるんだと感じた。

終戦して、戦後復興からの高度経済成長。
物が増え、便利な世の中になっていく一方で、そこにどこか違和感を感じていたのかもしれない。
やりたいことをやりなさい。
そういってくれることがすごく励みになった。

01.jpg

そして、2018年は新たに家族が一人増えた。
僕のいとこに二人目の子供が11月に生まれたからだ。
初めて、生後1ヶ月の赤ちゃんを抱いた。
4代の人がこうやって集まることが出来るのはとても嬉しい。

僕のもう一人のいとこは、会社をやめ、インドネシアで再就職をするらしい。
それぞれが、自分のやりたい方向に向けてやれていけたらいいな。
インドネシアに行くときは宿を確保できた。


帰る前に、まご5人とじいちゃん、ばあちゃん、そして、おばあちゃんで写真を撮った。
大事な写真になった。


こうやって、人に囲まれながら子供には育っていってほしい。
色んな人に愛されながら。
僕はここでの集まりが小さいころからとても大好きだった。

あと、10回。
じいちゃんはこの会を開くつもりだ。
じいちゃんはどんな思いでこの会を開いているのだろう。

02.jpg

おせちも皆でたべれて、とても美味しかった。
八幡巻きは僕のお母さんが作ったやつの方が美味しかった。
これは、毎年お母さんが作る得意料理でもある。

でも何よりも美味しかったのはおじいちゃんの作ったもつ煮込みだ。
これは、本当にやばい。

03.jpg

味もさながら量も40人分くらい作る。
これが1番のメインといっても過言ではないだろう。

おじいちゃん秘伝のレシピがある。
また、来年も楽しみだ。

2日は、スマホを買い換えに行った。
もう、今のスマホのOSだとLINEが対応しなくなるらしい。

開店15分前から並んで買い換えた。
蔵下さんという若い女性の方が丁寧に二時間くらいかけて、案内をしてくれた。

帰るとき、ご飯を食べるために駐車場に車を止めようとしたら、ぽろっとスマホが落ちて、画面がバキバキに。
買って30分しないで壊すって。

お父さん、怒るかなと思ったけど、先にカバーつけとけば良かったなーと言うだけだった。
家に帰ってお母さんに話をしたら、笑いながらやっぱり私の血が流れてるだけあるねって。

二人ともすごいなと思った。
そして、安心した。

僕はこの二人に育ててもらえてよかった。
そう思った。

明日、朝一番で帰るといったら、朝起きたくないから早く帰れって。
なんか、こうやって話せることがとても嬉しい。

ヒッチハイクみたいなみっともないことはするなと、今度帰るときの電車賃をもらった。

じゃあ、帰るねと言うと、帰るんじゃなくて行くだろと、毎回訂正してくる。

お父さんやお母さんはどんな思いで僕を育ててくれたのだろう。


いいお正月だった。
日常 | comments (1) | -

アカデミーのお正月 実家帰省 前編

2019.01.09 Wednesday 23:19
明けましておめでとうございます。
たっきーです。
皆さんは、この一年をどんな年したいですか?

僕の今年の抱負は[ぼちぼち生きる]です。

ゆっくりと、丁寧に、ぼちぼちと。

日常をもっと大切にして過ごしたい。
だから、ぼちぼち生きる。

そして!!
今回は、僕のお正月のことを書いていきたいと思います。
なんと!
前編後編の2回に渡り、お伝えしちゃいます!


では、前編のはじまりー!



1ヶ月半ぶりに実家へ帰る。
今回は、おじいちゃんのおうちへ1年半ぶりに行く。
毎年1月1日はおじいちゃんの家で新年会が開かれる。

そこでは、カニが食べ放題。
そして、おじさんの奥さんの作る唐揚げがこれまた絶品だ。
何よりもおじいちゃんの作るもつ煮込みは絶品だ。

今年はお袋さん弁当のおせちがそこに並べられる。
何だか楽しみだ。

前回の新年会では、僕がよく分からないところに行った話で盛り上がったようだ。
でもそれを聞いたおじいちゃんは本気で心配したらしい。

今回は僕の姿を見せることで安心してもらいたいなと思っている。
おばあちゃんも、だいたい人の話は忘れてしまうけれど、僕が鈴鹿にいることは忘れずに覚えていてくれている。
僕は1回しか鈴鹿に行くことを伝えていないけれど、それを忘れずに時々
あのこはいつ帰ってくるんだい?と回りに聞いているそうだ。


そして、帰る手段はヒッチハイク。
亀山まではファームの稲垣さんが送ってくれた。

午後2時30分から、亀山インターで一時間くらい、雪が降り積もる中、寒さに震えながら立っていた。

一時間くらいやってもほとんど声をかけてくれないと、だんだん今日帰れるだろうかと疑問が出てくる。

諦めたくなってきたとき、1人の女性の人が声をかけてくれた。

ずっと立ってて寒そうでかわいそうだから、大丈夫?
どこまで行くのかな?

東京まで行きたいんです。

静岡までだったら乗せてあげられるよ。

ありがとう!
寒くて死にそうだったので助かりました。

彼女は旦那さんと二人で界から三島の実家まで向かっていたそうだ。
毎年、この日に実家へ帰るのが恒例になっている。

渋滞もあって約3時間半くらいで駿河湾沼津SAまできた。
でも、もうそこで7時になってしまった。

1時間,たったけど捕まらなかった。
親に連絡して、明日になるかもしれないと言ったら今日中に帰ってこいと。

そこで、SAを降りて駅へ向かうことに。
だが、そこには従業員の人も車で来ているらしく沼津駅までは、車で20分はかかる。

真っ暗な道を1人、歩道が整備されていないせいか草を掻き分けながら進んでいくと、1号線に続く道に出た。

でも、一向に車が来る気配がない。
眼下には遠くのライトが星のように綺麗な景色が広がっている。
上を向くと、たくさんの星が輝いていた。
これは進むも戻るも出来ない状況になった。

すると、遠くの方からライトが近づいてきた。
僕は駆け寄っていき、話しかけた。

駅までつれていってほしい。

あんた、何でこんなところにいるの?
こんなところじゃ、誰ものせてくれないよ。

でも、おばちゃんのせてくれたよ。
あら、そうね。

でも沼津駅なんて書いたってここじゃ遠いから誰ものせてくれないよ。

でも、おばちゃんのせてくれたでしょ。
あら、そうね。

私は困っている人を見るとほっとけないのよね。

おばちゃんはそこから一番近い駅まで送っていってくれた。電車が間に合わなかったら、沼津駅まで送ってあげるとも言ってくれた。

駅につくと電車が到着するところだった。
またねと改札に向かうが、車にケータイを忘れてしまい、車に取りに走った。
ケータイを受けとると、僕は走って改札を抜けた。
すると、じゃらじゃらじゃらーっと財布から小銭が散らばって拾っているうちに電車が出発してしまった。
でも、なくしたと思っていた記念硬貨が一緒に落ちていたのを見つけてなんか安心した。

車にケータイを忘れ、お金を落として大変だった。
でもそれを見ていた、おじちゃんが笑ってくれたからよかった。

彼は前科持ちで、今は自立支援センターで勤めているそう。
40分くらいずっと話した。

その後はガッタンゴットン電車に揺られ、無事に、日付が変わる5分前には家につくことができた。

会う人会う人がとても優しくて、とてもいい経験になった。
出会った人たちには、ありがとうと共に野菜を渡した。

自分が好きなものを、喜んで受け取ってくれる。

気持ちのいい1日だった。



協力してくれた皆さん、声をかけてくれた皆さん、見守ってくれた皆さん、心配してくれた皆さん、ありがとう。

続く。
- | comments (0) | -

最近ファームで思うこと

2018.12.18 Tuesday 23:54
アカデミー生のたっきーです。

最近はどんどん冷え込んできました。
畑でも霜が降りてブロッコリーもカチカチに!

カチカチ

でも、寒さに負けず、野菜はすくすくと育っています。

kabu
かぶも大きくなって、食卓には千枚漬けが並ぶようになりました。
鍋に入れてもとっても美味しいです。

carot
人参もたくさん!
とっても甘くて、かぶりつきながら出荷しています。
もうこれがおやつになってます。
おいしそうでしょ!

韓国から来ているフンちゃんは最近
僕は農業が好きだ。野菜は自然からのプレゼントだ。
と言っていました。

野菜だけじゃなくて、僕たち自身も自然からのプレゼントだよなって思ったら、この命は僕のものだなんて言えないなと思いました。
生きているってどういうことなんでしょうね。

この前、ファームでこんな話が出ました。
僕たちは、食べているから生きているのか。
生きているから食べているのか。

食べなきゃ生きていけないけど、食べてるから生きているの?
こういう風に手段が目的になっているようなことってけっこう多いのかもしれません。

僕たちは働くために生きているわけではないような気がします。
生きているから働いているのでしょう。

働かないと生きていけない。
逆に言えば働いているから生きていけていると思っているということですかね。

野菜は種を作らせようとしなくても自然と花を咲かせようとします。
それが野菜にとっての喜びでもあるのでしょうか。

人間も、生きているということは喜びの中に生きている。
今、この瞬間も、今までもずっとたくさんのものを受け続けて、そして今の僕という存在がある。
全てがプレゼントでできていると言えますね。面白いですね!


こんかいはこの辺で。
また、次回お楽しみに!
- | comments (0) | -

僕が鈴鹿にいるわけ

2018.11.11 Sunday 07:40
IMG_2849s.jpg
こんにちは。

僕はアズワンネットワーク鈴鹿コミュニティのサイエンズアカデミーで学んでいる岡田拓樹です。
みんなからはたっきーと呼ばれています。
今回は僕がなぜ鈴鹿にいるのか、書いてみたいと思います。




17歳の時、ドイツで4カ国の子供たちとキャンプをした。
どこにいても、どんな色でも、皆同じ人間なんだということを初めて実感した。
そうして、周りを見渡してみるとみんな同じ人間なのに、何故かたくさん持てる人と、何も持つことが出来なくて死んでいく人たちがいた。
すごく悲しかった。
僕はすごく大きな疑問を抱いた。
誰かが犠牲にならないとこの世界は成り立たないの?
誰かが言った。「日本は豊かでよかったね。」
え?そんなものなの?
なんで、苦しむ人がいるのにそれを見てそんな言葉が出てくるの?
僕はまた悲しくなった。
でも、何とかしたいと思った。
だから大学ではなんでこんな世界が成り立っているのか知りたくなった。
そして、誰も苦しまないような平和な社会になるために何かをしたい。
振り返ってみると、とにかく、がむしゃらだった。
最初は、国際ボランティアをやってみた。
支援先はフィリピンだった。
とにかく現地の人のために一生懸命やろう。
準備に4カ月かかった。
でも、実際に行ってみると、僕が想像していたものとは全然違う風景がそこには流れていた。
すごくショックだった。
僕自身がその人たちを勝手に、貧しいから可哀想な人たちと見ていたことに気が付いた。
思い上がって頑張ってきた自分にあきれた。
こうやって人を見ていることで、そこに住んでいる人たちの暮らしが破壊されていくように感じた。
そこで初めて、人の豊かさを考えた。
ものがあってもなくても、変わらずにある豊かさがあるんじゃないか。
そこで、タイとブータンへと行ってみた。
そこでは、人の繋がりによって育まれている伝統的な文化や暮らしがあった。ものがなくても、お金がなくても、こんなにも笑顔で暖かく僕たちを受け入れてくれる人たちと触れ合うことですごく心が満たされた。
だけど、一方でグローバル化に伴い、たくさんの企業や観光客が押し寄せるようになったことで、人と人が分断されていく一面も見た。
こうやって、文化が破壊されていくのか。環境が破壊されていくのか。そして人が争うようになるのか。
すべて、グローバル企業や自由化政策を推し進める先進国やWBのせいだと思った。
それからは、どうやったら持続可能な社会が構築できるかに関心が向くようになった。
ビーガンになったり、パームオイル製品の食品を控えたり、オーガニックにこだわってみたり、瞑想をしてみたり、NVCを学んでみたり、プラスチックを使わなくしたり、ゴミの出ない暮しを試したり、物々交換会を開いてみたり、いろいろ試してみた。
だけど、そういうことをしていると、段々と人に厳しくなっていくようになった。
肉を食べてる人が悪い人に見えたりもした。(特に牛肉)
でもなによりも、なにをやっても何も変わる気がしなかった。
だから、休学して一旦立ち止まる時間が欲しかった。
本当に僕がやりたいことはなに?
そんな時、アズワンに出会った。
何かに惹かれガイアエデュケーションに参加していく中で、初めて自分と向き合うことになった。
そして、もっとここでやっていきたいから、留学生になりたいと連絡を入れた。
そこで、初めて読んだ本が「やさしい社会」だった。
誰にでも優しい社会があるんだ!
最初に求めていたものって、誰かにとって居心地がいいとか幸せだとかじゃなくて誰も苦しまないで済む世界だったな。
そして、それを諦めかけていたことにも気が付かなかった。
だから、‘誰にでも‘という言葉を見たときはすごく衝撃的で、うれしくて、同時に虚しくもあった。
でも、それがどんな社会かは全く分からなかった。
誰にでも優しいってどんな社会だろう。
今の社会は全然優しくないように見えて、みんなを苦しませるこんな社会が憎くも感じた。

IMG_2704s.jpg

大学の休学についてどうしたいか悩んでいた。
大学の職員から電話が来た時、なんでもう一年休学したいと思ったのか、学校側としてだけでなく、僕個人としても聞きたい。また話をしよう。と話してくれた。
僕はその瞬間驚いた。
職員は大学のために働いているから、学生も大学のために利用されると思ってたけど、その職員の人は、学生(僕)のために働いていた。
僕が、職員の人をどう思おうと関係なく、愛情を感じようと感じまいと関係なく、実際には職員の人たちから愛情を受けていた。
怒っていたり、注意したりしていても愛情がないわけではなく、そういうのが曲がって出てきていただけだったんだ。
明学には生徒が1万2千人いる。
そんな人数1人1人に向き合うってすごく無謀な気もするけど、何度もメールや電話でやり取りをしてくれ、気持ちを聴こうとしてくれるということはすごいと思った。
僕の休学のことだけで、たぶん少なくても2時間くらいの作業や対応をしてくれている。
それを1人1人にやったら2万4千時間。1000日分になる。
それくらいの労力を一人にかけてやっていたことになる。
それに加えて、入学手続き、履修確認、学内活動のこと、などなどもういろんな事やってくれてるじゃん。
何にも見えてなかった。
僕が勝手に職員の人はこうだと決めつけて、そこに反発してきていただけだったなんてショックだ。
でも、なんて豊かな社会なんだろう。
誰の中にもある人に対する愛情。
それによって初めて成り立つ社会。
そんな中で育ってきていたことに気付いていなかった。
今は、その愛情をまっすぐに表現することを妨げるものがあるから見えにくいだけで実際にはどれだけの愛情を注がれてきたことか。
今、生きているっていうことはそういうことなのかもしれない。

人から愛されることも、人を愛することも自然な姿であって、特別なことではない。
誰かに何かをすることも、何かしてもらうことも特別なことなんて一つもない。
誰かが困っていたら助けたくなる。
人の幸せを願う。
それが良いことでも悪いことでも何でもない。
ごく自然な姿だ。

誰かの犠牲の上で成り立つ社会ではなく、全ての人の自由意思によって成り立つやさしい社会。
まずは僕自身が本当にやさしくなりたい。
その方向に進んでいけるようにもっとここで学んでいきたい。IMG_2720 (3).jpg
- | comments (0) | -

6ヶ月間のサイエンズアカデミー生活の振り返り

2018.10.15 Monday 18:48
アカデミー留学を通じて自分と人の本心がよく聞けるようになればと思う。 生活の中で見えてきたことを話しながら,知性と心の成長を感じてみたい。 人々に安心してゆだねる中,本当の自分を知っていきたい。 本来の親しさがあらわれるコミュニティとはどんなものか,本当に距離感のない人の間とはどんなものか。 人と社会の本来の姿が知りたい。 本来のものが見えてくれば,そのように生きていける。 アカデミー留学を通じて,何でも聞けて話せる人に成長したい。それで誰とも距離感なく楽な関係で生きていきたい。

私のアカデミーへの入学希望レポートを読んだら,上のような目的を書いている。4月5日,サイエンズアカデミーに入学して6ヶ月が過ぎた。そして,もう韓国に帰る。
今の時点で私はどの程度成長したんだろう。 アカデミーに入学すると,坂井さんのプレゼンテーションを聞いて,意識できない私の本心に触れる様な気がした。今振り返ると,職場研修,コース参加,観察プログラム,いろんな形の話の時間など,アカデミーの生活全般が私を観察し,私の固定観念に気づき,私を知る時間だった。
yono.jpg
出発の記 | comments (0) | -

鈴鹿で1年ちょっと過ごしてみて

2018.10.02 Tuesday 11:48
38403244_1801135170001571_5594416055201038336_n.jpg
 
 今回はアカデミーで過ごしている中での、個人的な近況とか心境を少し。
 
 僕(※写真の右下の白シャツ、青パンツの男)は去年の五月から三重県の鈴鹿に来て1年4ヶ月が経ち、今はアカデミー生として生活してます。

 来た当初は半年ほど滞在して、その後また仕事をしようかという感じだったんですが、アズワン鈴鹿コミュニティで時間を過ごせば過ごすほど、何かを勉強をしたりするのではなくて、本当に人として成長できるできるような気がして、気づけばここまで長く居着いてます。

自分は人生で何を望んでいるのか、人の本来の幸せとは、誰もが幸せになれる世界とは、あまり普段は人と話せないような話が日常の中で出来て、お互いに深く話し合えるのが楽しくて、そんな感じで過ごしていたら途中で予定も白紙にしちゃった感じでしょうか。
 
今振り返ると東京で仕事をしていた時も、人や仕事の機会に恵まれ、お金にも時間にも余裕のある暮らしではあったと思います。

ただ、仕事・収入や趣味の充実といった外面的な条件では充実していても、自分の中に何か満たされなさも感じていました。

社会の常識の中でいろいろなものを諦めたり妥協をするものの、「本当は人としての本来の幸福はこんなものじゃないはずだ」みたいな思いを常に抱えて生きてた感じでしょうか。

アズワン鈴鹿コミュニティでの生活を通して、東京で仕事をしていたときははっきりとは見えなかったものが、見え始めているような気がしてます。

自分ではある程度自由で心理的にもそこまで大きな問題はないつもりでも、実は社会通念や常識に強く縛られていたり、義務や責任を自分や人に強いる心の状態であったり、常に不安や恐れの中で動いていることに気づきました。

そうした自分に内在する悪感情に気づきながら、現状の自分はあるとしても本当はどう生きていたいのかが少しずつ見えてきている感じです。

「これからどうするの?」ともよく聞かれますが、今は期限なども決めずに、鈴鹿での活動に力を注いでみたいと思っています。

人生を通して、高校、大学、東京で仕事をしていた時と心の奥ではずっと同じ事を変わらずに願い続けてきた気がしていて、それを今は鈴鹿で、自分の本心を確かめながら、それを具体的な活動に結びつけていきたいな、とか思っています。


...まあ、こう書くとまとまってかっこいい(?)ですが、日常は右往左往しながら、ぼちぼちですかねー
でも、アカデミーで生活していても、周囲の環境や人には本当に恵まれてるな、と素直に思うかな。
日常 | comments (0) | -

ある台風の日

2018.09.18 Tuesday 11:37
44026556_2219402631467643_2265944566920118272_n.jpg

先日の台風の時、はしゃいでジャンプしてるのが“タッキー&レオ”。
(このコンビは某有名事務所とは違い、解散せず、絶賛活動中!!)

この後、台風一過で困っている人もいるだろうと街に出かけて行ったらしい。

すると本当にいろいろお困りの方たちがいたみたいで、いそいそと自主的救援活動。
或るおばあさんは、倒れかけた塀を何とかしようとしていたらしく、“タッキー&レオ”のサポートで事なきを得たという。

「助かりました、あなた方のお名前は?」

「いやいや、そんな名乗るほどの者ではありません。」

という会話があったとか、なかったとか。

数日後、そのおばあさんが鈴鹿カルチャーステーションに菓子折りを持って訪ねてきた。
「先日、若者二人に助けられまして。お名前はおっしゃらなかったが、カルチャーなんとかと言っていたので、こちらかと思い持ってきました」と。

レオは、その時のタッキーの姿を見て、

「今のタッキー、主体的にやってるな~」と思ったとか。

44076981_2219402924800947_1744692316376924160_n.jpg

台風の夜は、彼らの住むアズワンハウスは停電に。
ちなみにアズワンハウスはオール電化です。

しかし、不安や不満よりもワクワク感に駆られた彼らは、

「どうする、何食べようか~」

「ねえ、どうする、どうする?」

「そうだ、カセットコンロがあったから、あれでラーメンを作ろう!」

そして、鍋を囲んでラーメンを作り、何故だか、一人ひとり麺をすすっては、次の人に回し、その鍋が何周もするのを愉しんだ・・・そんなキャンドルナイトだったとか。
日常 | comments (0) | -

アメリカの高校生との5日間

2018.07.23 Monday 12:19
37642114_1781430765305345_591288972274040832_n.jpg

アメリカの高校生と共に五日間を過ごしました。

アメリカの各地から集まった高校生が、Food & Sustainability(食と持続可能性)というテーマで日本各地を回ってきて、最後のプログラムとして鈴鹿でのコミュニティ体験をする、という流れで来てくれました。

今回はアカデミー生が受け入れに挑戦するということで、五日間をどう過ごしてもらうか、予定を組んだり、案内をしたり、ミーティングを企画したりと、みんなで話し合いを重ねながら準備していきました。

アメリカの高校生ってどんなことを考えているのだろう?
鈴鹿でどんな体験をしたいのだろう?
自分たちは何を伝えたいのだろう?
そのためにどんな運営ができるだろう?

全く初めての試みの中で、ゼロからプログラムを練っていきました。

歓迎会ではアカデミー生が "Imagine"を演奏
Suzuka Exploration-5.jpg

鈴鹿の自然の中で川遊び
KIMG1387.JPG

KIMG1384.JPG

コミュニティのファームや里山も体験
Suzuka Exploration-66.jpg
Suzuka Exploration-48.jpg
Suzuka Exploration-125.jpg

様々な体験をアカデミー生と高校生達が共に過ごし、打ち解け合いながら、将来の人生をどう考えているのか、今の社会にどんなイメージを持っているのか、自分はどう生きていきたいのか、といった深い話をする時間が持てました。

Suzuka Exploration-8.jpg

高校生の子達はこんなことを話していました。

「まだ帰りたくありません。とても受け入れてもらった感じがして、幸せだったからです。」

「(鈴鹿コミュニティでは)誰の間にも上下がなく、誰もが人に敬意を持っていました。」

「接してくれた人がみんな、温かい思いやりを持って接してくれたように思います。」

「何か問題が起きたとき、誰も何かを強いられたり、束縛されたりする必要がないこと、間違いを非難されたりすることなく、気持ちを話し合うことで進んでいけることを学びました。」

KIMG1425.JPG

また、今回の受け入れを通して、アカデミー生のDiegoはこんなことを書いていました。
「それぞれの人が違う所から来たので、自分の歴史や自分の人生や自分の文化等は違うけど、共通の繋がってる点があるし、共通の本質があります。
皆は人間です。
私達は一つです。

未来で、私達がまた会うかどうかはわかりません。しかし、この体験は消えないし、この関係がなくなることはありません。」

DSC00031 picture enlarged.jpg
イベント | comments (0) | -

アカデミーブログ first step 近況

2018.06.28 Thursday 16:57
こんにちは。アカデミー生のTです。
今年4月からサイエンズアカデミーが開校され、最近になりアカデミーに関心を持つ人がちらほら出てきたという事を聞きました。そこでアカデミー生活がどういうものか、どんな暮らしをしているかを紹介できたら良いなと思い、ブログを書いてみようと思います。
果たしてこのブログはいつまで続くでしょうか。そもそもサイエンズアカデミーがどれだけ続くのか。とりあえず、数年、数十年続くのではないかという思いで、最初の一歩を踏み出す感じでやっていきたいと思っています。


今回は現在のアカデミーの状況を簡単に紹介したいと思います。

アカデミー生の人数は現在12人です。(2018/06/28)

国籍は日本5人、韓国5人、ブラジル2人。
かなりインターナショナルな感じですね。みんな日本語を勉強しながらサイエンズを学んでいます。日常会話は問題ないレベルまでみんな上達しています。

男女比は男6人、女6人。
韓国の5人はみんな女性です。韓国にはサイエンズに関心がある人が多く、この四人以外にも数人が以前の留学制度に来ていたり、ビザの関係で今は韓国に帰っていたりする人がいます。

年齢は20代前半2人、後半2人、30代前半5人、後半以降3人。
平均年齢は32歳となります。僕が今32なのでちょうど平均ですね。これから20代の人が増えてくる兆しがあります。年齢の移り変わりもどうなっていくか楽しみです。

生活
基本的には午前中は職場に行っています。おふくろさん弁当や鈴鹿ファームに行く人が多く、だいたい朝6,7時から昼の13時ごろまでの6.5時間でやろうとしています。人によって職場は色々で、幼児を見るチェリッシュやスクール事務局、コースのスタッフやスタディツアーのスタッフをやる人もいます。
午後は何をしているでしょうか。今のアカデミー生の現れを思いつくままに書くと、ミーティング、振り返り、観察プログラム(後日紹介するかな?)、ブログを書く、本を読む、漫画やアニメ動画を見る、寝る、料理、掃除、ギターを弾いたり歌ったり等々があるでしょうか。より成長するための過ごし方というのももっと見出していきたいですねぇ。

定期的な集まりとしては、
アカデミー研究会 週1回、2時間(サイエンズ研究所の人と行う)
ゼミ       週1回、2時間(サイエンズ研究所の人、コミュニティの人と行う)
AOミーティング 週1回、1.5時間(アカデミーオフィスと)
アカデミーミーティング 週1回、2時間(アカデミー生のみ)
があります。その他にもそれぞれの職場でミーティングがあったり、アカデミー生自身がミーティングを設けたりしています。以前の暮らしから考えると、本当に話し合う時間が多いですね。

後は月1回コースに入ったり、月1回みんなで食事会を開いたりしています。

いつまでアカデミーで学ぶかは人それぞれ違います。来年の3月までという人が多いでしょうか。ビザの関係で3カ月ごとに来るというのも多いですね。みんなあくまで予定としてその時その時で話し合ってやっていこうとしています。とりあえず来年度も続ける予定の人は今はいないので、今年度と来年度では人はがらっと変わっているかもしれません。

今現在ではみんな鈴鹿コミュニティで学んでいる状況ですが、より成長した学生が出てきたら世界各地、日本のどこか、韓国またはブラジルに羽ばたいていってサイエンズメソッドを試してみるということもあるでしょうか。そういう人が出てくるとアカデミー全体の雰囲気もまた変わってきそうです。楽しみですね。

ではまた~。
アカデミー概要説明 | comments (0) | -

<< 2/2