新しい学びのスタイル アズワンセミナー

様々なテーマについて、参加者で話し合いながら、楽しく、深く、探っていきます。
誰かに教えてもらったり、何かを学習するのではなく、自分の頭を使って、じっくりと調べていきます。
その中で、「当然」「当たり前」としていた思い込みやキメつけから解放されていき、自由で豊かな明るい世界が見えてきます。
新しい知性の使い方、心とつながる学びを「体験」「体感」できる機会です。
4月29日~開催された「アズワンセミナー」の参加者の感想を紹介します。
2017年太巖寺 (サイズ変更済)).jpg
次回「アズワンセミナー」は、6月9日(土)~14日(木)開催。申し込み受け付けています。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

自分をみる視点が変わり、同時に他者をみる視点が変わった。
良い悪いの判断を超えた、自分をみる、他者をみるやさしい視線。
その視線の元はどこなのかと探ると、行き当たったのは他でもない、わたし。
そのわたしは、捕まえられそうで捕まえられない、見えるようで見えない、実体はないけれども、確かにそこにあると感じられるわたし。
私はあなたに会いたかった。
自分を苦しめ、愛する人を傷つけ、現実をゆがめ、適当な理屈を作っては、あなたに近づこうと、随分遠回りをしたものだ。
言葉だけではなく、着想や、思考や表現の方法、あらゆるものが、その人のその時、その瞬間のありようを表現する味わい深いものとして感じられるようになった。
話を聞くことが、相手を聴くことに変化した。
自分も、みんなも、聴いてほしい、認めてほしい。
こころから安心できるやさしい関係、やさしい社会を求めている。(40代男性)

自分自身や自分の世界が、自由で、安全・安心・安定であることを、自分自身が大切にしていることが改めて分かりました。
アイスクリームが溶けて形が不明確になるように、自分と他人との間にあった境界が薄くなった感覚があり、驚きました。(40代男性)

「立腹」「所有」「決めつけ」「幸せな状態」というような、キーポイントとなるキーワードをお互いに考えて、表明して、聞き、更に話し合う中で、自らの中から出て来たもの、他者から出て来たものが可視化され、“ふ”に落ちてゆき、共通点・違いへの気づき、深まり、愛おしさが感じられて、普段なかなかないレベルでの理解に至っている感覚も共有出来ました。(50代男性)

視点が変わったように感じています。
自分なりに色々と考えて来たものの、そこにはじっくり時間をかけて、人との対話や想いを通して、考えることが無かったと思います。
探究の仕方も自分なりになっていたと思います。
今後、人と接するときは、自分も人も其々信条・信念・価値観・時にはバイヤス・思い込みがあるという事を知って、他者の心の声・伝いたいことに心と耳を傾け、自分の心の癖を知りながら対話したいと思います。(50代女性)

一緒に参加しているメンバーと、探究会でも暮らしでも自分が何を聞いているのか何を見ているのか常に意識を向けることで、頭の中がすっきりしていくというか、フィクションと実際の違いが明確になっていった。
自分で自分の中を見ようとひとりでもがくよりも、みんなの話は割と客観的にすっきり見ていけて、その感覚のまま自分を見ることで自分の観察がしやすい下地が出来ていくように思う。
もう一つ、本音の本心で願っている部分が実現されない原因は、そういう世界を作れない自分だからではなく、すでに存在している実際の世界をまげてフィクションのドラマを見ている自分にあるんだなというのを改めて思った。
地域でどこまでやれるだろうか。
実際の世界で、人らしく生きていきたい。
子供に、みんなにそういう人生を歩んでもらいたい。(40代女性)

どんな事も、どんなものも、自分一人の力では成し遂げられない事ばかりだった。
もっと自分を過大評価せず、自分の事を環境がもたらした意志を持つ存在として考えてみたい。
自分とは孤立した存在ではなく、つながったネットワークに表出された存在なのかもしれない。
自分が気持ちを表すことは、孤立した閉ざされた存在から出た思いからではなくつながりの中から感じられた、表出されてきた思いを素直に出していくことではないか。
それは個人の願いだけでなく、あらゆる万物の願いなのかもしれない。(30代男性)
- | - | -