心そのものは、素直・優しい・ひとつ、心の底へアズワンを探る!

結婚した時の喜び・子どもが生まれてきた時の喜び。
子どもの育ちの中に親としての嬉しさを味わう。
社会の中で、地域の中で、家族の中で、人と人の中で、喜びや・嬉しさを味わいながら生きているのが人の実際ではないでしょうか?
ひとつの繋がりの中で、人は皆、幸せに生きられる。
「アズワン」ひとつの世界を味わいながら、ひとつを探るセミナー!

1月2日~開催された「アズワンセミナー」の参加者の感想の一部を紹介します。
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以下のページから「アズワンセミナー」の案内が読めます。
http://as-one.main.jp/HP/seminar.html
img2299_IMG_1108.jpg◆日ごと深まる気づき・・・人の中でこそ、優しい心が蘇る
一日目、まったく見えない無言の時間にイラダッた。  
一秒も無駄にしたくなかったし早く結論を求めた。  
他の人に、かなり迷惑をかけると思ったけど、こっちも真剣だ。

2日目、無言の間に耐えられるようになった。  
時折、答えに行き詰まると、仲間の意見きっかけに、思考が進んだ。  
間違いなく一人ではたどり着けなかった答えだ。
その時、仲間の存在が急に大きくなった。

3日目、無言の時間が心地よくなった。  
他の人の意見が聞きたかった。  
いつもイライラし、怒りにあふれていた生活をしている自分にとって、怒りのメカニズムはすごい気付きだったが、疑問も残った。

4日目・・・このくらいの時期から、焦りや苛立ちが全く無くなってきた。
これは、すごいメソッドですね。

期間中、毎朝、朝日を見に行った。  
毎日、散歩に付き合ってくれたり、辛いときに、やさしくしてくれた仲間に本当に感謝です。  
これは、結局一人では成り立たないことですね。  
お世話になりました、そして、これからがスタートです。(男性40代)
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◆事実は変化しながら、すべてと繋がっている、ひとつの世界へ心の解放!
事実とは客観的に物事を捉え、だれが見ても同じものだと思っていた。
ところが、いくつのかのワークを体験すると、まったく、捉え方は人それぞれということが分かった。
事実は変わるものということを学んだ。
事実とは不変的なものと思っていたが、事実とは変わるものという気づきはなかなか衝撃が大きかった。

喜びから始まった行為がいつの間にか、煮詰まることがあり、どうしてそうなってしまうのかと考えていた。
喜びからの行為についてはよく言われているが、それだけで果たして、世の中が成り立つのか、だれかが全体を見ていないと回らないでしょという思いが拭えなかった。

でもそれって、こころや気持ちが動く前に、「~すべき。~してはいけない。」ということを体が覚えていて、心より先に反応しているのじゃないかと思った。
ほんとうに喜びから生まれる行為で動いて、それが循環していったら、どんなふうに変わっていくんだろう。

一緒に学ぶ仲間がいるというのは自分がどうしてそういう反応したのか、感じ取れるよい機会だった。
人がいるから自分が見えるんですね。
とても暖かい沈黙の時間だった。

これからやりたいこと。
気づかないうちに自分を縛っているものをほどいて、喜びで動いていくこと。
そしたら自分はどう変わるんだろう。 というわくわくした好奇心。(女性40代)
img1375_NCM_2504-1.jpg◆ゼロからの探求メソッド、深い気付きが、喜びや楽しさを拡げる
学びは何らかの気付きを生じ、気付きによって自分の中に変化が生まれ、新たな自分への成長が始まると思って、これまで生きてきた。
だから、学ぶことの楽しさ喜びは常日頃から感じて、大切にしてきた。

サイエンズメソッドを体感して、これほど深く本質に迫る学びがあったのかと、大きな驚きと感動を味わっている。
日頃は気になりながらも何となく過ごしていた自分、家族、友人など、深く探っていくと思いがけないことが見えてきた。

これまでの知識、情報、体験などで構成されていた自分の頭の中を、共に学ぶ仲間とともにサイエンズメソッドで掘り下げてみると、愕然とすることばかり。
ゼロから探究することで、これまでの思考、行動、感情がどのようになされ
実際との間にずれがあるかが理解できるようになってきた。

観たもの、聴いたことも、実際とはずれた状態のまま認識していることも驚きだった。
体験したことも、本当にそうなのか、常に意識して確かめる必要を感じた。

本当の自分を知り、人間を知り、社会を知ることが、理想社会を実現するのには不可欠だと思う。
ただ何となく仲が良いからとか気が合うからとかでは、本当に安心して付き合えるとは思えなくなった。

トラブルや意見の違いなど、何があっても共に深め確かめ、楽しく物事を進めていける関係をつくることが必須だと思う。
共にサイエンズメソッドを駆使できるようになりたい。(男性70代)
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アズワンセミナー | comments (0) |15:44

人の中で安心し、気づき合う一人ひとり、探究の醍醐味!

日常、自分の頭は、どのようなに動いているのだろうか?
多くの人は、自身の思考の実態を見てみると「すべきことがある」と、普段、自分自身を縛っている考えが見えてきます。
自分自身を顧みる機会の中で、気づきのプロセスがこころに解放を起こします。
人と共に、幸福に生きる、道筋も見えてきます。
まずは、自分自身を知ることを通して、本来の自由な発想を身に付けていきます。
サイエンズスクールで12月8日から開催された「自分を知るためのコース」参加者の感想の一部を紹介します。

以下のページから「自分を知るためのコース」の案内が読めます。
http://www.scienz-school.org/hp/jibunwoshiru.html

pansy-3466090__340noseru.jpg◆気づきの連続で、思考回路がスッキリ
「私の内はどうなっているのだろう?」
「人間が考える時のメカニズムはどうなっているのだろう?」
「知るって?」・・・・
そんな色々な疑問や、生活の中で出てきては忘れていく反応をゆっくりと観てみたいなぁと思っていた。

探究中まず気付いたのが、私が表現したい言葉は最初頭の中に感覚のようなものがあって、絵になり、その感覚と絵とを合わせながら最もらしい言葉を引っ付けて表現している。
以前までそれがハッキリと見えてなくて自分自身では‘表現するのが遅いなぁ~‘と感じていた。
気付いた瞬間、思考回路がスッキリした感じ。

そう気付くと‘伝えないといけない…‘に捉われていた事にも気付いた。
無意識のうちに習慣付いて気付きもしない反応、自分の頭の中で書かれたシナリオで過去を生きている今。
探究すればするほど可笑しくて笑えてきたなぁ~。
そしてまだまだ終わりのない観察、探究が今もこれからも続いて行くんだなととても楽しみでワクワク。(女性30代)


◆認識を事実にする思考は、人間の考え。そこに気付く楽しさ・広がり
今回のコースで印象に残っているのは「事実化」
見たり聞いたりしてインプットしたことを自分の中の知識や経験、記憶と結び付けて自分の中で事実化する。
それはあくまで自分の中の感覚でしかないのにあたかも「事実」であるように思い込む。それが私の日常だったな。
それに自覚がないから他人の言動に振り回されたり自分の感情に捉われて一喜一憂したり。
それは人間の考えであることを知らない状態。

事実実際は今この瞬間瞬間のことで、留まっていないしはっきり捉えられるものでもないし、ただそこに関心が向いて「わかった、知った」とならないでただただ知ろうとする営みなんだろうな。
そのことに気づいたのが今回は印象的だったな。

今回はとくに「探究する」ことが楽しかった。
ぐるぐる同じところを回っているようで、それが拡がったり深まったり、もやもやしている思いを誰かがすぱっと言葉にしてくれたり、「そっか~!」と気付かせてくれたり。
ひとりひとりでいながら、深いところでは繋がっている感覚に日ごとになっていった気がする。
暮らしの中でも「私の中でおこった自分劇場」を出し合って「実際は?」に関心を向けて見たり、そんな経験がわたしにはとっても楽しかった。
よく笑ったな~。(女性60代)


◆広がりと共に柔らかくなる自分の考え、面白いなぁ
当たり前にやってること。
喜んだり、硬くなったり、焦ったり、不安になったり、どうゆう反応がおきてるのか。何から硬くなったり不安になったりするのか。
人間の考えの特性とか事実実際はどうゆものかの探究はおもしろいなと思った。
○○ちゃんが人間ってあほやな~って笑う
せやな~(笑)
知るは自分の世界がどんどん広がっていく感じがする。
自分の考えを決めていくのと自分の考えを囲ってない、相手の考えもはいってくる、相手と自分が委ね合って広がる世界。
硬いものがやわかくなる姿をみて、ええなぁ
実際の自分に
気づきながら、人そのものに適った暮らしに、そうゆう人に、そうゆう自分に、自分を知ることを続けていきたいなぁ。(女性30代)
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自分を知るためのコース | comments (0) |20:18

本心で生きる・本心を生きる、幸福な人生へ ⇒ 社会の解明

人が人と寄り、社会をつくってきた目的は何でしょう?
だれの心にもある、幸せに生きたい欲求と、一致するのではないでしょうか?
だれの心にもある、本心。
本心で生きられる社会を探る、健康な社会の中で本心を生きる・・・。
一人として不幸な人のいない社会の探究。

サイエンズスクールで11月月24日から開催された「社会を知るためのコース」参加者の感想の一部を紹介します。

以下のページから「社会を知るためのコース」の案内が読めます。
http://www.scienz-school.org/hp/syakai.html
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◆健康を志向するこころ、本心。本心を生きる快適さ!
本心のまま生きられたら、自由で安心で、主体的で、生命力に溢れて、愛に満ちて、持てる力を十分に発揮できるんだろう。
本心が出てくるのを阻むのが、様々な「人間の考え」だ。
権利、義務、責任、所有、悪平等などが、罰を伴い恐怖を与え、人を強制・束縛しようとする「人間の考え」だということがはっきりした。

中でも悪平等には驚いた。
自分も人も社会も自由。 何をしてもしなくても自由。
それが実際の世界で、目指す「次の社会」。

自由な一人一人が、本心からの行為によって作る社会の一員になりたい。
自分も人も何を言ってもやっても自由。
責められる事も罰せられることもない。
これが実際の世界。

これに気づく事で、自分を縛っている「人間の考え」とまで言えないような「自分の考え」が浮かび上がって来たように思う。
このような「自分の考え」が邪魔をして、自分の本心が見え難くなっている。(男性60代)

◆本心に焦点を当てると、本心で生きられる社会が浮き上がってくる。
人が社会に合わせ支えている、社会が変容していくのにも合わせていく、自分と社会との距離は遠いけれど、その社会に自分を合わせ続けている自分。
そうしなければならないと守り通している。
枠の中の抑圧された状態に反発心を抱えつつも、不自由、不幸せでない状態を自由、幸せだとしている。
自分の意志なんてあったのだろうか?

そんな社会観の中で生きてきたのか。

社会に対する不満・不安を抱え、服従している状態で人の言動を気にして怯え、身動きの取れない不自由なわたしが見えてくる。

社会が人を満たし、社会が人を聴く、人によって満たされる心の作用がある、気持ちを受け取り、応えようとしてくれる気持ちに満たされていく
人を満たすことでその人自身も満たされるという満たし合い、その人らしさが発揮されるように周りの人が見て、聴いて、考えてくれる
その人の本心へ向かうよう力を注ぎ応援し協力してくれる社会

やってもいいし、やらなくなくてもいい、それでもでやってくれている人の行為は溢れている
本来、何もしなくてもよい あるのは本心だけ、その本心でいられる
安心した社会の中でその人らしさが発揮されてその人の可能性が膨らんで見えてくる

現状の社会の仕組みを構成させているものをひとつひとつ解いて見て知っていくと、自分の固さが取れていくようだった。

元々何もしなくてもよい。人間の考えを外せば、人には本心だけがある。
その人らしさが発揮されて本心で生きている姿は周りに響いていく。

本心が出るよう、人同士が本来の人に成り合っていく。
その本心で生きる人たちで創る社会になっていくのだろう。

社会は私のためにある、みんなにもその人のためにある社会がある。
(女性40代)
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社会を知るためのコース | comments (0) |22:23

一人残らず、幸せな人生を生きる ⇔ 本質的な人生を探る!

幸福な人生とは?
誰もが望む幸せ・・・。
こころ満たされ、満たしてあげたい欲求、誰の中にもある、こころの自然な姿。
こころの底を探って、本心を生きられる人に成り合う探求。
10月27日から開催された「人生を知るためのコース」参加者の、感想の一部を紹介します。
-300.jpg       第二研修所の庭の紅葉
◆隔てをつくって身を守る人生から、心の底から満たし合う人と人の人生へ!
人の中で人らしく生きる。
中から湧き上がってくる、してあげたい、してもらいたい。
満たし合いの中で個性を活かしながらのびのび生きたいな。

現われたもの(現象)を見て、その人、そのものを見ていないことを知った。
人の行為(言動)は、ほんの一部の現れ。それを人の心としていた。
思いや考え、意思、感情、欲求、気持ちを心だと思っていた。
意識上の自分が自分だと思っていた。
良いこと悪いこと、善悪がくっついて日々を過ごしていたかな。
無意識だった。
自分を責めたり、人を責めたり。

自分の心、本心を観て、それが観えてくると。
相手にも本心があることに関心が向く。
それぞれに本心があることを知ると、人の現れで反応するのはなんだか変な感じもしてくる。
自分の心に焦点があたると、相手に関心が向くのが面白いな。

不安感の中身を観ていくと「ねばならない」や「人にどう思われる」そういう本来の自分でないところから反応しているように思った。
まだ起きてもいないことで不安になるのは何だか無駄な感じもする。
もっと心から人にお任せしたい。
どうにでも好きなように思ってもらっていいよ~という風になれたら面白いな
隔ては、人と人の間にあるわけでも壁があるわけでもなく、自分の中にあるのを知った。(女性40代)
20191203_070617-300.jpg◆繋がりの中にある人と人、本心の中にある繋がり ⇒ 喜びの人生へ!
「人生とは?」。
自分の人生を見ることが主体と思っていた。
観れば観るほどに、「自分が一人で生きている」と思い込んでいることを知る。
そして実際に目が向くほど、人を介したものがあふれ、人に、自然に生かされている現実を知る。
「自分の人生」というような、自分だけで完結するような、生易しいものではない。
初日から思い知る。

どれだけの人々が、僕の人生に、直接的に、間接的に、関わってきたのだろう。
手元にあるストール一つとっても、莫大な人と、ものと、自然環境が背景にある。
それが自分に触れてきた、見てきた、知ってきた、また知らないものでさえ、誰かを介し繋がっていた。
そもそも「自分のもの」と言えるのか?

感情を、本心としていたり、見えてる行為や考えに振り回されていることが観えたり。
不安感はあくまで、不安「感」だ。
失敗など、なってもいない想像に意識を奪われ、本心や本来の人間性という部分にまで目が届いていない。
意識上の世界を、実際の世界のように感じて生きている。
そしてそれに気づかず、同じサイクルで人に悪感情を沸かせたり、うまくいかなくなったり、誰かのせいにしたり。
まだ全然観きれてないけど、そういう構造も垣間見えた。

もしも誰しもが、本心で、また本来の人間性に沿って生きていけたら、どんなに幸せで、どんなに楽だろう。
その世界はどれだけ、豊かで、悦びに満ち溢れてくのだろう。

単独で生きているものはない。
頭では、皆知っている。
でもなぜかここちよく委ねきれない。
本心で生きたい。
皆願っている。(男性30代)

以下のページから「人生を知るためのコース」の案内が読めます。
http://www.scienz-school.org/hp/jinseiwoshiru.html
人生を知るためのコース | comments (0) |17:50

地球の上で、仲良く、「ひとつ」で暮らす・・を探る!

月から地球を見ると、そこで暮らす生き物たちの、繋がりながら、絶えず変化し続けながら、ひとつの中に生きている、その姿がクッキリと見えるのではないでしょうか?
一人ひとりの中にある「一つ」を探ってみると、本質的な、理に適った、明るい・楽しい暮らしが見えてきます。

サイエンズスクールで10月27日から特別に開催された「一つ」を実現するためのコース、参加者の感想の一部を紹介します。

地球の出
◆心が健康な状態になると、どんな表れになるのだろう?
そのときの心の状態によって読み方、見方が変わるのが面白い。
1人1人の状態から出てくる発言や雰囲気。
それによってまたその場ができていく。
心の状態って何?
よく聞くけどわからない言葉だ。
その人が反応して感情的になったらその感情的になったことに関心がいく。
感情的になる心の状態という視点はなかったなあ。

何をしてても、どんなときでも心の状態に関心がある。
そこに関心が向かないのは何でだろう。
僕はいつも表れてきたものを自分の、その人の内面としていたようだ。
心の状態を見ようとしてもそれが何か知らないから表れてきたものばかりに振り回される。。
現れていない不健康な心の状態、健康な心の状態。
まずは心の状態があるということを知っていきたい。(男性20代)


◆愛されながら、人の中で育っている実際、愛の働きは「一つ」
人間って、周囲から受けたものの寄せ集めで、人から人へと移り変わっていく…あーそうか、人間の考えは1つ、思想も宗教も1つ、心も生命も1つ…としたら私と言う、人と言うもの(存在というのか…)はあるけれど無い、無いけれど有る…と
常にとどまらずだなぁ…流れる滝のごとくか…この1つの世界…

健康な心の状態へ立ち還るため、人間の考えを知る道筋も1つ。
固定し分離した考えは理に逆行した制度であるのに、人間は知らないが故にあたかもあるとして長い年月繰り返し、繰り返し凝り固まったまま不健康な人間観、世界観を持ち続けてきたんだなぁ

エネルギーの源
何が自分を突き動かすのかな…、自分の原動力…は…はっとした…

本来人間の内にある(人を愛し慕う情)…誰の中にもある…理に適った姿に誰もがなること…ここを指向する…って
本来は誰の内にもある…
現状の人の営みでは、見えなくなってる感じだなぁ、感じなくなってる状態だなぁ…
不健康な心の状態のまま思考を巡らしていた感じ
誰の内にもある
『本来は一つ』…って思考が、心を健康にしていくって…こんな感じかなぁ…って(女性60代)
「一つ」を実現するためのコース | comments (0) |17:06

自由な人生への出発は、自分を見て、そのまま捉えるところから・・・

心の解放は、見て、気づいて、自分の実際を「知る」ことで、自然に起こります。
「こうするものです」と言われて育ち、しなければならないものが、いっぱいできた育ちをしていませんか?
「しなければならない」もので、自分を無意識に縛っていませんか?

参加者でともに探り、一人一人自分を見ることは、自由なる道を歩みだす元を「知る」機会です。

10月19日から開催された「自分を見るためのコース」参加者の、感想の一部を紹介します。
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◆自分を見る練習で、反応の元がハッキリ見えると・・・
そのまま見る。
ただそれができたらいいだけなのかも。
自分を見るというと反応や考えが自分の中であると知識的理解をしてそこから反応を見るのかとイメージがあったと思う。

え…見るというのは人間の考え・自分の考えということをはっきり知らないとできないなと思っていた。
反応に反応しているからさらにそこにアプローチするの?
難しいまるで無限ループでできないもののように感じていた。
どうせ見ようとしても自分では自分を見れないで人に出して気づきがあってやっと自分が見れるんじゃんひとりで見るの無理じゃん。
自覚ないと見れないじゃん。
そうでもなかったみたい。

ただそのまま見る。
とても簡単で人間が正常健康な方に向かう方法。
良い・悪いという考えがあっても見ることはできる。
固い人間の考えが頑固な状態にしていても見れる。

見る練習をすることによってどんどん自分の中で起きている反応だなとはっきり捉えらるようになる。(男性20代)


◆見ていくと、考えで固定し、自分を縛る反応にに気づく
「自分を見る」ことは、自分を大切にすること。
そう感じています。
10年ほど前に「私はこう思う」ということがよく分かっていなかったんだな、と気づいたことを思い出した。
世間や社会で正しいとされていることを、「私はこう思う」ということはしてきたけれど。

そこにあてはまらないもの(考えや反応)はよくないものだ、という思い込みがあったので、自分がどのように見て聞いて、反応しているかということを意識することがなく、分からずにいたのだなと感じている。

今回のコースを受け、新たな気づきを得ながら、判断せずに観察することの感覚がつかめてきたように思う。(男性40代)20181127_111415-500.jpg
自分を見るためのコース | comments (0) |09:54

次の時代の子どもに引き継ぐ、争いのない明るい社会を探る!

自分の中の認識のメカニズムの解明が進むと、人間本来の自由な頭の働きが蘇ります。
明るく、素直な心になっていきます。
一人ひとりの中に、次の社会が浮かび上がってきます。
争いのない、幸福で豊かな暮らしをする人と人・・・。
かつてない快適な社会を、人の中で安心しながら探ってみる機会です。

10月12日から開催されたアズワンセミナー参加者の、感想の一部を紹介します。
a4f0f1fd411ee566604270905a9ec347_t.jpeg◆本来の人と人には、武装して守る必要がない
今までの武装は何だったのだろう?
本当に必要だったのだろうか?
アズワンセミナーを終えたばかりの素直な私の感想である。
これからは、あるがままの自分、本来の自分と共に歩んでいきたいと思う。(女性50代)


◆自分を縛る認識の構造を調べ、そのものを知ると、次の社会が見えてくる
同じ物や音を聞いていても、人それぞれ捉え方が違うし、同じ人間でも同じ答えにはならない。
情報は各々の脳を通していろんな解釈が加わって加工される。
事実は変換されている。

自分についての思い込みも、しっかり、親や先生、過去の経験・比較・対象で出来上がっている。
社会に対するイメージも、思い込み情報の刷り込み。

本来の社会はもう、すでに存在している。
ネットワークは人が安心して快適に暮らすためにある。
人が本当に望んでいることは、親しい関係、何があっても変わることのない関係。
親しい関係を築いていくことを通して、争い・対立のない社会は実践されていくであろう。
物やお金が自由に行え通う、安心した世界へ本気に無理なくやってみよう。(女性40代)images.jpg
◆人の中での探求によって、怒りのメカニズムも笑えるくらい明確になる
「腹が立つとは」「何に腹を立てているのか」「なぜ、腹をたてるのか」そんなふうに、設問によって・・・。
腹をたてるという日常的でありながらいかんともしがたい感情の性質を分解して、ゆっくり、細かに観て、考えていくうちに・・・・。
腹を立てるという現象のメカニズムが手に取るようにわかって来て・・・
なぜか笑いが込み上げて来る。

なんと馬鹿馬鹿しい理不尽なことを、何度も何度も繰り返してきているのだろうという、自分の愚かさが見えてきて笑わずにはいられない。

「考え」がいかに事実をねじ曲げ、そのことによって自分の中に苦しみを生み出しているか。
その無意識のメカニズムがくっきりと浮かびあがってくる。(男性60代)


◆次の新しい社会、健康な未来の社会の予想図は?
貨幣経済、資本主義社会の限界は見えていても、次の新しい社会の明確な明るい方向性が見えないので、世界的な未来の予想図が暗-くなりがちですが、わたしの中では「????」でした。

地球上に資源も十分あるし、知恵もある人間が、まして平和憲法もある日本人が幸せになれなかったら、ヘンすぎる。
この感覚が間違っていなかったのが今回確信できました。

このヘンの根本原因とゼロから見直すメソッドでの、本来のあり方への立ち戻り・・・私がしていた世界的な革命変化よりも“ゆるり・ホワホワ・スルスル(じわじわ)と笑いによる内的変化”自分にもみんなにも起こりつつあるのを体感できてうれしく、この連鎖がますます楽しみです。

新しい文化・文明というより、本来生への回帰。
青写真というか、未来予想図を少しかいま見た気がします。(女性40代)


以下のページから「アズワンセミナー」の案内が読めます。
http://as-one.main.jp/HP/seminar.html
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アズワンセミナー | comments (0) |12:45

過去の暗い記憶が、明るい記憶に変わっていく〜内観によって〜

子供時代、「こうするものです」と押しつけられる環境の中での育ちをしていませんか?
気持ちに蓋をして、我慢したり、反抗したりの育ちだと、どんな記憶が作られていくのでしょうか?
思い出したくない記憶や、無意識にしまい込んでいる不快な記憶も、ありのまま見ていくことで、その時の気持ちが見えてきます。
自分自身で自分を縛る不健康な記憶に、明るさが戻ります。
縛りからの解放が起こり、自由を取り戻す「健康な記憶」に変わっていきます。
健康な記憶になっていくことで、明るい自由な人生へのスタートが切られます。
9月28日からの内観コース参加者の、感想の一部を紹介します。
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◆受けているものの大きさを知ると、気持ちが動き始める
自分の中にある過去をそのまま、ありのまま観る。

実際はどうだったか、具体的に観ればどうか、自分の心はどうだったか。
ただ、してもらったことを思い出しなおし、自分がしてあげたことを見てみては、心配をかけたことはなかったかと捉え続ける。
したのはそれだけ。
そう、それだけ。

それなのに、母に対する捉え方「母自体」に対する見方が変わる。
そして自分が母にしてもらってきたものを、さも当然かのように受け取ってきた事実を目の当たりにし、膨大なしてもらったものを前に平伏すような想いが込みあげた。

それは、母に対してだけではなく、今日観た祖父母・同僚・友人に対してもそう。
また、その他の人々にさえ、見え方が変わっている感もある。

「人は一人では生きてはいけない、というような格言めいた言葉は自分の中にはあるが、それをより実感している感じがする。
どれだけ、してもらったことを見落としてきたのだろう、どれだけ人に心配をかけたのだろう。
それなのに、してあげたことはどれだけあっただろう。

今は、とにかく母に合いたい。(男性30代)


◆自分の気持ちを誤魔化したり、抑えたりを、よく見ると・・・
自分の気持ちや感情を騙したことについても小学校時代から見てきた。
見える場面で私の気持ちや心境がどうだったのか見ようと思った。

心の状態がよく見えなかったり、どんな気持ちだったのか紛らわしい場面も見ようとした。

私の心を騙したり、どうしたいのかよく知らない状態で行動したのが後悔として残るんだなと思った。

そのように生きるのは本当にもったいない。(女性40代)

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◆「ダメ」とする自分をあるがまま観ると、素直さへの欲求が湧く
こんな(ダメな)自分が、、、 でも、ダメ!ってなんだ?? という思いを持ってスタート。
ダメ!というのは、強~いキメツケだな。
そしてダメ!というのは、ダメとしていることを認めない(受け入れられない)。
私の場合、劣っている、できない、悪い、至らないetc.をそういう自分としてダメ!としてしまうことが多い。
ダメ!とすると、それをそのまま認められなくなってしまう。

ダメとしている事に気づき、ダメ!が何なのか?、少し見えてきたかな。
見えてきたら、、、「あー、そのままでいい、そのままでいいんだな」となってきた。
そして、ホントのホントの自分はどんな自分なんだ?
なにをしているんだろう? となってきた。

ダメ!とすることで(決めつけることで)、そのままを見れなくしている、あるものが見えなくなっているようだ。。。

あー、こうやってその時してたことをみて、ダメ!と裁く。
「ダメ!」とする思考パターンが癖づいているなぁ。

「実際」に目を向けようとしなくても、ダメといていることに気づくと目が実際の方に向くようだ。

そのままでいい、そのままで十分。
こうでないといけないものは何もない。
何かしなければならないことも何もない。
今のままでよし!私のペースでゆっくりと地に足つけて進んでいきたい。
人生の途中の今、そしてまだ続いてる、、、。(女性50代)
内観コース | comments (0) |06:58

安心状態の中で「一つ」の世界を探る、アズワンセミナー!

地球上の生きとし生けるもの、すべては、地球の子どもであり、「一つ」と言えるのではないでしょうか?
もちろん、人間もその一部です。
「一つ」の世界に生まれたひとつの兄弟・姉妹、仲良く暮らす性質がだれの心にも、元々あると思います。
心の奥にある元々の性質、人の本質を探り、知り合っていく。
穏やかな世界、仲良い快適な世界、「本来の人」を味わうアズワンセミナー❣
9月18日~のアズワンセミナー参加者の、感想の一部を紹介します。
img2517_file.jpg◆人の感覚や感情、思い込みと悪感情の関係は? 考えとは?

ワークを通じて、人の感覚(視覚、聴覚)は、ものをそのまま受け取っていないことをまず体感した。
かなり面白かったし、自分が自分の感覚にどれほど盲信したか、自分が正しいと思い込んだかも実感した。

そして、「嫌い」「腹が立つ」といった感情について振り返り、そういった感情はどこから生まれているかについて議論した。
そして、「実際」に起きたことと「自分の中」に起きたことに出来事を分けてみると、自分の中の「決めつけ」や「思い込み」に自分が反応し、悪感情が起きているのではないかという発見に辿り着いた。

それから更に発展して、「考え」そのものについて探究した。
何を正しい、間違いだと考えるか、考えの根拠は何か、そもそも「決めつけ」「思い込み」が何か。
決めつけることが、決めると違い、自分の主観的な考えをあたかも客観的な現実であるかのように認識してしまうことであると、かなりすんと理解できた。(女性20代)




◆知性を働かせながら「本心」を探る、本来の人とは! シンプルな世界へ!

誰にでもみんなで幸せになっていこうとする種がある。
ホントは対立したい種もない。

人間らしくないと思っているから、人間らしく生きたいと思う。
本来の人間の姿に立ち還ろうとしているんだな。
面白いな人間って。

人間の考えを知る、実際を知る、人間を知る、知っていこうとする。
知性を働かせていこうとする、そんな人たちと共にセミナーに向かえた。
この場、この仲間、このコミュニティ・・・だけでなく、誰にでもあるみんなで幸せになっていこうとする気持ちが心が揺れ動き、影響し合い共鳴していく。
もともとの自然な流れ、シンプルな方向だったのだ。(女性40代)
アズワンセミナー | comments (0) |19:28

認識のメカニズムを科学して、自分自身を知っていく。

見たり、聞いたりが頭の中でどのように認識され、収まっているのだろうか?
認識の実際を観ることなく、認識されたものを固定したり、実際のことにしていませんか?
そして、それに自分自身が縛られていることはありませんか?
自由を求めながらも、自分自身を縛ってしまう認識のメカニズムを知ると、縛りが解けて無くなっていきます。
自身の縛りからの解放が、相手を縛ることを無くしていきます。
自分を知ることは、人と仲良く暮らすことが出来る人に変わっていく出発になります。
9月1日からの「自分を知るためのコース」参加者の感想を紹介します。
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◆反応を捉え、自身を縛る独自回路を紐解いていく!

「何に反応しているのか?」を丁寧に見る。
「反応とは?」から取り組んで時間は掛かったが、一つ一つ反応を見て行く感じが掴めてきて。
そして”感情に振り回されるってどんな感じ?”という絶妙な問いかけに
私の中で開いていく感じがした。
気づきの花が咲くとでも表現しようか。

感情に振り回されていて、グシャグシャになっていた毛糸の玉を丁寧に観察してほぐして行く。
そこに見えたのは”独自の回路”による”こうあるべきだ!”みたいな。

自分の中で何がどうなっているのか、独自の回路パターンみたいなものを認識するだけでも、随分変わってくる気がする。

自分は本当に何がしたいのか?
どうありたいのか?と問うてみたい。(女性50代)
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◆悪感情が湧く独自回路から、理にかなった実際の世界へ向かう!

事実・実際を知る、ってどういうことだろう。

自分が膨大とも言える刺激の中から、選び取り、自分独自の回路を通して認識をする。
そして知識・経験・記憶として残る。
それがまた自分独自の回路に組み込まれていく。

自分なりに捉えたものでしかないんだ、事実・実際ではないんだな。
自分は本当に知らないんだな。

自分が、そう見ているだけなんだ、自分が、そんな風に聞いただけなんだ。
自分が、見たのはなに? 自分は、どのように聞いた?

自分が、本当に何も知らないんだな、っていう自覚、そして知っていきたい気持ち。

本当に、深く知りたい、もっと本質に近づきたい。

感情に振り回される中で湧いてくる感情は、本来の自分じゃない、って感じなのかな?

悪感情や対立的な感情でなくても、事実・実際を観ようとする、知的な、知性的な営みでなかったら、いくら思考をしていても、自分本来のもの、人間の本質的なところからかけ離れたものしか出てこない?(男性30代)

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◆悪感情に振り回されない人へと、本来の人の成長へ向かう!

悪感情が湧くメカニズムを知りたい気持ちが強かった。
これでわかったとはとても言えないが、自分の中には「独自の回路」があって、見たこと聞いたことを、その回路を通って意味付けするというか、「捉える」。
これが既に反応で、さらにそこから感情が反応する。
「独自の回路」の中身は外からは伺い知れない。
だからその回路の前後つまり、どのように見たか、聞いたか、そして反応したかを観察して、その中身を推測するしかない。(男性60代)
自分を知るためのコース | comments (0) |10:09