内を観る、そのままの自分を見ていくと、本音・本心が観えてくる

怖い体験の記憶や、クセ付けされた自分を守る思考(恐怖心)もじっと見ていくことで、実際の自分が見えてきます。
心の開放が起こります!
記憶の奥にある、愛情をいっぱい受けて育った実際の自分が浮き出てきます。
人の中で、人に育てられている、喜びの中に生きている実際の自分の発見!
人との対立がなくなり、明るい暮らしが始まります。
人間の本来に興味がわく自分自身にも出会えます。
サイエンズスクールで開催されている「内観コース」は、そのままの自分を受け入れられる自分を体験します。
2月3日から開催された参加者の感想を紹介します。

DSCF2744.jpg◆思いや考えのもっと奥、底にある気持ちやこころの発見!

「その時のそのままをただ観る」とういうのが、やっと垣間見えた様な感じで、ここからやっと始まるという気がしてきた時に終わった感じだった。
内観して、本当に沢山の人が登場してきた。

実際は、それだけの人に関わって、把握出来てない人も沢山いる中で生きていたのかな。
色々な場面を振り返ってる中で、スタッフさんが、「もっと 具体的に、ただ見る」と言ってくれたので、よし、もっとよく見てみようと思ってやってみた。

娘〇〇の卒業式の洋服を買いに行く場面で、「これはどう?試着してみたら」
「ママはこれがいいんでしょう」 「そんな事ないよ、〇〇の気持ちが大事だよ」
という会話だけど、もっともっとよくよく見てみると、私の中に急いでる感じがあって、もう既に決めてる感じもあった。
そんな心の状態があるのが見えてきた。

娘〇〇は後で、あれはイヤだったって言ってて、あのリサイクルショップの洋服がイヤだったのかと思って聞いてたけど、〇〇の気持ちに全く関心を示してない私の態度がイヤだったのかもしれないなと思った。
「あれはイヤだった」
という表現した中身はなんだったのかな?

本当にいつも事柄を進める事を優先してきたな。(50代女性)
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◆愛情いっぱい・・・明るい世界が見えてきた!

長いトンネルの終りが見える感じだ。
暗いトンネルの中に明るい光の外の世界が見えた, 
何かそんな感じがした。

赤ちゃんだった私の手を母が噛んで泣いていた自分がいる。
あまりにも明るく笑っていた母。
お爺さんの自転車に乗って家に帰って玄関に降りたら 、あまりにも明るく笑っていた母。
お母さんが働く職場に行ったら私を見て 、あまりにも明るく笑って入り口に歩いてくる母がいた。
そんな母がいて、 ご飯を食べてもテレビを見ても、シャワーを浴びても布団に入る時も楽しく感じていた。

明るく笑う母の状態。
親の状態とはそういうものなのか。
人といて安心。
人と一緒にいて楽しい。
何かを一緒にやってではなく、安心と楽しさのベースの関係。

そんな人になりたいと夢が出てきた。
親のような心の人。
共にいる人たちが安心してのびのび暮らせるような、そういうベースになる人。
今回の内観で
"人と人の間に何があるのだろうか"という観点が生まれてきた。
人と人の間にある実際に焦点を当てて、大切にしていきたい。(30代女性)
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◆表現や表れは色々だったが、元にある愛が観えての変化が・・!

"怖い、緊張する"というテーマで幼い頃から自分を見てみた。
1年生の時、数学問題を間違えたと先生に頬を打たれた時を思い出して、"怖い、緊張する、あの人が嫌だ"というのを見た。
そして、相手を理解しようとする方向に考えが動いた。
面談の時、ありのまま自分を見てみる。
見るだけで十分だというスタッフさんの話を聞いてもっとゆっくりと見ようと思った。

それからまた思い出した時、胸のドキドキが去り、当惑していた子供の心と、殴ることによって表現されたが、そこにあった先生の心に関心が生まれた。
このテーマの中で、相手と私を上下、優劣で把握する私の視点がはっきりと見えてきた。
顔で見る人に緊張して、下に見る人に責めているんだね。
そんな観点があっただけだね。
胸のときめきが消えたときは、私とその人が対等に見えるようになった。

最後に母親に対する自分をもう一度調べた。
私がどんな状態であっても、どんなことをしても、一度も変わることなく、私に向いていた母の心が見えた。
怒る母の言葉だけ聞いて、私の事に反対していると嫌がり、怒る人と恨んだ母への私の考えとは関係なく、私が自分の思う通りにするので母が病気にもなってしまったのだが、そんな母にそっぽを向いた私とは関係なしに、いつも母から面倒を見てもらっていた。
それだけで本当に充分な感じだった。
本当に祝福された人生だね。
両親の深い愛の中で育まれた大切な一人だなと実感した時間だった。 (30代女性)

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◆快適に生きる自分の考えから、快適に生きられる自分の状態へ!

よりよい現実を創造していくために物事は“このように”捉えたほうがよいという風な私独自の考え・解釈が、ありのまま観ることを邪魔していた。
良し悪し判断なし、体験当時の気持ちもそのまま、上から覗いてみる感覚で眺めてみたら観やすくなった。

産まれてこの方どれほどの愛を親から与えてもらってきただろう。
実際に「してもらったこと」にフォーカスして観ていくことで、目には見えなかった気遣いや言葉では耳にしなかった励まし、支えを深く感じ入ることができた。

親が注いでくれた愛は私の想像をはるかに越える絶大な愛で、無条件の愛だった。
観れば観るほど、愛にくるまれていく感覚が大きくなっていくのを感じ、これほどまでに支えられて生かされてきたこの命をいかに恩返し、恩送りしながら生きていこうと思った。

怖れが強すぎて対象の人物を観ることができなくなっていたとき、その、今まさに怖れ痛みを感じている状態の自分をありのまま観てやることで守り固めた武装が少しほどけていくのを感じられた。(50代女性)
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◆甘えたい、甘えられてうれしい、親の愛が沸いてくる!

今回内観してみて、母とのいろいろなやり取りの中で、自分のその時の感情、気持ちがあったんだなと気付きました。
母が私にいろいろやってくれたことを受けたら、母の言いなりに言う事を聞くしかないと頑なに拒否している自分の姿を見ていくと、最初は気にかけてくれていることを嬉しく感じたり、無条件に母に甘えたいという自分の気持ちがあったなと気づきました。

その時の母の表情も思い出したら、悲しそうであったり、時には泣いていることもあり、その都度母や私に正直な気持ち、お互いに切れない愛おしさのようなものがあったように思います。

内観する中で、ゆっくり自分の姿を見て行くと、初めに現れる感情や気持ちがあり、それから考えが出てくるように思いました。

内観は、時間をかけて、自分と向き合うので素直な自分の姿を知るきっかけになっていくようで、すごく大切なことではないかなと思います。
内観をしていく中で、自分を大切にしたい、もちろん周りの人たちにも、なにか愛情が湧いてくる感じがしました。(60代女性)
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◆思い出して見てみる! 不思議だな~! おもろかった!

内観って不思議だなあ。って思う。
記憶を思い出しているだけなんだけどね。

母親、父親、と内観してから、してもらったことお世話になったことを時間を追って順番にしらべていた5日目くらいにふっと、(おそらく)今まで感じたことがない感覚になった。
底を着くってこんな感じ?

本当に感覚だから、文字や言葉にするとなんか別のものになる気がするけど、なんかなんでもいいなあ。っていうか、自分のこだわりとかホントどうでもいいなあ。とか、必要なモノなんてほんまなんもないなあ。とか。
こんだけしてもらってるのにあとなにか?
みたいな感じ…。

その感覚を思い出すとなんか、うれしくなるのかなんなのか良く分からなかったけど、抑えきれん何かがあって、たぶんこれは嬉しいんだな。というかんじ。
これでいけたらめっちゃ楽やなあ。
問題が問題じゃなくなるなあ。と思う。

だから、内観って本当にふしぎだなあ。ただ思い出しているだけなのにね。
CDで聞いた《大脳新皮質》っていう奴を使ってるんかな?
またすぐにでも内観しに来たい。

あ~おもろかった!!(40代男性)
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以下のページから内観コースの案内が読めます。
http://www.scienz-school.org/hp/naikan.html
- | comments (0) |07:49

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