見て聞いて、自分が思っているという自覚が、知性を働かせる!

自分をそのままを見る力を培うことによって、日常の見たり聞いたりして思っている自分を、科学的に調べていけるようになります。
そして、物事を素直に見られるようになり、実際はどうかと知性が働き始め、柔軟な思考が出来る頭に変化していきます。

12月19日からの「自分を見るためのコース」に参加した人の感想、一部ですが公開します。
img3121_file-nagano.jpg頭の中をそのままを見ることで、妄想が小さくなる
私にとって大きかったのは、事実、実際の世界と、見てから後の事は頭の中の事でその間に区切りがあるという事。
その区切りがハッキリしてさえいたら、自分の妄想は膨らまないなと思った。

自分を見るときに、その時の自分の心の状態や意思や欲求があって、それを捉えて言葉にするのだけど、その言葉になる前の自分を見ようとするのかなと思った。
そして、捉えたものに反応して、思いや考えが出てくる。
私はその思いや考えを事実化することで、悲しくなったり重くなったりするようだ。
固定化しやすい頭だね。

過去の大きな反応、悪感情が出た例も、出して客観的に見てみると、その時の自分はそう捉えたんだな、寂しかったんだな。
聞いて欲しかったんだな。と思う。
それを相手の言動のせいにしてたんだな。
言われる。 させられる。 責められる。 思われる・・・られる事なんて無い。

例え相手が押し付けてるとしても、機嫌が悪いとしても、そうなのかな? どうなのかな? ってなったら、自分が暗くなったり、重くなったりしなくてもいいなぁとおもった!(笑)
なんだか随分軽くなった感じ。(女性、50代)
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無自覚な自分を見ていくと、自分の本心が観えてくる
相手がそう言ったかもしれないと思っているけど、実は相手がそう言ったんだ。
そうした。
それが起きた。
という無自覚の自分がいるな〜

自分を見る。自分の本心を知る。 
それから相手と通じ合って、検討が出来て、やさしい社会が生まれるかな。

今回、自分を見ることと本心で生きられる社会の実現をちょっと見えてきたかな。 
自分を見るの重要性をちょっと見えてきたかな。(男性、30代)
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自分の捉えたものに反応している・・・それを頭の理解から腑に落としていく
コース中の暮らしの中、または日常やっている中での事例を通して「自分を見る」とは? と繰り返しながら理解を深めていった感じ。

いろんな自分の事例や人の事例を通して、「自分の捉えたものに反応している」「では、それをどう捉えたのか?」と繰り返し繰り返し、じっくりとそれをやってきて、それを頭の理解から腑に落としていくような時間だったかなと思う。

現状の職場や日常では、外のものに反応しているように、自分の捉えたことの事実化がオートマチックに起こっているが、ミーティングを通して、そう捉えている自分に気づく回路を作るとともに、そういうお互いであることを前提に、中のものを出し合う。
自分を知り、お互いを知る。 
和気あいあいとした気風。。。

〇〇さんがチェリッシュで子どもたちの欲求を見ようとする、満たしていくというような話をしていて
アズワンミーティングにおいても、生まれ育ちの影響でついてきた考えや価値観などはあっても、そういう自分を知るとか、お互いを知るとか、そのなかにある欲求を満たそうとする作用が、人と人の間にはたらいているようだなと思った。

「自分を見る」、知っていくのは面白いことだ、そういう自分を知りながら
じゃあ実際のあの人は? この人は?  これは? あれは?
そのあらわれに右往左往するのもよいけれど、より本質的なものを知っていく中で   
本来のものにそっていきたい   
理に適うというのかな
人生がどんどん面白くなっていく(男性、40代)
自分を見るためのコース | - |00:13