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心の声を聴こう ~内観コース~

自分を見つめる時間を持ちたいと思っていませんか?

自分の<気持ち><心>を忘れていませんか?

静かな、ゆったりとした空間に身を置いてみると・・・

自分のこれまでの人生、どのように見えるでしょう。

自分の成り立ちが見えてくると、視点が広がり、心が軽くなるようです。

今回は、10月「内観コース」に参加した人の感想の一部を、紹介します。



前回に比べて過去をより詳細に思い出せていた。

幼い自分がそこに立って、歩き、視点を様々な人や場所に移していくことで、「ああ、そういえばこの人がいた、この場所はこうなっていた。」と思い出していき、それにまつわるエピソードが繋がっていく。それだけでも楽しかった。

さらにその頃の自分の感覚、無邪気に何か面白いものを探して、赴くままに思いっきり遊ぶ。ただただ人と笑いあって楽しく過ごしたいという感覚が思い出され、懐かしくて嬉しくて、涙が出てきた。今の自分には忘れ去られ、無くなってしまったのかと思っていたものが、こうして思い出せる。忘れていただけでまだ失ってはいないと思えた。

過去の記憶は現在の認識、言葉の成り立ちに大きく関係していると思う。過去に思い出される情景は、そのまま現在の周囲の環境の認識に繋がっている。なので過去の記憶を詳細に思い出していくということは、現在自分が捉えている世界を知っていくということと同じような感じがする。

ただ観るだけでいい。

これはこうだから良い、悪い。あの時はもっとこうしておけば良かった。あの人は嫌いだ。

人や事柄に対して、自分の中で既に意味づけされているものがある。また、思い出した記憶にすぐに意味をつけたがる自分がいる。「ああ、そういえばあの人はこんな事をした。だからあの人はこういう人なんだ。」思考を巡らして色んな解釈をしたがる自分がいる。

でもそれは、あんまりしなくてもよいのではないだろうか。

それは自分の中の自然な部分というか、自動的に出てくる部分がやってくれる。

(20代男性)



父と母がけっして楽ではない、仕事を続けながら(幾つか転職もくり返し)私と妹に、食事をさせ、おそろいの洋服を着せ、欲しいものを与えて、新しい家に住まわせ、大学までいかせてくれたこと。

それは、今まで親として“あたりまえ”と思っていた私でしたが、内観を続けていくうちに、そらがどれだけ大変なことだったかに、気づかされ、涙がとまりませんでした。

父の人生、母の人生にこれほど思いをはせたことは、今までまったくなかったと思います。

自分の人生をふり返ったとき、幼少期や小中高時代のトラウマとなるような場面(自分の記憶)が、いくつかありました。

人生につまづいた時には、その記憶を思い出し、「あの時、私は父や母から傷つけられた!」と人生がうまくいかないことを、親のせいのように思っていたこともあります。

今回の内観で、ずっとひきずっていた幼少期のトラウマが、ことごとく反転していきました。

自分劇場でトラウマだと捉えていたことが、対等に観ていく中で、その時の母の状況、父の気持ち。記憶に表れた細やかな場面など、違う視点で、観えるようになり、「あ~、わたしの勝手な思いこみにすぎなかったんだ」

「あの言葉は、本心ではなかったかもしれない」

「父も大変な状況だったよな・・・。今私がその立場だったら同じこと言っただろうなぁ」とか。

こんな風にそのときの場面を思い返して観ていくことで、トラウマだと思っていたものは、トラウマでは無くなり、逆に両親に聴いてみたいこと、そのころの両親と話してみたいことに変わっていきました。

とても貴重な体験でした。(50代女性)
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